もう一人のバグ勇者

「俺こそが本物の勇者だ!」

「バカ言え! 俺こそが勇者だっつーの!」


 ある日のこと、リィノ達の前に、リィノが持つ神剣カリバーンにそっくりな剣を持つ男が現れ、自分こそが本物の勇者だと主張し始めた。

 男の名は、ゼロ。勘違い男特有のウザい長髪を振り回し、ハンサムといえばそうなのだがしかし自信過剰なバカ面を浮かべながら、自分こそが真の勇者だと豪語するけずになかなかのクセ者であった。


「ねえ、あのゼロって、どんな人なの? 本当に勇者なの?」


 ゼロは連れの少女を二人連れていたので、埒の明かない言い争いをするリィノを置いて、シャラが彼女達にそう尋ねてみる。


「ゼロ先輩は、何者かが悪意をもって作ったのであろう剣、聖剣レーヴァテインの贋作を所持しています。見た目こそ本物そっくりなものの、装備した者の攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力を全てゼロにしてしまう呪いが掛けられているのです」

「ゼロ先輩は元々優れた魔法使いだったのですが、呪いの剣は一度装備したら外すことができないのです」

「そんな人のどこが勇者なのよ!」


 話を聞き呆れるシャラ。が、その様子を見ると、少女達は憤慨して言った。


「バカにしないでください! それでも私達は、ゼロ先輩こそが本物の勇者だと思っているのです!」

「え、ええ~……」

「不服なようなら話してあげましょう。私達と先輩の出会いの時のことを」


 そして、抗議するように、彼女達はゼロと自分達にまつわる過去を話し始めた。



 ゼロと少女達は、魔法の素養がある子供を集めて戦士として育成するための機関、魔法学院に通っていた。

 養成機関とはいえ、訓練を積んでも実戦的な魔法を使えるようにならない者もいた。そういった者は嘲笑の対象となり、失望し、死んだような目で学園生活を過ごすことになっていた。

 ある日の昼休み、ゼロは、そんな死んだ目をしている女子生徒に声を掛けた。死にも死んだ、仄暗い目をした女生徒だ。


「やぁクレハさん、少しお話いいかな?」

「……はぁ? はぁ、ゼロ先輩が私になんの用ですか?」


 ゼロはこの学校において有名(悪い意味で)であり、自己紹介はいらなかった。


「クレハさん、単刀直入に言う。俺とパーティを組んでくれないか?」

「……は? はぁ? 急に一体なんなんですか?」


 怪訝な表情を浮かべるクレハ。もっともだが。


「君の力を見込んで言ってるんだ。この世界を守るため、共に戦おうじゃないか」

「み、見込んでって、あなたが私の何を知っているっていうんですか? 力を貸せって言われても、私、相手のMPを吸い取る魔法しか使えないんですよ? そうしてMPを吸い取ったって、他の魔法を使えないんだから意味がないじゃないかって周りにずっと笑われてきたんですから。はぁ、もう最悪ですよ。この学校で頑張れば他の魔法を使えるようになるかもって思ってたんですけど……」


 それでも引かずに食い下がるゼロに、クレハは卑屈にそう言って、身を引こうとする。


「知ってる。知ってるよ。俺の慧眼は、君の資質を見抜いている。一年後輩のクレハさん、今、君がすべきは魔法じゃなくて剣の鍛錬だ。それから、君の任意の対象からMPを吸い取る魔法が後々大きな意味を持ってくることも俺は知ってるし、君がすぐに他の魔法を使えるようになることも、俺は知ってる。どうだい、だまされたと思って、この先、剣の鍛錬に励んでみないかい?」


 はじめ狐につままれたような顔をしていたクレハちゃんだったが、このままでは落ちこぼれのまま学園生活が終わることになると、ワラにもすがる思いだったのだろう。やがて、こくりと頷いた。


