火に包まれる帝都
「あいたっ……っぅ~~……」
突如頭に痛みが走って目が覚める。
見れば真っ暗、何も見えない。
すぐにベッドの頭の上にあるはずの照明のリモコンを探すも、空を切る。
そこで自分がベッドから落ちたことに気付き、手さぐりに目当ての物を探し当て、灯を点けた。
時計の時間を見れば午前五時と少し。起きるのには少し早いかなと思いつつ、シャッターを開ける。
ウィーンという機械音と共に電動シャッターが上がっていく。明かりは入ってこない。外は真っ暗、町の明かりで薄っすら明るい程度か。
もうひと眠りしようかなと照明を消す。まだ頭が覚醒しきってないこともあって、すぐに眠りについた。
※
ドラッケン基地での戦いから二年。それまで優勢だった帝国は一転、劣勢となりそれまでとは逆に追い詰められる形になった。
その一番大きな理由はやはり、共和国の開発したワームホール技術にあるだろう。
かつて桜花戦団を襲い、ドラッケン基地を破壊した何者か。その正体こそが、共和国の作り出した新たなマシンナーズ『ドラッケン』だった。
ドラッケン基地はその名の通りこの新兵器、ドラッケンを開発していた基地で、桜花戦団が破壊したものと同タイプの兵器が既に幾つも作られていた。
ドラッケンは備え付けられた機能を使いワームホールを生み出すと、それと繋がる別のワームホールに姿を現わす。予め座標となる地点に特殊なフィールドを展開、維持しておかなければならず、使用後はそのフィールドも消滅してしまうものの、どこからともなく姿を現わす彼らとの戦いは極めて危険、かつ予想がつかないものとなった。
このフィールド、現在の帝国では感知することが出来ず、それがどこに作られているのか分からないのである。
そんなドラッケンにも弱点がある。特殊な技術で作られたせいか、ワームホールによる空間転移が可能な代わり、防御力が全く無い。紙装甲なのだ。
そりゃ適当な銃撃で壊れるわけだ。仮にこれの防御が高ければ、ドラッケン基地で桜花戦団に銃撃を受けたからといって壊れるはずもなかっただろう。
帝国がギリギリのところで戦線を維持出来ているのも、この紙装甲のおかげで一撃当てれば撃破できるからだった。
もしもその防御力が紙装甲で無くなれば、その時こそ帝国の終わりの日と言える。そうなる前に、ワームホール技術を少しでも解析し、あわよくば帝国でもその技術を使った機体を開発したい。
しかし時間は待ってくれず、既に帝国領内に基地を作っていた過去もあってか、天神帝国の首都、
そもそも事の発端は帝国による共和国侵攻にあった。
人工惑星に住む帝国人にとって、豊富な資源と自然に溢れた惑星メルセデスに住む共和国人は羨望の対象、それを欲しいと思うのも仕方ないことと言える。
確かに帝国にも自然はあった。しかしあくまでそれらは皆、人工的に作られたものであり、どこか機械的な部分があった。幾ら本物を真似ようとも、偽物に本物を超えることはできなかったのである。
それだけならまだ我慢ができた。侵攻してまで相手のものを手に入れようなどと考えなかっただろう。
帝国が共和国侵攻を決心したのは、帝国の寿命が残りわずかだと判明したからである。
出雲中枢にある帝国の心臓部とも言うべき核、それは意思を持ったAIで、人工惑星全体のエネルギー供給とその循環を担っている。それは今より二百年前から続いてきたことで、帝国の絶対的存在たる王、帝よりも大きな決定権を持っている。
そのAI『イザナミ』が五年以内に帝国のエネルギーは枯渇、人工惑星は活動を停止しそこに住まう人々は死の運命を辿ると宣告してきた。面倒なことに人工惑星全体に伝わるように、テレビや携帯のモニターにでかでかとその内容を出してきたのだ。
結果起きたのが混乱。帝の住む城へ人々が押し寄せ、一時暴動まで発展。その鎮圧で数千の人間が死ぬほどだった。
