大魔王との決戦
本国を守る砦を落とされてしまったシルド王国。国の者達は、そうなった以上、魔物の大軍が本国に押し寄せてくるかと翌日まで恐々としていたのだが、予想に反してそうはならなかった。
それは、この男の指示があったからだった。
「出て来い勇者リィノ! 次の戦は、魔王と勇者の一騎打ちから始めようではないか!」
シルド王国は国全体が高い外壁で囲まれた造りとなっているのだが、その外壁の前に単身現れ、リィノにそう呼び掛けてきたのは、他ならぬ大魔王バラックその人であった。
勇者現る、その報告を聞いたバラックは、ならば先に除かねばこちらの被害が増えるだけだと、軍を一度待機させ自ら乗り出し、一騎打ちを持ち掛けたのだ。
「とうとうこの時が来たか親父。よし……」
国中に轟いたその声を聞いたリィノは、王城の客間の窓から父親の姿――皺が目立ち年輪を感じさせるものの、凛々しい口髭、精悍な顔立ちがなお威厳を放つ姿――を確認すると、決意を固め神剣を取り、部屋を後にした。シャラもそれに続く。
「うおおお! 許さんぞ大魔王! リーンを返せぇぇぇ!」
しかし、部屋を出たその瞬間、ロイ王子が鬼気迫る様子で、二人の眼前を駆け抜けていった。
「お、おい! ちょっと待ってください王子!」
それを見た二人は慌てて後を追ったのだが、出遅れた差を縮められず、彼はそのまま門を抜け、外壁の外のバラックの下へと突撃していってしまう。
「うおおお! 食らえ!」
そして、王子は勢いそのままに剣を抜き、バラックの腹部へ刺突を繰り出した。
その剣身が、バラックの腹部を貫く。
もしかしてやったのか!?
リィノ達がそう思った、しかしその次の瞬間、バラックの体に接する剣身が、ゆらぎ、波打ち、薄ぼやけ始めた。まるでその存在そのものが、あやふやになってしまったかのように。
「うわっ!」
その揺らぎは徐々に柄の側へと侵食を始め、驚いたロイは慌てて剣を手から放して飛び退いた。
と、その剣はバラックの下半身をすり抜け、そのままストンと地へと落ちる。
「なぜ剣が体に刺さらない!? 幽霊なのか!?」
それを見て驚愕するロイに向かい、バラックは右の掌をかざす。
次の瞬間、掌から、多彩な色を持つ、しかしゆらめき薄ぼやけた波動のようなものが放たれ、ロイの胸に迫っていった。
「うわああああ!」
その波動がロイに触れるや、彼の体もまた、剣と同じように揺らぎ、薄ぼやけた状態へと変化してしまった。恐怖に染まる悲鳴だけが、その場に真に残った。
「ああっ! 王子!」
そこで遅れて王子の下へと懸け付けたリィノとシャラだったが、存在自体が揺らいでいるような様で立ち尽くす王子を、どうすれば救助できるのか、にわかには術が見付からなかった。
「くそっ! なんだこの攻撃は! 親父、どうなっていやがるお前の体は!」
もどかしさと混乱に歯噛みしながら、リィノは神剣を向け、バラックにそう問い詰める。
「リィノ、ワシが今まで動かなかったのは、今この世界を包む混沌、その混沌を完璧に操る力を得るための鍛錬を積んでいたから。そして、これがその成果じゃ」
と、バラックはそれに答えるように、自らの体を変化させてみせた。
バラックの体が、みるみる数倍に巨大化していきながら、揺らぎ、薄ぼやけていく。
形成されたその姿は、まるで曖昧な巨人。いや、混沌の化身であった。
「混沌の化身と化した今のワシは、いわば存在自体が曖昧。どんな攻撃もワシの体を捕らえることはないぞ。さぁ勇者よ! この魔王を倒せるのか!?」
ついに、勇者と魔王の対決が始まった。しかし、相手はリィノにとって見慣れていたはずの父親の姿ではなく、世にもおぞましい化け物の姿をとっていた。
攻撃が通じないだと!? 一体どう戦えばいいんだ!?
