以降おまけ

トニーの国

「シャラ、俺レベルが上がり、また新魔法を覚えたぞ。今度は手持ちのアイテムをランダムで別のアイテムに変える魔法だ。楽しいんだよ。結局、どくけしそうになっちゃうことが多いんだけどさ」

「やっぱり使えないじゃない」


 旅の中のある日、リィノ達はそんな会話を楽しみながら、とある王国に入国していた。

 しかし、その国の城下町に一歩足を踏み入れた瞬間に、その違和感は襲ってきた。

 町の中、どこを見回しても、全く同じ姿、顔形をした人間しかいないのだ。

 生え際の後退した亜麻色の髪とデカい鼻が特徴的な冴えない顔をしたオッサンしかいないのだ。なぜか。


 どういうことなんだ? とにかく誰かに話を聞いてみようと近くの店を訪ねると――


「その剣、まさか勇者様ですか? お会いできて光栄です。店主のトニーといいます」

「妻のトニーです」

「息子のトニーです」


 冴えないオッサンが三人出てきて、口々にそう同じ名乗りを上げた。

 それを見聞きしたリィノとシャラ、互いにげんなりとした顔を見合わせ、ため息をついた。

 この国のバグり方もまたキッツイぞ……と。


 その後、勇者が来たという噂を聞いた国王に呼ばれ、リィノ達は王城を訪れていた。

 王様も大臣もトニーであった。わかってたことだが、違和感は凄い。


「よく来てくれた。国王のトニーじゃ。実は折り入って頼みがある。明日、長らく敵対していた国との和平・同盟を結ぶ調印が行われる。我が国の国宝、世界最大のダイヤモンドを譲渡することがその条件なのじゃが、その場でその宝石を狙うと盗賊ギルドが予告を出しているのじゃ。そこで、勇者殿に、事前にその者共を捕らえてもらいたい」

「ああ、そういうことなら、やってみますよ」


 国の今後が懸かっている。王様達の困った様子を見たリィノ達は、なんとか力になりたいと、色よい返事を返した。


「おお! ありがたや勇者殿! しかし、恥ずかしながら我らはまだ、城下町のどこかに潜むそのギルドの尻尾を掴めてなくてのう。調査の結果、親玉の顔と名だけはさすがに掴めたのだが。その肖像画を用意してある。これを頼りに捕らえてくだされ」


 そう言って王様は、一枚の肖像画をリィノ達に手渡す。


 そこに描かれていたのは、生え際の後退した亜麻色の髪とデカい鼻が特徴的な冴えない顔をしたオッサンであった。


「トニーという男じゃ」


「トニーじゃねえか! 見付かるわけがあるかこんなもん!」


 これが無理ゲーの始まりであった。


 その後、無理ゲーとはいえ、一応手元にある以上、リィノ達はその肖像画を使って町で聞き込みをしてみていた。


「すいません、この男、見たことありませんか?」

「う~ん、全く見たことないねぇ」


「ウソだろうが! トニーしかいねえ町じゃねえか! むしろトニー以外を見たことがねえだろうよ! 鏡見りゃ自分もトニーじゃねえか!」


 あっさりと返ってきたその答えを聞いて激怒するリィノだが、しかしその後もなぜか誰に聞いてもナシのつぶてであった。


「ちくしょう、どうすりゃいいんだ……」

「ねぇリィノ、あれはどうかな? 真実の鏡。真の姿が映るんじゃない?」


 その結果を受け途方に暮れるリィノ。と、その様子を見たシャラが、どうにか打開策を出そうと考え、そう助け舟を出した。

 それを聞いたリィノは、なるほどと膝を打ち、道具袋から、一房のどくけしそうを取り出した。


「なにこれ?」

「かつて、真実の鏡と呼ばれていたものです」

「……コラァ―――――!」


 リィノはシャラにボコボコにボコられた。


「……だって、使い所終わったアイテムなのかと」

「言い訳はいい。……詰んだわねコレ」


 詰んだ。

 結局、リィノのせいで盗賊ギルドは発見できず、翌日、調印の場で宝石の守りに加わることにした。


 翌日、贈呈式、調印式を順に行う王城内のその会場は、式の準備がせわしなく行われ、人で溢れ返っていた。

 まだ宝石は国庫に保管されており安全だが、じきにここに運び込まれる。となると、すでに盗賊がここに紛れ込んでいてもおかしくないのだが、しかしこうも人でごった返していては、見付かるものも見付からない。

 おまけに、場にいる人という人が、トニーばかりなのだ。これでは不審者など浮き出てこない。リィノとシャラはため息をついた。

 この場にいる人物など、トニーと、他にはせいぜい給仕係の女性が一人待機しているばかりで……


 ん!? 女性!?


