尖りすぎた?ゆえボツシーン集

 バグった世界の旅は辛い。今日も今日とてリィノ達は、


・ 数多のワープゾーンを繰り返し用いねばならず絶対迷子になる、森で迷わせろ! とキレたくなる迷いの森(それも、不正解のワープゾーンを踏むと大海原に放り出されてしまう)


・ 通行証を貰えるはずのイベントをこなしたのに貰えず、なぜか入手方法が最初の城周辺に稀に出現するレアモンスターが365分の1の確立でドロップへと変わっている、通行証が必要な関所


・ 二体の石像と同じポーズをとらなければ先への扉が開かない仕掛けがあるのだが、一体の頭が一体の腹を貫いている格好を取っている迷宮


 など数々のバグトラップをなんとか潜り抜けて疲労困憊。もう休もうと宿を求め、見付けた町を訪れていた。


 町には、夜に着いた。

 夜になると淡く光る特殊な石を使って作られた、円錐形の家々が神秘的な雰囲気を醸し出している都市だった。

 それらに感銘を受けたリィノ達は、しばらくその町並みを見て回ることにした。

 しかし、歩き始めてすぐに唖然とすることになった。まず、武器屋の前を通った時のこと。

 並んでいる武器が質の割にものすごく安いことに惹かれて、リィノ達は思わず足を止めた。


「ご主人、この武器、すごく安くて質が良いですね」


 感心してそう声を掛けると、しかし主人は俯き加減に、暗い顔をして言った。


「ええ。ですがね、しょせん人殺しの道具ですよ。こんなもんを売って何人もの人間を死に追いやって生活して、私ははたして生きていると言えるのでしょうか。そうまでまでして生きて何を得るというのでしょうか。人を傷付け、除いてまで我を通して生きることに、何の意味があるのでしょうか」


 知らんがな。

 この店はヤバイ。そう悟ったリィノ達は、急いでその場を後にした。


「こっちの防具屋も安いわよ」


 しかし、それでもついあまりの値打ちぶりに、付近にあった店にも足を向けてしまう。そして――


「防具屋なんて、そんな守りに入った人生なんて面白いのかって、ずっと言われてきたんですよ。固い商売で生活を守る、それが大事なことだと思ってました。しかし、この年になって気付いたんです。それだけなんです私の人生は。それで私は、一体何を守りたかったというのでしょうか?」


 だから知らんがな、そんなん。

 そんな奇店巡りをそれからも何度も繰り返し、旅の疲れがどっと出たリィノ達は、それからすぐに宿を取ることにした。この町は、教会が宿屋の機能も兼ね旅行者を受け入れているようだった。


 町の一番奥、小高い丘の上に建っているのが、この町で唯一古くさ……歴史を感じさせる建造物、石造りの教会だった。

「ようこそ」

 扉を開け、大きな礼拝堂に入ると、妙齢のシスターが迎えてくれた。

 しかし、入った途端に、中、ジンギスカンの煙、半端ない。臭い。

 なに教会に鉄板持ち込んで焼いてんねん。誰が迷える子羊なのかわからなくなってるわ。

 そこで行われていたのは、懺悔なんだか、町人が集まって肉をつつき酒を飲みながらくだを巻いているだけなんだかわからない行為。


「おお神よ、息子をブサイクに産んでしまったことを懺悔いたします」

「生まれたら負けだと思ってることを懺悔いたします」


 しかし、若い女性が負けだのなんだのと言った途端、隣で飲んでた悪酔い中年が、唐突に彼女に絡み始めた。


「あ~? なに言ってんだお前。これだから最近の若いモンは……お前みたいなヤツはそうやってクールビューティーを気取り、それがカッコイイとか、それはそれで冷たい味わいがあるとか思ってがる。お前は自分のことを、例えていうならビシソワーズかなにかだと勘違いしているようだが、いいや違うね。お前は冷め切って渇き切ってて辛気臭い、仏壇に供えてあるカリカリになったご飯だ」


