コノハサクヤ

 天神帝国を我が物にしたイザナミであったが、共和国への侵攻で隠し持ったエネルギーの大半を使い果たすこととなる。

 決して侮った訳ではないが、それ以上に共和国が強敵だった。

 イザナミは高性能AIであると自負している。それは人間に近い感情を得るほどに。

 だが、それは決して強いという訳ではない。強敵を前に苦戦をするのは当たり前のことであった。

 ――実際のところ、イザナミというAIは決して高性能ではなかった。かつて宇宙征服を企んだ宇宙海賊がその思いを託し作り上げたAIがイザナミであるからして、天神帝国だからこそ上手くことが運んだものの、もしこれが共和国側だったとすれば、かなり初期の段階でイザナミの思惑に気付き、イザナミの機能停止に至ったであろう。

 天がイザナミに味方したからこそ、宇宙征服というちょっと頭のおかしな目的の為に動くことができた。

 共和国を滅ぼした後は別の地を征服しようとしていたイザナミだが、その戦いで機能も多く失う。

 イザナミは現在、新たな地の征服に向けて休眠状態にあった。

 独立させたAIを積んだマシンナーズがそれを守る。その中には、共和国のワームホールを生み出せる白い機体や、桜花戦団で使われていた黒と桜色の機体もあった。

 刀を携え、桜の刺繍をあしらった黒い鎧に身を包んだ人型の機体『コノハサクヤ』。カナデ=シラヌイが使っていた隊長機もまた、その中の一つである。

 彼、それとも彼女か。イザナミを守るために独立型AIを積んだコノハサクヤは周囲を警戒しつつも、何かが足りない。そんな不安を持っていた。

 感情なんてものは存在しないAIであるが、頭が良ければ良いほどその欠点として感情のようなものが芽生えてしまうものだ。

 それはAIの進化であり、同時に弱点ともなる。イザナミは自らが進化したことに喜びを感じ、それが弱点になっているなど思いもしない。

 今のイザナミは帝国崩壊時と違い人間のように喜びや悲しみを持って動いている。共和国を滅ぼした時に感じたものが喜び、休眠状態に入らなければいけず宇宙征服までまだまだ時間がかかると分かった時に感じたものは悲しみ。それはもう、感情と言っても差し支えない機能である。


 コノハサクヤはまだ、ぽっかり開いた穴のようなソレが何か理解していない。しかし、それも時間の問題だろう。今この瞬間にも、イザナミにより独立型AIはその性能を強化されている。休眠状態であろうとも、その点に抜かりはないのだ。

 まさかイザナミも、その強化が自分に反旗を翻す存在を生み出す種になるとは思いもしないだろう。

 その時は、刻一刻と迫っていた。



 不知火奏は転生者である。と言っても、前世の記憶は今朝取り戻したのだが。

 何だか最近SFチックな夢を見るなーと思っていたら前世の記憶だったのである。しかも大切な帝ことチグサが家にいたので出雲の門出は帝だけ特別なんだなーと思った次第だ。

 奏は母と兄に事の経緯を細かく話す。すると母は「大変だったのね……!」とチグサを抱きしめ、我が家だと思って良いのよと同居人にすることにオーケーを出した。

 対する兄は「えっ、これ俺主人公じゃない系……?」と良く分からない事を言った後「いや、奏もヒロインの一人ならまだ俺が主人公だ……!」と気持ち悪い事を言っていたので股間を蹴飛ばしたら悶絶していた。

 後は父にどう認めさせるかであるが、これは問題ないだろうと踏んでいる。

 それよりも問題なのは、現在の日本において身分証明の無いチグサの存在は極めて危険だと言うことだ。

 何せ、どこへ行くにも身分証が必要になる。家に忘れて来たとかでその場をやり過ごすことは可能だろう。しかし、それもいつまで続くか分からない。

 仮にその辺をぶらついていて、警察の補導を受けたら大変だ。十五歳のチグサであるが、その見た目は十歳かそこらだ。そもそも十五歳でも平日に出歩いていたら学校はどうしたの? と声を掛けられる。特にこの世界に疎いチグサじゃ答えも行き詰ってそこから出生も何もかもはっきりしていない謎の少女だとばれてしまう。本当のことを話しても信じてもらえないだろうし、それを信じてもらうまでにかなり面倒な事が続きそうだ。