そんな相手を前に、リィノは勝利への糸口を見出せず、思わず身体を強張らせる。
と、魔王はそんな勇者に右の掌を向け、ロイに浴びせたものと同じ、混沌の波動を繰り出した。
「くっ! は、速い!」
その攻撃を、リィノは一撃、二撃とかわしたものの、立て続けに放たれるその高速の波動を、三発目はかわし切れない。
「うわああああ!」
絶体絶命。敗北を覚悟したリィノが、絶望の悲鳴を上げる。
「っ!? シャラ!?」
しかしその次の瞬間、リィノの眼前に一つの人影が躍った。
彼の前に割って入り、盾となった者は、ここまで苦楽を共にしてきたシャラその人であった。
「バカヤロウ! シャラ! なんで俺のことなんて庇った!?」
胸に受けた混沌に、徐々に身体全体を侵食されていきながら、シャラはリィノの問いに激励で答えた。
「信じてるからよ。リィノ、あなたのことを。また助けてくれるんでしょう? 私が眠らされた時みたいに。……いい、リィノ、この程度の混沌なんかに負けちゃダメよ。混沌の力なら、あなたと神剣のペアが負けるはずがない。私はそう信じてるわ」
叱咤の声を残し、シャラの身体が混沌に包まれる。
彼女の残した言葉を噛み締め、リィノは呟いた。
「混沌の力で混沌を制す……俺にできるのか、神剣?」
戸惑うリィノに、魔王は戦いの決着を宣告する。
「別れは済んだか? ならば、貴様も混沌の渦に飲まれい!」
また波動が来る。そう思った、しかしその時――
『リィノ! 信じるのだ! 自分達を! 自分達が経てきた旅を!』
リィノの脳裏に、聞き慣れない、それでいてどこかよく馴染んだような声が響いた。
「お前は、神剣!? おお! 最後の力を貸してくれ神剣!」
声に応えると、神剣は暖かな光を放つと共に、鏡の盾のような形状へと、剣身を変化させた。そして、その鏡面に魔王が映し出されると――
「ぐっ!? ぐおおおおお!」
混沌の化身だったその身体はみるみる縮み、ぼやけた体表も鮮明に。ただの、生身のバラックの姿へと戻されてしまった。
「これは、真実の鏡の効果!? いや、それ以上だ!」
これで攻撃が通るようになった! と、見えた光明に拳を握るリィノの脳裏に――
『リィノさん、頑張って! 今こそ恩を返します!』
『負けないでリィノさん!』
「おおっ! その声は、魔王から助けた姫様と護衛君!」
出会った人達の声援が響く。
『旅で出会った人々がお前に送る祈りの力が、私に届いているのだ!』
「そうなのか神剣! ありがとうみんな!」
人々の応援が、神剣とリィノ達に力を与えていた。真実の鏡を超える、混沌を正す真実の力により、バラックはもう変身することができない。
「おのれ! だが、それでもこれはかわせまい!」
それに歯噛みしながらも、なお優位は譲っていないと、バラックは右手から混沌の波動を放つ。
しかし、リィノが持つその鏡の盾は、その波動をもはね返してしまう。
バラックは紙一重でその反射をかわし、あやうく自滅しかけたことに肝を冷やす。
「鏡面で魔法をはね返した! これはまるで……メタルマンのメタルボディ!」
『リィノ! また私の力を貸すぞ!』
様々な人が、リィノ達に力を与える。
それに逆上したバラックは、声を荒げて次の攻撃を繰り出す。
「おのれ! だがこの魔法ならば、はね返せまい! メテオフォール!」
元勇者バラック最大の魔法、巨大な隕石が宙からリィノに迫る。
が、リィノが盾を頭上へと振り上げ衝突させると、隕石の進撃はそこで停止した。
「巨石を受け止めた!? このパワーはまるで……ドロ、グロ、バロの三兄弟!」
『あの世からでも、また助太刀致しやすぜアニキ!』
そして、リィノは貰ったパワーでその巨石をバラックへと投げ付けたのだが、バラックもさるもの。その巨石を両手で受け止める。
しかしその瞬間、巨石が爆発を起こし、爆風がバラックの身体を吹き飛ばす。
「この爆発、ドロの自爆魔法を思い出すぜ。今度は魔王に命中させたなドロ!」
その様に、リィノは快哉の声を上げる。
魔法まで封じられたバラックだが、ふらつきながら立ち上がると、最後の執念を見せ、腰に携えていた長剣を抜く。
「おのれ、しかし、戦いの年季が違う! 剣技ならば貴様に負けはせぬぞリィノ!」
そして、バラックは突進。白兵戦を挑もうとしたのだが、しかしその時――
「なにっ!? ぐ、ぐおおおおお!?」
にわかにバラックの靴に光の羽が生え、バラックの体が風にさらわれた。
『使い方の見本を見せるとお約束しましたからね』
「この声は、ウインドブーツでぶっ飛んだオヤジ!」
右に左に吹き付ける風に翻弄され、宙を躍るバラックの体。その時だった。
『今よリィノ! 相手が自由に動けない今なら、攻撃が当たるわ!』
「シャラ―――!」
そして、最後にリィノを助けた者は、やはり彼の唯一にして最大のパートナー、シャラであった。
その瞬間、神剣が元の姿へと戻る。そしてリィノは跳躍し、三属性の魔法を一度に放つシャラ最大の魔法、その魔力が剣身一点に込められた最後の一撃を振り下ろした。
「
ハッと目覚めたバラックの眼前に映ったものは、勝ち誇ったリィノの笑顔であった。
「峰打ちならぬ、剣の腹で打ってやった。失神だけで済んだみたいだな」
全てを理解したバラックは観念し、倒れたまま力なく瞳を閉じ、言った。
「なぜ助けた? ワシがしたことは――」
「さてな。世界はずっとバグってた。覚えてる奴なんていねえよ」
「だ、だがしかし――」
「なら、どう生きて償うか考えりゃそれでいいんじゃねーの? あんただって、一度は世界を救った勇者なわけだし」
「そうか……。負けた以上は従おう。世界を包む混沌の魔法は、今解いた」
リィノはバラックに何も言わせなかった。この勇者が、この勇者を超えた瞬間であった。
解くとの言葉通り、ロイ王子とシャラが元の姿に戻る。
リィノはシャラと会心のハイタッチを交わすと、父親へと向き直り、言った。
「とりあえず今日のところは、美味いメシでも食いにいこーぜ!」
(読んでくださった方に厚く御礼申し上げます! 以降おまけが続きます。もしよかったら)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます