ブラックホール

「追手は来ないか?」


 ノアの箱舟艦長アーヴァイン=ストラトスのその一言で今日も一日が始まったなと思う乗組員一同。

 現在も安住の地を求め旅を続ける一行は、今日も今日とて幾つもの惑星を渡りながら、共和国と同条件、或いはそれに近い星が無いものかと探し続ける。

 中にはそんな旅に疲れ果て、道中の惑星で離ればなれになってしまった者もいる。その者たちは今頃、死んでいることだろう。最早この移動式コロニー船を自分たちの墓場と決めた者もいれば、船を自分たちの者にしようと暴動を起こした若者たちもいる。その若者たちは銃撃戦の末、多大な犠牲を払い大人しくなった。

 メルセデス共和国の滅亡よりはや三十年。当時は艦長とは呼ばれていなかった男も、指揮官らしい佇まいとなり、船内の同じ避難民の女性と結婚もし、子供を産んだ。その子は箱舟最初の出産児として、船と同じノアの名が付けられた。

 今頃ノアは母親と共にいることだろう。息子が暮らす安住の地を早く見つけなければ。


 ノアに搭載されたマシンナーズの中、唯一旧型でない兵器。その搭乗者が、かつて白き閃光と恐れられたアーヴァインだった。その異名は仲間内で呼ばれていただけで、天神帝国では面白き閃光と呼ばれている。勝手に変な風に広めたのはカナデである。

 『ドラッケン01ゼロワン』。それがアーヴァインの乗っていたマシンナーズの名だ。

 その名の通り最初に建造されたドラッケンであり、ドラッケン基地でカナデたちを襲ったのも彼だ。カナデたちは気付かなかったが、ドラッケン基地の衛星の近くに別のワームホールが存在しており、彼はそこから姿を現した。備え付けられた銃は既に発生しているワームホールを消滅させ爆発を起こす機能を持っており、それにより基地ごとワームホールを消滅させた。ワームホールの先にいた研究者とパイロットその他大勢は共に消滅したことになる。

 当時は国の命令のままに動いていた。しかし次第にその考えも変わり、最終的には機体を持ち出し戦場から逃走する。

 殺すのも死ぬのも怖くなってしまったのだ。当時はそれを責められもしたが、一年も経てば同じ境遇である箱舟の民であるからして、彼を責める者はいなくなった。

 むしろ、ドラッケンがいたおかげで助けられた場面も多々ある。

 何せこの機体、ワームホールを作り出せるのだ。入口と出口でゲートを繋ぐことで、緊急避難用の経路が作り出される。そりゃもう重宝した。

 しかしその分かなりのエネルギーを必要とする。これは立ち寄った惑星で手に入れた鉱石が役になった。一度使えば再使用まで充填しきるのに時間がかかるものの、ほぼ無限にワームホールが撃てるようになったのだ。

 彼らはその鉱石をエナジーストーンと名付け、今もノアの原動力になり続けている。

 恐ろしいのが、これと同じ機能を持った機体をイザナミが複数所持していることだ。もしかすると大量生産されているかもしれない。防御が紙になってしまっているのが救いだが、それは逆に此方側が懸念すべき点とも言える。下手な衝撃を受ければ大破してしまうのだから当たり前だ。扱いはかなり慎重になる。

 

 ワームホールを生み出すにはまずその地点に発生させる為のフィールドを展開させる。後は別の地点にそれと繋がる場所を作り出す。消す場合はどちらかのワームホールに銃弾を撃ち込めば消滅する。

 このことから、イザナミがワームホールで此方を襲ってくる可能性は低いと考えられた。

 低いと言うのは、絶対にゼロではないという事。もしも場所に関係なくそのフィールドを発生させられるような技術があればどれだけ逃げても無駄になる。ノアの箱舟船内にそのフィールドがある可能性も考え最初の頃はくまなく調査をしたが、発見できなかった。できなかっただけであるかもしれない。かもしれないは恐ろしいのだ。


 アーヴァインは何時も影で怯えている。影で、と言うが普通に今も怯えているので常に怯えていると言えるだろう。

 そんな彼なので、突然船内が赤く染まり、緊急警報のアラートが鳴り響けばびっくりして腰を抜かしてギックリ腰になってしまう。

 船はガタガタと地震が止まらないように揺れ続け、ある者はその揺れ具合から吐き気を催しゲロってしまう。


「な、追手か!?」

「いえ、違います!」


 そう返した男、ラッミスが腰を抜かして凄く痛そうにしているアーヴァインを無理やり立たせる。


「ハッコォーン! このアラートは何だ!」

「おぇえ……も、モニター、出ます! これは……!」


 レーダー担当の男ハッコォーンが胃の中のものをぶちまけながら巨大なモニターホログラムを発生させる。

 そこにはサイズにして角砂糖ほど、しかし高密度の黒い穴があり、まるで回りの光を吸うように、周囲の光景が歪んだ姿があった。

 その歪んだ姿、星をも飲み込む黒い穴――ブラックホールの存在に、全員が一様に言葉を出せずにいた。


「馬鹿な……何故気付かなかった……?」


 これだけの規模のブラックホールが存在すれば、事前に察知できたはずだ。

 周囲に異常がないかの報告は三十分から一時間おきに行われていた。多少ばらつきはあるものの、ブラックホールがあるならば、もっと早い段階に気付けるはずだ。

 これではまるで突然そこに穴が開いたみたいだ。そう考えている間にも、ノアは重力によって引き寄せられていく。

 

「ドラッケンを使い脱出を試みるか? ワームホールを生み出せば、いや無理だ。ブラックホールの力場からは逃れられん……他には……」


 アーヴァインが打開策を思い浮かべるも、この船と、搭載された機器を使いできることなど限られている。

 その中にブラックホールから抜け出す術は――無かった。


「くそ……これもイザナミの仕業に違いない……ッ!」


 揺れはさらに大きくなり、視界が曲がったように歪む。考えが纏まらなくなり、その場に倒れこんでしまう。それからすぐに意識が遠のいていき、ノアの乗組員たち全てが、意識を失った。

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