齢十になったばかりで帝に選ばれてしまった幼き少女、チグサはイザナミに言われるがまま、共和国侵攻を決意。現在に至る。
チグサも年は十五となった。年齢的には幼くないはずなのだが、見た目はその頃とほぼ変わらず、ちんちくりんなままであった。
そう、最初の予言からもう五年が経つ。人工惑星の至るところでエネルギー供給が行き届かなくなり、それが原因で死滅してしまった地域もあった。
残るは出雲を中心としたごく少数の地域。そこに僅かな希望を持った帝国人が押し寄せ、かつてのように暴動へと発展している。
最早ここから共和国侵攻など不可能。降伏を決意したが、共和国はそれを受け入れることが無かった。
「皆、すまぬ。
そう言って土下座をするチグサ。周りには十人ほどの軍人がおり、皆和服を改造したような軍服を着用している。
「過ぎ去ったことでございます聖下。このゲンジュウロウ、この魂と共に出雲の門出となりましょう」
大柄で隻眼の老紳士、ゲンジュウロウ=ミチタカは一つ頷くと、周りの者もまた同意するように頷いた。
今までのツケが回ってきたのだろう。それを支払う時が来た。そこが戦場でない事が残念でならないが、この出雲には死した魂を新たな地へ運ぶ輪廻転生の逸話があった。
出雲で死した者、また、出雲の為に死を遂げた者の魂は、新たな地へと旅立つ。
それは帝国の為に戦い死した者の魂もまた、新たな地へ旅立つということ。この場で死ぬこともまた、その旅立ちに加わることの一つとなる。
チグサは顔を上げると、とことこと歩き城の外を見た。
所々で火の手が上がり、人々の怨嗟が聞こえる。
今、この地のいたる場所で暴動が起きている。残り僅かなエネルギー資源を得ようと、マシンナーズを使い戦う者たちもいた。
その全てが帝国人。この場に共和国のマシンナーズは、一機たりとも存在していない。
帝国は自滅の道を辿っているのだ。
「全ては童一人の責。この怨嗟は全て、童一人が受け止めよう」
それは即ち、出雲から旅立つことなく、魂すらもこの地にて消える決心。
その決意は固く、何人もの反論を受け付けない。
「チグサ……」
そう、呼ばれたのはいつ以来だろうか。
陛下、聖下など、帝を表す言葉で呼ばれたことはある。
しかし、帝となって以来、一度たりともチグサという、母から貰った名を呼ばれたことは無かった。
「あなたの罪は、私の罪。私もまた、この身を出雲に落としましょう」
「カナデ……お主……」
チグサの体を包み込んだのは、桜花戦団団長であるカナデであった。
彼らが戦場に出ず、この場に集っているのはこの戦争が最早意味がないからである。
何せエネルギー供給も儘ならない。そんな状態で共和国の、しかもワームホールを生み出す敵を相手に戦うことなど不可能。
外で暴動を起こしているマシンナーズも、次々に僅かだったエネルギーを使い果たし、地上に落下。それが爆発し、破片が飛び散り、人々を襲う。
この地は地獄と化していた。
そんな地獄に、たった一人の少女に罪を背負わせ逝かせるものか。
現在、桜花戦団の他の面々は、好きなように最後の時を過ごしている。既に死んでしまった者もいるかもしれない。
彼らの罪もまた、団長であるカナデが背負う。チグサ一人には背負わせない。
「おいおい、女ばかりに罪を背負わせやしねえぜ。俺だって最前線で戦ってきたんだ。その罪は俺が一番重い」
戦神戦団の団長であるカムイ=ヤマザキに続くように、この場にいる全員が頷く。
チグサは目に一杯の涙をため込むと、大きく息を吸って、言葉を紡ぎだした。
「すまぬ……そしてありがとう、皆」
爆炎が城を包み込む。
チグサは十人の戦団長を伴うと、火の手をかき分けながらそこへと向かった。
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