バレンタイン
チグサが不知火家に来てはや一か月。二月の頭に大雪が降り、周囲一面白銀の世界が広がっている。
人工的でない雪に喜ぶチグサだが、数分後には元の世界の雪と大して変わらないなと部屋の中のおこたに突入していた。
そんなチグサは紫苑が趣味でしている内職の手伝いをし、そのお礼としてお小遣いを貰っていた。貰ったところで自分から使うことの無いチグサだ。いざという時の為にネズミの貯金箱に貯金している。年明け早々に不知火家がスーパーに行ったら貰った鼠年ならではの貯金箱である。百円均一の店に売ってそうとか言ってはいけない。
家の中に可愛い女の子が同居している。
ライトノベルやゲームでありがちな展開に、雄介はラッキースケベを期待していた。
チグサが風呂に入っているのに中に入ってしまう。トイレを思わず覗いてしまう……そんな妄想をしている変態の願いなど叶うはずがなく、チグサが風呂にいる時は奏が目を光らせているし、チグサがトイレの鍵を閉め忘れることもない。残念ながらラッキースケベは狙って起きるものではないのだ。
まさか自分がそんな性的欲求の対象に見られているとは知らないチグサは雄介がいれば可愛らしく微笑むしで彼の息子を悶絶させた。
奏は雄介そんな兄でも血が繋がった兄なので殺そうとは思わないが、社会的には殺そうと何かまたネタ見つからないかなーとゲスな笑みを浮かべていた。
さて、二月と言えば十四日。来るはハッピーヴァレンタイン。女の子が好きな男の子にチョコレートを贈るというチョコレート会社の巧みな誘導によりお高いチョコレートの売れ行きが伸びる日である。
最近ではマシュマロやキャンディもお返しにどうぞと参戦し、最早お菓子会社の戦争の舞台。パンツやハンカチな事もあり、取り敢えず何か送っとけな日と化した今日この頃。
チグサもそんな風習に倣い、手作りのチョコレートに取り組んでいた。
「ふむふむ、あとは型に流し込めばよいのじゃな」
「そうそう。チグサちゃん飲み込みが早いわね」
「お母上の内職に比べれば簡単なものじゃよ」
紫苑の内職は多岐にわたる。その時によって作っているものが違うこともあれば、同じ仕事が続いてくる時もある。
バラ作ったりシール貼ったり……チグサも手先が器用なのでその辺は抜かりなく手伝えた。未成年に仕事を手伝わせているのは不味いんじゃないかと思ったが、存在自体がブラックボックスなので今更かとそのまま手伝って貰っている紫苑である。
先述した通り手先が器用なチグサなので、チョコレート作りもスムーズに進んだ。と言うかそんな凝った物作ってもどうせ食べられるんだし味と見た目だけ良ければ問題なかろうと市販のものを溶かして形をハートにしているだけだ。失敗するのは雄介と奏くらいだ。奏もぶきっちょであるからして、桜花戦団でマシンナーズを発進させる際に誤って武器を誤射し発射台を壊したのは良い思い出である。修理代がヤバかった。
チョコレート用の包装紙に出来たものを包み込む。赤い紐で綺麗に結んで出来上がり。源十郎と雄介の分だ。いつも世話になっている二人に感謝も込めて、ちょっと恥ずかしいが手紙も付けた。奏? 知らん。
奏たちが学校から帰って来る。雄介は死んだ顔で帰ってきた。チョコは貰えたが、何故か男からだった。訳分からん。黒幕は隣にいるぞ。
そんな黒幕もとい奏も複数のチョコを貰って来た。妹が沢山貰っているのを見て恨めしそうにそれを欲する。仕方ないので分けてあげた。まあ市販のチョコの交換が奏たちの間で主流なので、別けても余り困らない。どうせ友チョコ本命はまだなのだ。
そう、奏にとってこれからがイベントの最終局面。友チョコ交換はそれはそれで楽しかったが、どうせ奏の上げたチョコも市販のものだし同じような扱いだろう。実際のところ、奏は女子間でもモテるので、お姉様のチョコ大切にしますねと大切に食べられたり保存されたり保存したまま忘れててそれを親が食べちゃって喧嘩になったりする。なんて理不尽な世界。
そんなよその話はさておき、チグサがチョコを作ることは知っていた。手作りだ。手垢たっぷりチグサ味に違いない。ゴム手袋つけて手垢入らないようにしていたなんて知らない奏は兄の雄介同じく変態的思考の持ち主だった。源十郎から何でこんな子が生まれた。きっと高校時代は角で楽しんでいた儚げ美少女紫苑の血のせいだ。
「兄上殿、今日はバレンタインという日だと聞いての。チョコを、ううむ、作ったというか、まあ簡単に形を変えただけなのじゃが……受け取って貰えるかの?」
「ちょ、コ……お、おお! あ、ありがとうチグサちゃん!」
「いつも世話になっているからの。まあ、材料などはお母上が揃えてくれたのじゃが」
「それでも嬉しいよ! 大切に食べるね!」
チョコ貰ったぜヒャッハアアアア!! と内心超盛り上がっているのを悟られないようにクールに自室に向かう。クールと言ってもその前に残念な感じだったので合わさっていつもの兄上じゃのとなっていた。
お世話になっているのは此方ですと心の中で思う雄介。勝手にチグサに世話をさせるな殺すぞと奏の生霊がその日の夜、悪夢を見せたとか見せなかったとか。