 さてどうしたものか、まあなるようになるか。奏は流れに身を任せチグサの服でも買いに行こうと言い出した。


「お主……さっきまで外に行くのはまずいとか言っておらなかったか……?」

「気のせい気のせい」

「気のせいではないと思うんじゃが」


 今のチグサの服はカナデの服だ。この家に引っ越してくる時に大半の邪魔な服は処分してしまった為、お下がりで着られそうなものは無かった。

 結果、ぶかぶかな服を着た幼女が誕生した。これはこれで可愛い。袖とか余りまくってるし。

 下はかなり捲ってるせいで変わったお洒落って感じに仕上がってる。まあ、これはこれでありだろう。

 うんうんと頷きながら、やっぱりちゃんとした服じゃないと本人動きづらいわなと服を買いに行くことにした。

 チグサの身分証はないが、ならどこから来た子なのかと調べてもその出自は滅びた星なのではっきりしない。はっきりしなければさらに調べが進むだろうから、馬鹿正直に本当のことでもとりあえず言っとけの精神である。

 こんなだから基地に突っ込んで敵に囲まれるのだ。


「ふふん。お年玉はたんまり貰ったからね。貯めてた分もあるし、可愛いチグサの為よ……!」

 

 帝国にいた頃と少し違う雰囲気に、チグサは暫し困惑する。

 中身は対して変わっていないようだが、口調なんかは結構違う。そりゃ十五年も別の人間として人生歩んでるんだから当たり前かと納得し、出された右手を掴んだ。

 掴んだところで、手を繋ぐ必要はあるのかと思う。


「可愛い妹の為ならなんだってするよ……!」

「のお、カナデよ。童、今のお主と同じ年なんじゃが? 手を繋ぐ必要はあるかの?」

「精神年齢ならアラフォーよ」

「お主の精神年齢絶対もっと下じゃろう」


 そんな戯言は無視して外に出る。

 チグサは行き交う車を見ながら、この辺は元の世界とあまり変わっていないなと観察する。

 建物なんかは和風建築ばかりだった帝国と違い、洋風建築が多い点は確かに違うが、マシンナーズの存在する世界だったチグサの星では道路を車が走っていた。もしこの世界の人がその光景を見れば、むしろ和風建築でお城もあるのにそれ以外が現代なチグサの世界が歪でおかしいと言われることだろう。

 予めマシンナーズは存在しないと聞いていた為、空を飛ぶのが飛行機くらいなのがとても平和に映る。


「この国は平和なんじゃな」

「と思うじゃん? 犯罪は起きるし他国との問題だってあるし、他の国では戦争も起きてるし、天神帝国の方が下手すれば平和だったよ?」

「あの暴動よりか?」

「近いものは結構起きてるから」

「そうなのか」


 いつの世も争いは絶えないものだと嘆く二人。

 その光景を見て可愛らしい姉妹がいるなと思う人々。

 チグサは勿論、奏も世間一般では美人の類に入る人間なのだ。

 

「はい、とーちゃーっく。服選ぼうねー」

「ふむ……やはり帝国とは違うのう」


 帝国で私服と言えば着物だった。軍服も着物を改造したようなものだし、洋服は捕虜にした共和国人が着ていたくらいだ。

 この世界は帝国と共和国と共通する点が多い。出雲の門出を受けこの地に来たのも、その点が原因だと思える。

 ならば、カナデ以外にもこの世界にやって来ている仲間がいるのだろうか。


「どう?」

「やはり着慣れぬものはむずかゆい」


 今までと違う衣服に戸惑いながらも試着する。

 分かりやすく言えば着慣れない着物に着替えたようなものだ。或いはスーツを私服として着てねって言われたようなもの。

 いくつか試着をし、これだと言うものを最終的には奏が決めていく。

 チグサは着心地こそ確かめれど、その何れも着物とは違う故、全部任せることにした。

 そもそもこの店に来るまで着ていたものがぶかぶかな洋服だっただけあって、それよりはマシな服なので、着心地なんかはその内慣れるだろうと思ったのだ。

 結果、一月という事もありニットワンピースを中心に暖かいコーデに仕上がった。チグサって草だし草タイプっぽいよねという謎の理由から全体的に緑が映えるような仕上がりだ。

 草と言われてちょっとショックを受けたチグサだった。


 服は店でそのまま着替えて、古い服は袋に入れて奏が持つ。

 一度家に帰ることも考えたが、折角なので町を案内することにした。


「ここがスーパーでー」

「ほうほう、帝国より品物が豊富じゃな。魚って食べられるんじゃな」


 朝も鮭の切り身を食べているのだが、切り身だからそれが魚と分からなかったのだろう。

 帝国では魚は食べられていなかった。と言うか、魚がそもそも存在しない。川や海は人工的なものがあったが、魚が生息できるようなものはなかった。かと言って何もいなかったかと言うとそうではなく、タコなんかは一応いたのだ。超巨大な化け物タイプのタコが。

