見知らぬ少女
ピピピ、ピピピという音と共に目覚ましが鳴る。
それを手で止めると体を起こし、思い切り背伸びをした。
シャッターを開きっぱなしにしていたせいで、顔に太陽光が当たってその場所だけ無駄にぬくい……を通りこして、めっちゃ暑かった。
「うぅ~……水ぅ……」
喉が渇いた少女は二階の自室を降りて一階に向かうと、コップを取って冷蔵庫から水を一杯注ぐ。それを口づけ一気に飲み干すと、生き返ると言った感じでふへーっと大きく息をついた。
「おはよう。ご飯はどうする? すぐ食べる?」
その様子を見て微笑んでいた母がそう問いかける。勿論、と言った風に頷いて、リビングの椅子に腰かけた。
「ちょっと待ってね。味噌汁もうすぐ温まるから」
丁度娘を起こそうとしていた母である。起こしに行く前に起きて来たので手間が省けた。
父親は仕事である。水曜と木曜が定休日の会社で、一月三日は金曜なので仕事の初日だ。正月から仕事とはいつもいつもお疲れ様ですと思う。正月から店を開けてる人も大変だな~、自分も少ししたら同じようになるのかなーと考える高校一年の正月休みな今日この頃。
寝ぼけた顔でラリックマのパジャマ姿の少女の前に朝食が並べられていく。
今日は快晴良い天気。冬だけど太陽の光がぽかぽか気持ち良いなあと思っていると、どんがらがっしゃん何か大きな音がする。
びくりと体がはねてびっくり仰天と言った感じに音のした方を振り向くと、地面にキスをする兄の姿。
「ちょっと、
「あーいってえ……」
「怪我は?」
「痛いけど大丈夫……ったぁ……いってえ……」
痛い痛い言いながら隣に座った兄は雄介。サンタとマリア様が似合いそうな名前の青年だ。
ぼさぼさの髪をかきながら足の膝をたまにさすっている。
「なあに、お兄ちゃん。寝ぼけてるの?」
「寝坊助さんはお前だろっと」
頭の上からガシガシされる。
「はげるはげるぅ~」
「おら、禿げちまえ!」
「やだー! お父さんみたいになっちゃう!」
「それ、お父さんには言わないでね?」
母がそんな言葉を聞いた日にはショックで気を失って救急搬送だと冗談を言いながら兄の分の朝食も並べた。
それから自分の分の朝食も並べて、父を除いた全員が揃う。
「いただきまーす!」
と挨拶早々誰よりも早く食べ始めた少女。母が微笑み、兄はやれやれと続くように朝食を食べだす。
いつもの風景。少し違うのは、父が座る場所に誰とも知らぬ少女がいる事だろうか。
「なあ母さん。俺寝ぼけてるのかもしれないけどさ……それ、誰」
誰一人として指摘しなかったので寝ぼけてるだけかもと思っていた雄介だが、そこに確かにいる存在を不思議に思い母に問いかける。
「さあ?」
「さあって……え、マジで誰……」
母も首を傾げる。てっきりその人物の分も朝食を用意していたので、知り合いか何かだと思っていた雄介も困惑した。
整った顔立ち、艶やかで綺麗な黒髪とまるでどこかのお姫様のような着物姿の幼い少女、年は十かそこらだろうか。小学校低学年くらいの女の子がこれまた困惑顔で椅子に腰かけていたのだから、雄介がその存在を気になるのも当然と言えよう。
この中でただ一人困惑していないのは、美味い美味いと朝食を食べる少女くらいなものである。
※
チグサたちがやって来たのは帝国中枢、この人工惑星の心臓部であり、最高の意思決定権を持つAIイザナミのある惑星コントロールルームである。この場所で各地へのエネルギー供給や四季の変化などを操作しており、その操作は全てこのAIに一任されている。
イザナミは客人がやって来たのを確認すると、彼らとの対話の為に疑似人格を生成、大人びた女性の姿のホログラムを作りだす。
「イザナミに問う。お主はどこまで分かっておった?」
チグサは常々不思議に思っていた。
何故AIがこの星の決定権を持っているのか、そして何故、五年前になってからエネルギー枯渇に関する情報を広めたか。
頭の良いAIならば、もっと早い段階、それこそ初期の段階でエネルギー問題について情報供給することは可能だったはず。
それこそ共和国侵攻をせずとも帝国内部だけで完結することだって出来たはずだ。
しかしイザナミはそれをせず、問題を帝国中に広めることで暴動すら起こして見せた。