さて後は源十郎が帰ってきたら渡そうかとチグサもまた、与えられた部屋へ戻る。
リビングで笑顔のまま棒立ちになる奏。あれチョコはときょろきょろ見回し、チグサの部屋に突撃した。
「チグサぁッ! わ、私のチョコは!」
「ふむ? その手に持っておるじゃろ? ボケたか」
「ボケてないから! あれえ、駄兄は貰ったのに私にはないのぉ……?」
「兄上殿をそう言うものではないぞ。悪い人ではないじゃろ」
「中身は極悪人だよ」
「そんなはずがあるものか。ゲンジュウロウとシオンの息子ぞ。カナデの兄上でもある」
「ぐぬぬ……」
ここであの兄は最近チグサをそういう目で見ておかずにしているんですとは言えず押し黙ってしまう。
その内ナニをナニしている所をチグサに見られて撃沈してしまえと呪いの言葉を唱えながら、チョコはチョコはと催促する。
「ええい子供か!」
「まだ十六歳の子供ですぅーだ」
カナデの誕生日は一月十日、チグサが来て少ししてから誕生日会をやっていた。
チグサはそう言えば自分の年齢はどうしようかなと考える。転移前は八月だったこともあり、九月が誕生日のチグサもまた年齢的には十六歳だった。
ならば逆算して二月に誕生日を新たにとも考えたが、それはそれで面倒なので九月の誕生日までは十五歳という事にした。どうせ学校に通ってる訳でもないので、その辺は適当に済ませた。
「分かった分かった。後で何か作ってやる」
「おお! ありがとうチグサ!」
「全く……」
この一か月の間、チグサはこの世界での生活を堪能していた。
前まで争いばかりだった世界にいただけあって、今の日常は平和も平和。平和過ぎて夢でも見ているのではないかと何度も頬を抓るほど。
雄介の理性が外れればその瞬間にチグサの純潔は狙われ新たな戦いが始まるのだが、そんな勇気も無い雄介なので突然エッチな展開はやって来ない。
薄い本が一冊しかない雄介に女の子を襲えなど言うが酷、因みにその本は奏が隠した男同士の薄い本だ。近いうちに紫苑が発見して息子はやはりと思い違いを起こすのだが、それはまた別の話。
「こんな平和がいつまでも続くと良いのう」
そんな事を呟いて、今日も一日が過ぎていく。
※
イザナミは数十年ほど休眠状態に入った後、目を覚ます。
万全を期するならさらに数百、千、万と時間をかけて休眠し、その間に自らのAIとしての能力を再構築すべきだ。
しかし所詮大元が宇宙海賊製だからか、さっさと宇宙征服したくて仕方ない阿呆AIである。
こんなのに星を滅ぼされたのだから天神帝国もたまったもんじゃない。イザナミに頼り切りだったからこそ、その思惑に気付いたのが本当に最期の瞬間だったのが惜しい。
さて、休眠状態の間に自動製造されたある装置を使い、イザナミは宇宙征服の次なる一手を打つ。
それはワームホール――空間転送装置を改良したもので、これさえあれば宇宙全土、どこにだって転送できる。
ただし場所はランダムかつ一方通行という不便さ。せめて行き来ができれば違ったものを、どういう訳かこれで問題ないだろうと判断を下す。
イザナミ配下たるマシンナーズと量産型マシンナーズをその転送装置を使ってワープさせる。
マシンナーズの欠点は随時そのエネルギーを補給しなければ機能停止してしまうことにあった。イザナミはそのシステムを再構築し、機体の中でエネルギーの製造、供給、消費を循環させる機能を作り出す。これによりエネルギー供給を態々此方がせずとも自分たちでそれを解決するようになった。
独立型AIを積んだのも相まって彼らには個性というものが生まれた。しかしイザナミには絶対遵守、反逆などしないよう徹底的に教え込んである。
教え込んであるのだが、あくまで「我は神、我神ゾ」と教えこんだだけでシステム的に絶対反逆しない状態にはなっていない。いつの世も神に逆らう存在は生まれるもので、近い将来イザナミに歯向かうAIが生まれるのは決定的に明らか。まあ反逆されても我神ぞ問題ないと慢心しきっているイザナミである。ほんとなんで天神帝国滅ぼされたんだろうか。
コノハサクヤもまたイザナミの命でワームホールにより別空間に転移する運びとなった。と言うか全機どこかに転移させてしまうので、この間にイザナミ本体が襲われたらたまったもんじゃないのである。そんな事ができる知的生命体が付近にいないと分かっているのでそれ故の慢心なのだが、同じようにワームホールを使える敵がいたらどうするんだろう。きっと何も考えていない。
「さあ、行きなさい子供たち」
気分は女神なイザナミ氏。飛ばしてその先の惑星なんかを征服するよう命令したのは良いが、その結果も分からなければ帰って来る手段も無い。本当に大丈夫か。
昔のお前はどこへやら、きっと寝起きで寝ぼけているか認知症かのどちらだろうイザナミによる欠陥だらけの計画の下、コノハサクヤも別空間へ転移する。
そこは蒼き星の見える地。懐かしき人との再会まで、あと僅か。
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