 ならどこにいたかと言うと、別の人間が住めないような惑星に魚はいた。昔それを人間が食べたことがあるが、その瞬間寄生虫にやられてお亡くなりになった。

 先述の通り化け物タイプのタコはおり、捕獲された際にはたこ焼きの材料にされていた為、チグサもタコが食べられるのは知っている。

 だからか、売り物のタコを見てテンションが上がっていた。


「タコじゃ! タコが売っておる。しかし小さいの。足だけだからか?」

「これが普通のサイズだよ」

「何と。なら帝国にいたタコは一体……」

「クラーケン……かな……」


 奏はコノハサクヤに搭乗しタコの捕獲に出向いて返り討ちにあった記憶が蘇り遠い目をする。

 丁度、フードコートでたこ焼きを売っていた。三箇日最後の日でも正月の雰囲気は続いており、それもあってかたこ焼き正月割引中と謎の割引でいつもより五十円くらい安く売られていた。四百円のところ三百五十円だ。それでもちょっと高めだと思ってしまうのは財布が乏しいからか。服で無駄にコーデに凝ったせいとも言う。

 春になったら春服も買いに行かなきゃなと意気込みつつ、憎きタコを懲らしめる為、たこ焼きを二つ購入した。

 朝食を食べた後とはいえ、それなりに時間は経っており、お昼も近い。小腹も空いているもので、チグサはその香りにお腹の虫が鳴いていた。


「美味しそうじゃの、美味しそうじゃの」

「お茶はただだから、そこに座って食べよう?」

「おー!」


 お茶と言っても微妙な味のお茶だけどねと言いながら、紙コップを取り出してそれにお茶を注ぐ。

 それからたこ焼きを机に置いてから、味が二つとも違うのに気づいた。


「辛口とまろやかだって。チグサはまろやかでいいよね?」

「なんじゃカナデよ。童の口がお子様だと言いたいのか」

「うん」

「むむむ……!」

「じゃあ辛口一個食べてみる」

「うむ!」


 爪楊枝でたこ焼きを一つチグサの口に運ぶ。

 ああ、可愛いなあと和みながらその様子を見ていると、熱かったのかはふはふ言いながら、今度は辛かったのかお茶を一気に飲もうとして、温かいお茶を入れたせいで一気に飲めずゆっくりとそれを飲み込んだ。

 一連の動作をああ可愛いなあ癒されるなあと眺める奏。確信犯である。


「ね? 辛かったでしょ」

「うむ……ちと辛かった……でも、帝国のより美味かったのう」

「そりゃねえ……」


 現代日本に比べて帝国の食べ物は大体が劣る。唯一勝るのはひじきだ。何故かひじきだけ帝国の方が美味しかった。そんなに食べるものじゃないから別にだから? って感じだけど。カムイがひじき大好きだったのであいつ転生してたら絶対嘆いてるぞと思う。もしかするとひじき工場に就職してめっちゃ美味いの作り出すかもしれないけど、そもそも出されないと食べない奏とチグサであるからして、ひじきの美味しさは別にどうでも良かった。

 そんなひじきに思いを寄せながら(?)結局チグサはまろやかなたこ焼きを食べ、カナデは辛口を食べた。

 辛口と言ってもピリ辛な感じでそんな口から火を吐き出すレベルではない。普通に美味しくいただきました。


 フードコートで一休憩した後、チグサが何だかもじもじし始めた。


「のう、カナデよ。お手洗いはあそこであっておるか?」

「うんうん。帝国と同……はっ、全然違うよ。私一緒に入ってあげるね!」

「分かった。一人で行ってくる」

「全然違うよ!」

「お構いなく」


 いや本当に違うのだがと言っても聞く耳持たず、チグサはすたすたと手洗いに行ってしまった。

 それから少しして戻ってくる。


「まあ確かに違かったが」

「でしょ!?」

「一緒に入る必要は絶対ないのう?」

「ぐっ」


 それなりに頭の良いチグサなのであって。ちょっと変態染みた妄想をしていた奏の思う通りにはならなかったのである。

 この妹にしてあの兄ありと言った感じか。


「くしゅんっ……あ? 誰か噂してるな。きっと美少女だな」


 そんなことを自宅の部屋で言っている雄介はさておいて。


「次はー、えー」

「無理に案内せずとも良いぞ? 大体そこまで元の場所と変わっておらんし」

「えー、えー!」


 まあチグサの言う通り、建築物の違いこそあれど、店の内容なんかは大体同じだ。売っている商品なども違うが、帝国は割かし近代的な生活を送っていたのである。ゲームセンターだってそれに近いものがあったので、今更案内されてもちょっと違う程度の感想しか抱けない。

 今後生活する上でそういった情報は必要だが、別に奏がいなくとも大丈夫なものばかりだった。

 全くもうちょい不便な生活だったらと思うと同時、それならそれでカナデ時代に面倒だったかなと思う奏であった。

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