イザナミ―天よりの災厄―

雪白紅葉

星に願いを

 夜空に浮かぶ無数の星々。この星から何千、何万光年も先で輝く星々の中には、既に存在せず光だけが今、この瞬間届いているものがあるのだと言う。

 自宅のベランダに設置した望遠鏡を使い晴れた夜の空を眺める少女はそんな儚くも美しい光景に目を奪われていた。

 肉眼だけでは見られなかった光景が望遠鏡越しに大きく映し出される。令和二年の正月休み、父親が電気屋で購入した福袋の中にあった望遠鏡は少女の部屋のベランダに置かれた。決まった中身の福袋だが、望遠鏡はおまけで、電動髭剃りやノートパソコンと言った同梱されている別の商品が狙い目だったらしい。一番大きいのがこの望遠鏡な訳だが、元々の定価は九九九八円と一番安かったりする。

 そんな元が安価な望遠鏡、もっと言えばおもちゃ屋で売ってるレベルの商品なので、その性能は決して高くはないものの、少女の目を釘付けにするには十分だった。


「おっ、流れ星だ!」


 偶然見つけたそれに対し願い事を三回唱えて、ちゃんと落ちるまでに言い切れたかなと消えたその先を一点に見つめる。

 望遠鏡なんて使い道ないと思っていたけど、中々面白いなあと思う少女。とは言え、その内飽きてベランダに放置されるだろうと両親は予想している。少女としてはこれからもちょくちょく使うつもりでいるのだが、去年買ったホットサンドを作る機械とコーヒーメーカーが放置されていることから同じパターンに陥るだろう。

 毎年そんな福袋を買っては埃を被らせる。単品なら決して買わないと言うのに福袋と聞いただけで買ってしまうのは人間の性なのか。上手い具合に世の中回っているものだ。


 暫く宙を眺めていた少女だが、もう飽きたのか部屋に戻っていた。冬の夜は寒い。暖房で温まった部屋に戻ればもう外に出たくは無くなった。

 壁にあるスイッチを押すとベランダと部屋との境界にシャッターが降りる。窓の外はシャッターの灰色で埋め尽くされ、夜空とはさよなら。この家を建築する際に父の友人だと言う住宅会社の人からサービスして付けて貰ったシャッターはそれなりに便利だった。

 ベッドに横たわり本棚から推理小説を取り出すと栞の挟んであったページを開き読み始める。前に読んだ時はどんな展開だったかなと何ページか前を確認しつつ、そう言えばもうすぐ確信に迫るところだったと元のページから読み始めた。

 暖かな部屋とベッドの心地よさも合わさって、睡魔がやって来る。

 読んでいた小説のページも残り僅か、もうすぐ真犯人が分かりそうだ。それが気になり睡魔に対抗するも、圧倒的に睡魔が勝った結果、手から本が零れ落ち、少女は眠りについた。



 宇宙の至る所で爆発が相次ぐ。炎が噴き出て壊された物の破片が飛び散る。その光景は常識的に考えればあり得ない、所謂ファンタジーな光景。

 しかしそこに生きる者たちにとって、その非常識は常識として存在している。カナデ一等宙尉もまた、その世界の常識下にいる存在の一人だった。

 天神あまがみ帝国に所属するカナデ=シラヌイは自ら率いる桜花おうか戦団と共にメルセデス共和国のドラッケン基地内部に侵入していた。ドラッケン基地は惑星マルモリの衛星に混じって天然衛星に偽装された人工衛星だ。その内部では共和国で使う機械兵器――マシンナーズの兵器開発が行われている。

 帝国軍がこの場所に気付けたのは本当に偶然だった。何せ惑星マルモリは帝国軍領内に存在し、そこに共和国軍の基地があるなど考えもしなかったからだ。

 偶々別の惑星に旅行に出ていた船団の一般人が外を観測していたら何か他の衛星と異なる点に気付き連絡をした。そう言った連絡は日に何度も入るもので、今まで一度もそれで合っていた情報がない事から適当に流してしまうつもりだった。しかしその連絡を取ったのが休暇中だがやる事もなく基地内にいたカナデであり、さらに言うなら領内であることから出撃命令が出なくとも戦団を使い出ることはパトロールという名目で可能、戦団の使っていたマシンナーズも整備が完了しており正式な任務出撃の前に一度試運転の必要があったことから、その試運転も兼ねてマルモリ衛星へ向かうこととなった。

 まさかそれが共和国の隠し基地だとはカナデも含め戦団の全員が思っておらず、全く予想外の奇襲作戦になってしまった。

 衛星はそこまで大きくないものの、その内部にはワームホールが存在していた。ワームホール内部には元の大きさの何十倍、下手をすると何百倍も広大な施設が広がっており、帝国には無い技術にカナデたちは共和国の認識を改めることとなる。

 そこで製造されていたのは情報にない新型の兵器だ。恐らくこれもマシンナーズであろう。白く美しい機体、性能がどれくらいのものか、新型ということからも早急に破壊した方が良さそうとの判断を下す。