 と、彼女はふいにポケットからカリカリご飯を取り出し、それをじっと見詰めながら言った。


「前に先生にも同じ事を言われたわ……」


「言われてるんかい。言われることあるんかいそんなんと同じこと」


「でもいいのよ。結局人なんてみんな骨になるのよ。SMクラブに週に78回通いM78性人と呼ばれた元カレと同じように、骨になるのよ」

「同じかもしれんけど、そことはさすがにナンボか違うと思いたい」


 この町の人達は、どうにもみな病んでて、どこか無気力であった。

 二人がそうやり取りを交わしたところで、さらにシスターがリィノ達に言った。


「ようこそ。ここは女神様を信奉する信奉領グランブール。かつて女神様の加護を受けて出陣したこの町の戦士達は日の出の勢いで昇天した」


 どういうことなの。


 バグの影響は深刻だわ。と唖然とするリィノ達。


 なんだかんだ問題はあるが、他に方法も無く、リィノ達は仕方なくこの教会に泊まった。


 そこで一泊したリィノ達。と、その夜のことであった。


「勇者様―――!」


 リィノ、シャラの各部屋の前で、なにやら切迫した叫びを上げる男が現れた。


「どうしたの?」


 その声を聞き、部屋の扉を開けて問うシャラ。リィノもほぼ同時に自室から顔を出した。


「ああよかった勇者様方、町の外で私の仲間達が野犬のようなモンスター達に襲われているのです! どうか助けてください!」


 懇願する男の言葉に、ふむふむと頷いてから、シャラは口を開く。


「だが断るわ」


『え―――っ!?』


 驚愕する男とリィノ。


「いやなんでだよ! 助けてやろうぜ!」


 異を唱えるリィノに、シャラは毅然と言った。


「わざわざ暗い夜に野犬のようなモンスターの群れと戦うなんてあまりにもリスキーよ。私達はそんなリスクを犯すようなタイプの勇者パーティじゃないの」


「どんなタイプの勇者パーティだよ!」


 必死にツッコむリィノと、唖然として思わず言葉を失う男。


「と、いうわけよ。あなた、残念だけどお仲間のことは犬に噛まれたと思って諦めなさい」


「いや、だから犬に噛まれてるんですよまさに!」


 皮肉にしか聞こえないシャラの言葉であった。

 なお、男のお仲間は直後、町の衛兵たちが助けて連れて来た。


 翌朝、宿とした部屋を出ようとしたところで、リィノ、道具袋の異変に気付いた。


「あれ? シャラ、道具袋に入ってた薬草はどうした?」


「昨日全部スムージーにして飲んじゃった」


「スイーツかっ! スムージーて! 健康気遣ってる場合!? 命がけだよ戦闘は!? じゃあ毒消し草は!?」


「デトックスで湯船に浮かべて半身浴した」


「スイーツかて! 半身浴て! なんで優雅なオリエンタル風呂を楽しんだ。毒素の次元が違うっつーの! じゃあ石化治しと麻痺治しの薬は!?」


「タピオカとパンケーキの行列に並んだ後、布に染み込ませて足裏とふくらはぎに貼って寝た」


「だからスイーツかて! 足リラシート! ちょっと立ちっぱで痺れたり脚張って硬くなったりしたくらいで!」


 マイペースすぎて困りものな、この頃のシャラさんであった。



 その後、リィノ、シャラは再び旅立ち、とある森に辿り着いた。


 その森の中心は、あまり木が生えておらず開けた広場のような一帯となっていたのだが、リィノ達はそこで奇妙な光景を目にすることとなった。


 その広場には、『昆虫界のアイドル フンコロガシ握手会場』と書かれたのぼりが立てられており、そしてその前に、フンコロガシの着ぐるみを着た三人の少女――いや、そう見えたのだが、よく見ると、人面フンコロガシの魔物だ。魔物達が立っていた。