結果としてはそれが共和国侵攻の最初の切欠になった訳だが、本当に侵攻する必要があったのだろうか。
それに、ドラッケン基地の存在にイザナミが気付けなかったとは思えない。もしそこに基地を作るのなら、行き交う共和国人の存在も基地製造段階で明らかになっていたはず。
少なくとも、帝国領内にあったあの基地が共和国侵攻前にあったであろうことは調べがついていた。
ホログラムのイザナミはそれを聞いて微笑む。しかしAIであるからか、自然な笑みではなく、不気味な笑い方だ。
「その問いに答える必要がありますか?」
「ああ、あるとも」
「では、最初からとお答えしましょう」
「この星がこうなることも分かっていた。それでよいな?」
「はい」
「エネルギーが枯渇することも、最初から分かっていたのだな」
「いいえ」
「何?」
てっきりこれもYESだと思ったチグサは首を傾げる。
今、このAIは最初から分かっていたと言った。なのにエネルギー枯渇に関しては分かっていなかった? それは確かか、いや、一つ、本当に最悪の可能性に思い当ってしまった。それを聞いてしまっていいのかと、チグサの心が問いかける。しかし、最早待つのは死なのだ。ならば聞いてしまって良いだろう。
「エネルギーは枯渇していない。エネルギー供給はイザナミが故意に止めた」
「はい」
ざわめきと共に銃撃がホログラムに叩き込まれる。勿論、それはホログラムなので一切を受けずすり抜けてしまった。
さらに銃を撃とうとするのを手で制し、チグサは問いかけを続けた。
「何故このようなことをした。童たちをどうしたいのじゃ」
「帝、あなた方のお陰で十分なデータは取れました。共和国側が先にワームホールを作り出したのは予想外でした。その点でいえば、私という存在はそこまで頭が良くないのでしょう」
「お前の予想では童たち帝国が先に、その技術を手にしていたと?」
「はい。ですが共和国側が先に技術を手にしてしまいました。問題はありません」
「何に対し問題がないと?」
「宇宙を我がモノにする準備は整いました。ご安心を。共和国も一年以内に滅びの運命を歩みます」
「そうか……」
もう疲れたと、チグサはその場に座り込んだ。
カナデが代わりに前に出る。
「私たちがこれまで戦ってきたことは、無意味だったということね?」
「いいえ。データ取得の為にはあなた方の戦いは必要でした」
「そう……宇宙を我が物にすると言ったけど、何の為か聞いても良いのかしら?」
「はい。それが私の製造目的だからです」
「どういうこと?」
「はい。私はあのお方により、宇宙征服を目的として作り出されました」
「壮大な話ね」
「はい。その計画の第一段階がワームホール技術の確立にありました」
「もういいわ。どうせ私たち、ここで終わりみたいだしね」
そう言ってカナデは下がる。
他の者たちも言いたいことはあれど、相手はAI。感情論では動いてくれないだろう。
今ある武器でそのコアを砕くことも不可能。それくらい誰もが理解できた。
もっと早い段階で、このAIの目的に気付いていれば違かっただろうか? そう考えるも、エネルギーの供給権がAI側にある時点で、最初から勝ち目が無かった。
「童たちはとても愚かだ。しかしイザナミよ。お主も愚かだ」
「何故、そう問い返します」
「何、簡単な話よ。童たちは出雲に沈む。じゃが、出雲の門出を受けた者たちが、お前を必ず追い詰めるじゃろう」
「出雲伝説は作り話。死んだ人間の生まれ変わりなどあり得ません」
「ふん、だからお主は愚かなのじゃ。どうやら、未来は童たちの手にあるようじゃの」
そう言ってチグサは、脇差を取り出すと、自らの腹を切る。
「理解不能」
それを見ていたイザナミは突然のチグサの行動の意味が理解できなかった。
続くようにカナデが、ゲンジュウロウが、カムイが、次々と腹を切り、その場でこと切れた。
「理解不能、理解不能、理解不能…………」
そう言いながら、この場に隠れていたもう一人の人物を撃ち殺す。
チグサたちの死から数時間後――。
天神帝国は滅びを迎えた。
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