 鹵獲も視野に入れたが、現在カナデたちは敵に囲まれた状態だ。そりゃそうだ、敵の基地にたった十三人で侵入したんだから当然である。まさか全てを相手にして生き残れるだなんて考えてはいない。今現在、どうやって逃げるか考えているくらいだ。取り合えず破壊して逃げることだけを考える。

 逃げきれたら帝国にこの基地のことを入電すべきだ。ワームホール内部の影響からか、一切連絡が取れなったが、それさえすれば領内と言うこともあり帝国軍がこの基地に集合、後は殲滅あるのみである。ならばそれを待って鹵獲すればいいのではという話だが、もしあの新型が動き出せば何が起きるか分かったもんじゃない。これまでの戦いから新型はヤバいとカナデは理解していた。つい一か月前に慢心して機体をボロボロにしたカナデたちであるからして、未知の期待はとりあえず破壊と新しきトラウマが告げていた。

 

「油断しましたねぇ隊長ぅ~」


 甘ったるしい声でモニターに十歳にも満たなそうな少女の顔が映し出される。

 桜花戦団の一人であるミナ=アカシヤ宙曹だ。戦団では経理も任されており、年末には帝国本部でひたすらその年の決算の為に駆り出されたりする。その分多く給料が出るらしく、家族の多いミナにとっては断りたいけど断れない仕事となる。カナデより給料が多いらしく、その事についてぼそりと漏らしたところ小一時間如何に仕事が忙しいか説教を受けた。本部にいる時に漏らしてしまったものだから他にいた決算処理メンバーに囲まれて……トラウマの一つである。


「説教はやめて……」


 その事を思い出してぶるりと震え顔を青くする。この状況下でもそんな冗談を言っていられるのだから、まだまだ余裕だ。

 囲まれていると先ほど言ったが、その状況は既に脱していた。囲まれてしまったから立ち止まるほど彼女たちは甘くない。囲まれたなら道を作ればいいのだ。なんとも脳筋な話だが、ひたすら敵を切り分けてついでに新型に銃撃を浴びせつつこの場を撤退していく。

 前線で戦う兵ならまだしも、基地内に籠っているような引き籠りだ。戦い方もミナの声より甘々で、帝国二等兵未満の実力。そんな雑魚がいくら集まったところで前線主力部隊の一つである桜花戦団の相手になるはずがなかった。

 この調子なら基地の制圧もできた気がするが、慢心はいけない。慢心した結果負けた記憶が多々蘇る。大体敗因が慢心の桜花戦団なので、一部の帝国民から慢心戦団なんて呼び名がついているのだが、カナデたちは一部を除いてそれを知らない。


 何とか……というよりは余裕で、基地を脱したところでカナデは何か危険が迫ることを感知する。


「何か来る!」


 その声に合わせ戦団は回避行動を取る。団長のカナデの危険感知がこれまで外れたことは一度もない。カナデが何か来ると言えば、何かが来るのだ。

 今まで戦団がいたところ、即ちマルモリ基地の衛星が爆発した。自爆……ではない。確かにどこかから攻撃を受けた。

 

「総員警戒!」


 その声に合わせ全員がレーダーを、モニターを確認。結果、カナデたちから少し離れた地点に時空の歪みを発見する。恐らく、誰かが、それこそワームホールのようなものを使いこの場に現れ基地を破壊、そのまま同じくワームホールを使い撤退したものだと思われた。


「共和国軍……? 態々基地を破壊して?」


 新型の情報を渡さない為だろうか。鹵獲されるならもろともという考えなのかもしれない。その対象はカナデたちが破壊した後であるが、基地内を隅々まで調べれば新たな情報が手に入ったかもしれない。それを阻止したのだろう。

 ふと、爆発した基地のことが気になった。

 人工衛星であるドラッケン基地――ドラッケン基地と兵器のあった部屋にでかでかと書いてあった――に繋がっていたワームホール、それ自体が消えていないのなら、爆発で消滅したように見せかけて、帝国の目を反らすことができる。そう思ったのかもしれない。

 爆発したのは基地だけで、ワームホールがまだ残っていれば、多少の時間稼ぎにはなるのだろう。そんな風に考えて、帝国に入電。部隊の到着を待ちつつもその周囲を調べる。結果、何も無くなっていることだけが分かった。 

 因みに先の攻撃が無くても同じことをするつもりだった。ワームホールからは一機ずつしか出られないことは自分たちの潜入時に理解していたので、ここで待っていて敵が出てくれば各個撃破、部隊が到着したらそれら全員で再度突入し制圧の予定だった。

 やはり共和国が隠しておきたい情報がここにあったと見るべきか。もしかすると、ここに似た基地が他にも存在するかもしれない。

 帝国軍はこれまで無視してきた一般人からの情報を再度洗う必要があった。

 全く、共和国も厄介な技術を生み出してくれたものだ。

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