 にわかに違和感に気付いたリィノとシャラは、一目散にその女性の下へと駆け出し、飛び付いてその身を取り押さえた。

 と、その女性は瞠目して驚愕の声を上げる。


「な!? バカな!? どうして俺の変身魔法がこうも簡単に見破れたのだ!?」


 その答えは、簡単だった。


「バグってるからさ!」


 かえって浮いてたんだお前の変装は、と内心で笑うリィノ。


「なに!? し、真実の鏡だと!? 盗賊ギルド長の名に懸けて探したが見付からなかった古代遺産が、いったいどこに!?」


「そんなこと一言も言ってないけどな! わけあって使えなかったけどな! 意外とヘボいなお頭! 民家で普通に鏡として使われてたぞ!」


 やっぱり、本来鏡を使う流れだったらしい、と可笑しがっていたリィノだったが、しかし次の瞬間、事態は急変した。


「うおお――! お頭を助けろ――!」


 会場上部、天井際の四方の窓が一斉に割れ、潜んでいた盗賊ギルドの部下達が、そこから場内に飛び込んできたのだ。

 一瞬にして会場は大パニックに。兵士と盗賊達が乱戦、混戦を繰り広げる戦場へと化してしまった。

 そして、兵士も盗賊も全員トニー姿で、肉弾戦を繰り広げている。まさに混戦。そして、こうなってしまうと――


「シャラ! どれが盗賊だかわかるか!?」

「全くわからん!」

「ですよねー!」


 とりあえずとお頭の首を絞めて失神させ転がしながら、シャラに敵味方の判別を問うリィノだったが、返る答えは当然ノー。

 ただ呆然と戦況を眺めるしか、二人に打つ手はなくなってしまった。


「しっかりしろトニー! 大変だ! トニーがやられた!」

「くそっ! おいトニー! すぐにトニーを呼んできてくれ!」

「トニー! お前がいなくなったら、この国はどうなる!?」

「ちいっ! こんな時にトニーさえいれば!」

「言うなって! トニーの代わりなんて誰にも利かねえよ!」

「目ぇ開けろトニー! トニーみたいな立派な兵士になるのが夢なんじゃねえのか!」


「トニートニーうっせえなあ! 全員同じトニーじゃねえかよ! でもやばい! 盗賊の方が勝ってるっぽい!」


 強い者が盗賊か? しかし今その情報を得たばかりでは、まだ判別は付かない。


「ああっ! 王様が囲まれた!」

「心配するな! あれは余の影武者じゃ!」

「ええっ! 見分けが付かなかった! 王様の身代わりが務まる者がいるなんて!」


 誰にでも務まるだろ! こっちは誰の見分けも付いてねえんだわ!


「しかし、勇者殿達は、なぜ加勢してくれぬのじゃ!?」


 だから、こっちは誰の見分けも付いてねえんだわ! と内心憤るリィノ達。しかし、そんな声も聞こえ始めた以上はと、思わず慌ててしまう。


「シャラ! 勝ち続けてるまだ元気な奴が盗賊みたいだぞ!」

「わかってる!」


 そして、シャラがついに参戦。これはと思う者の頭部に、魔法光弾をぶつけて失神させる。


 と、その瞬間、場の空気が一瞬にして凍り付いた。


 そして次には、反対に騒然とし始める。


「ああっ! トニー! どうして我が兵団きっての勇士トニーが!?」

「ウラ切りだ! 二人は盗賊共とグルだったんだ!」

「まずあの二人から取り押さえろ!」


『ちが―――――――う!』


 ちくしょう! 兵士の中にも強いトニーが紛れてやがった!


 あらぬ誤解を受けてしまい、兵士達がリィノ達の下に殺到する。

 善良な兵士達を蹴散らすわけにはいかず、二人は仕方なく一旦、大人しくお縄に付いた。


 幸い、この後、会場に到着した同盟予定の相手国の兵士達が異変に気付き、加勢してくれたため、盗賊達は慌てて撤退していった。


 調印式が無事行われた翌日、リィノ・シャラ容疑者は、王様に罪の審問を受けていた。


「ですから、誤解なんですって!」

「ならば、盗賊ギルドの残りの者達を捕らえてきたら、そう信じてやろう。幸い、あの場で姿を目撃した者が大勢おる。正確な肖像画は用意できている。まずこれが、副頭領のトニー。次にこやつらが、四幹部のトニー、トニー、トニー、トニー……」


 リィノ達の人生は詰んだ。


 数日後のこと、

「王様! 冤罪事件発生です! リィノ達が捕まえてきた男、四幹部のトニーではありません! トニーという男でした!」

「なにぃ―――っ!?」


 リィノ達の人生は詰んだ。


 いや、そんなことが何度もありながらも、長い月日をかけて二人は根性でギルドの全員を捕まえ、なんとか釈放された。

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