 と、その日から十五日後の昼休みのことだった。


「ゼロ先輩! ゼロ先輩!」


 クレハが明るい表情で、弾んだ調子でゼロに声を掛けたのは。

 ゼロはクレハにせがまれて、学園の外れにある屋外訓練場に足を運んだ。


「いきますよ、見ていてくださいね」


 そして、クレハはそこに設置されている大きな岩の前に立つと、ゼロにそう告げて、剣を抜いた。

 と、次の瞬間、彼女が持つ剣の剣身が、激しい光を放つ稲妻を纏う。

 そして、気勢と共にその剣を振る。と、その剣身は硬い硬い岩を、豆腐でも切るかのように、軽やかに真っ二つに斬り裂いてしまった。


「うおお! すげえっ! やった! これだよこれ!」

「ゼロさんが言っていたのはこれのことだったんですね」

「ああ! よくやってくれたクレハ!」


 その凄まじい威力、そして彼女が目論見通りその技を会得したことを目の当たりにしたゼロは、興奮のあまり思わず子供のようにはしゃいで、クレハを讃える。

 そんなゼロの様子が可笑しくて、嬉しくて、クレハもまた笑っていた。

 今、見せたように、クレハは魔法剣の資質を秘めていた。しかし、剣に対する意識を持たなかったゆえ、開眼しなかったのだ。

 しかし、禍福はあざなえる縄のごとしとでもばかりに、彼女は突然、一転しゅんとした顔をして言った。


「でもこの技、一度にMPを50も使っちゃうんですよね。私、MPが60しかないんです。つまり、私がこの技を使えるのは、日に一度だけということに……」


 そう、この魔法剣は高威力の大技ゆえ、一度に大量のMPを消費するのだ。

 この世界においてMPは、基本的には睡眠をとることにより回復するものであり、では彼女は言うように、日に一度しかこの技を使えないのかというと、否であった。


「でも君は、残った10MPでマナドレインの魔法を使えるだろう?」

「あっ! そうでした! いえ……でもこの魔法、一度に50ものMPは取れないんです。ですので、何度も何度もやることに。それにレジストされることもありますし。結局、次を繰り出すまでにとても時間がかかってしまうことに……」

「それは魔物を相手にマナドレインを使った場合の話だろう? その魔法は味方をターゲットにとることもできるはずだ」

「はぁ……それはできますけど。でも味方って、一体誰から……あっ!?」


 また明るい顔にさせるべく、日に何度でも魔法剣を使う方法を、ゼロは彼女に示唆する。と、答えに気付いたクレハ、はっと目を見開いてゼロを見詰める。


「そう、俺の魔法防御力は、ゼロだ。俺にマナドレインを使えば一度に必ず60のMPをとれる! レジストなんてありえない!」


 彼女と魔法防御力が0なゼロとの組み合わせは、抜群の補完性を誇る。ゼロなら彼女の予備バッテリーになれる。

 そのことを伝えると、瞠目したままの彼女の体が、喜びに震え始めた。


「技とリソースを得た今、この国に君以上の戦士はいない。もう二度と卑屈になんかなっちゃダメだよ。……クレハ、俺はこの国を守るために戦いたいと思っている。君だって初めはそうだったはずだ。俺と一緒に戦おう。この国のために」

「はい……」


 そして、改めてパーティに誘うと、クレハは瞳から涙を零して頷いた。ずっと燻っていたのだ。ようやく日の目を見た思いだった。



 その後のある日のこと、ゼロはまた、死んだ目をしている後輩の女子生徒に声を掛けた。

「イリィ、君は誰よりも魔法攻撃力が高く、数々の大魔法の使い手でありながら、眠ってもMPがほとんど回復しないという特異体質の持ち主であり、周囲にMP0の魔法使いと笑われて卑屈になっている。そうだね?」

「はい」

「そこで1つ提案があるんだ。君は自分に向けて放たれた攻撃魔法を吸収してMPに変える、マジックドレインという魔法を使うことができるだろう? それでMPを回復すればいいんじゃないかな?」


 そこそこ的確な提案だったのだが、それを聞くや彼女は即座にぎゅっと目をつぶり、首を横に振った。


「い、いえ、ダメなんです。魔法なんて受けたら、私死にます。もし失敗したらと思うと怖くて……」

「ああ、わかってる。そこでだイリィ、受けるダメージが絶対にゼロだってわかってる魔法だったら、どうかな? それなら怖くないし、確実にMPを回復できるんじゃないか?」

「は、はぁ……ですが、ダメージがゼロの攻撃魔法なんてありえません。全く魔法攻撃力が無い人でもないと……あっ!」


 胡乱げにゼロの話を聞いていたイリィだったが、目の前の存在にはっと気付き、思わず大きな声を上げる。


「そう、俺の魔法攻撃力は、ゼロだ。この世界で俺だけが君のMPを補給することができる。MPさえあれば君は最高の魔法使いなんだ。もう下を向く必要なんてない。……イリィ、俺はこの国を守るために戦いたいと思っている。君だって初めはそうだったはずだ。俺と一緒に戦おう。この国のために」

「はい」


 イリィは潤んだ瞳でゼロを見詰めながら、その誘いに頷いた。



「勇者や! 能力ゼロという短所を長所に変えて二人の少女を救った! こいつもまた本物の勇者や!」

「能力がゼロなのになぜだか最強に思える! まさかリィノの他に、この世界にこんな勇者がいたなんて!」


 少女達が語った話を聞いて、思わず驚愕と感動の叫びを上げるリィノとシャラ。

 世界は広いなぁ……。そのことを改めて実感したリィノ達なのであった。

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