 彼女達は、なにやら問題に直面しているようで、広場の端に立つリィノ達に気付く気配すら見せずに、緊急会議のようなものを行っていた。


「ライブはあんなに盛況だったのに、なんで握手会には誰も来ないんだよ!」


 まず、大きいフンコロガシが、両手を広げて不満を表しながら、そう憤慨する。


「……やはり、さすがに転がしている連中とは手を繋ぎたくないということなのでしょうか」


 それに、小柄な子が落胆しながらそう答える。


「最近はカメムシにすらバカにされるようになってきたよ……」


 さらに、中背の子がそう付け加えると、ため息を付いて肩を落とす三人。


「やっぱり、もう転がしてないですよって言おうか?」

「そうだな。そして、もっと清純派であることをアピールしていくとしようか」



「……何を言ってるんですかみなさん!」



 そして討論の末、中背、大柄の二人が路線変更を模索し始めると、しかしそこで小柄な子が突然激高し、怒号を上げた。


 彼女はその様子に呆然としている二人に、目を覚ませとばかりに、さらに吼える。


「大事なことを忘れてますよ! みなさん、去年の昆虫運動会のことを思い出して下さい!」



『……フォークダンスでのことがあるから、思い出したくない』



「思い出して下さい!」


 しかし、その剣幕にも負けずに、よほどトラウマだったのか、声を揃えて回想することを拒否する二人。が、その子は食い下がり、さらに激怒して、言った。



「大玉転がしで、カブトムシチームにまさかの大敗を喫した時のことを!」



 そう叱責されると、その時のことを思い出したらしく、雷に打たれたような反応を見せた後、うつむいて黙り込む二人。



「あの日、私たちは、誇りを取り戻すために、レベルアップしていかなきゃいけないと誓い合ったじゃないですか!」



「……でも、あんまりそこがレベルアップしすぎても、かえってバカにされるだけなんじゃないの?」

「つか、そんなに誇りかそこ?」


 しかし、続けてそう喚起されると、二人は口を真一文字に結んで考え込んだ後、遠慮がちにではあるものの口を開き、そう言い返す。


「勘違いするな!」


 と、小柄な子はそれに憤慨してそう一喝。そのあまりの気迫に二人はたじろいだ。



「私たちのアイデンティティーはなんだ?」



 そして、彼女は二人をそう諭す。と、二人はハッと何かに気が付いたような表情を浮かべた。


「その個性があったからこそ、世間にも広く認知され、アイドルとしてもここまで来れたんじゃないですか! その個性を失っては、何の面白味もない。凡百の昆虫たちの中に埋もれてしまいます! 興味を持ってもらうために、面白がられて、笑われてナンボ! そうやってここまでやって来たんじゃないですか!」


 続けてまくし立てられたそれを聞くと、二人は何かを悟ったようにフッと笑い、納得した様子を示した。


「そうだったな」

「ああ。よーし、話も纏まったところで、それじゃ景気付けに、あの一曲といきますか!」

『おーっ!』


 そして、三人は再び結束し、意気を上げると、唐突に、持ち歌らしき曲を歌い始めた。


『あんなに遠くから、ここまで転がしてきたのか。あいつ、頑張ってんな♪』

『でも、その距離の長さは、まんま人が引いてく距離~♪』

『ジレンマティック・アイドル~三コロガー姉妹~♪』

『のしあがるためなら、どんな汚い手も使う~♪』

『だけどもらえる仕事は「おい、汚ねえ手で触んじゃねえよ」と言われる奴の役~♪』

『ま~さに~アンタッチャボ~♪ 三コロガー姉妹~♪』



 何やってんだこいつら……。


 いい加減うんざりしたリィノ達は、閉口したまま彼女たちの脇を通り抜けて行こうとした。


「はっ! 人間!」


 そこで、リィノ達の存在にようやく気が付いた彼女達は、また切り替えの早さを見せて、すかさず臨戦態勢を取る。

 そして、彼女達はリィノ達に襲い掛かると、両手を構えて掌打を繰り出してきた。


「きゃあ――――――っ!」


 嫌過ぎる攻撃だった。それに思わず悲鳴を上げるシャラ。


 避けることに必死になりすぎて、全く反撃に移れなかったリィノ達だったが、やがてシャラが機転を利かせ、身を当てて小柄な子を突き飛ばし、大柄な子がリィノに向けて放った掌に、彼女の顔面を衝突させる。



「ぶっ! ちょっ! き、汚いっ! なんてことするんですか!」



 と、その次の瞬間だった。小柄な子が大柄な子の手を、汚物でも付いたかのように振り払い、金切り声でそう叫びながら彼女に怒りのビンタをぶちかました。


「ひど――――っ!」


 張られた頬を押さえて倒れ込みながら、直面した裏切りともいえる行為に深く傷付いた様子で、大柄な彼女は悲痛な叫びを上げる。



「なによあんた、なにが誇りよ! さっきと言ってることが全然違うじゃないのよ!」

「うるせえ! 汚ねえ手で触りやがって!」

「ちょ、ちょっと二人共!」



「今の内に行こう……」


 と、それを契機に無様にモメ始めた彼女たちを置いて、リィノ達は先を急ぎ、その場を後にすることにした。

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