この勇者の本気

「シャラ、俺、また新しくたくさんの攻撃魔法を覚えたぞ! 相手の足を強烈に臭くする魔法・昇天の一足ヘブンズ・ステップと、相手の頭を薄毛にしてしまう魔法・果てしなき荒野シースルー・ヒースと、オヤジくさいダジャレばかり無性に言いたくさせ寒い奴だと思わせる魔法・迷宮入りの言霊ミスティック・ライマーと……」

「なんなのよそのオヤジ化シリーズは。だから精神的にちょっとイヤな攻撃をしてどうするのよ」

「最後に、毒入りの食べ物を相手の目の前に出現させる魔法・最後の晩餐テイスト・オブ・エデンだ!」

「……そんな露骨な食べ物に釣られる奴がいる? で、どんな食べ物?」

「野菜。ピーマン、ナス、ニンジン、シイタケなど」

「誰が食うのよ。みんなが嫌いな野菜ばかりじゃない」


 なぜか終始自慢げに話すリィノと、呆れた表情のシャラ。


 そんな会話を楽しみながら辿り着いた町の宿で一泊した翌朝、にわかに事件は起こった。

 出発時間になっても、扉越しに呼び掛けても出て来ず返事もなかったため、リィノは失敬を押してシャラの部屋へと入った。

 と、彼女はベッドで静かな寝息を立てていた。なんだ寝坊かと思ったリィノだったが、しかしどんなに呼び掛けても揺さぶっても一向に目を覚まさない。

 異常事態と認識したリィノが慌てて町の医者や神官を連れて来ると、彼らは「やはり」とため息をついて、原因を語った。


「この付近の古い館に棲み付いた、我々が睡魔と呼んでいる魔物の仕業です。睡魔は一晩につき一人、付近にいる任意の相手に二度と目覚めぬ呪いをかけることができる能力を持っています。睡魔を倒せば呪いは解け、奴自身に戦闘力は無いのですが、手を組む二体の魔物が奴を守っています。奴らは力のある人間を眠らせ、力無き者から二体で睡魔を守ることで、この地域の制圧を目論んでいます」


 その説明を聞き、強いがために卑怯な魔物共に狙われてしまったものだと、リィノはシャラのあどけない寝顔に、憐憫の目を向ける。

 思えば、数奇な旅を二人で乗り越えてきたものだ。彼女がいなければ、絶対にここまで来ることはできなかった。彼女は失うわけにはいかない、大切なパートナーだ。

 改めて彼女の姿を見詰めたリィノの胸に湧き上がってきたのは、そんな熱い情念だった。

 そして、そう思えば思うほど、追随してふつふつと沸き上がってきたものは、卑劣な魔物達に対する、途方もない怒りだった。


 その日、リィノは初めて一人で剣を取り、魔物との勝負に赴いた。

 途上、いざという時のための煙玉を購入はしていったが。


 人気の無い廃墟となった館に足を踏み入れ、奥へと続く扉をいくつか開けると、ダンスホールのような広間で、リィノの接近に気付いていた三体の魔物が、彼を待ち受けていた。

 牛の頭を持つ、無骨な斧を手に握る亜人ミノタウロスと、人間大の巨大なハリネズミ、魔導師のローブに身を包んだ人間大のバク――黒幕たる睡魔の三体だ。


「ククク、まさか一人で来るとはな。あの女魔法使い無しで、お前に何ができる」


 相手を見下し余裕の笑みを浮かべる三体に、リィノは怒りの無表情で接近しながら、無造作に相手の足元に煙玉を投げ付け、破裂させた。

 たちまちの内に辺りは濃い煙に包まれ、三体の魔物は視界を失った。


「なにィ!? いきなり煙幕だと!? ヤロウ、何をしやがるつもりだ!?」

「落ち着け! とにかく散れ! 相手もこっちが見えないはずだ!」


 出鼻から奇策を弄されたにもかかわらず三体は冷静で、ひとまず散開し距離を置くという安全策をとった。


「がぁっ!?」


 はずだったのだが、リィノは何の迷いもなくミノタウロスの下へと踏み込み、神剣を振るい猛牛の首をいとも簡単に斬り落としてしまった。


「おい牛! ウソだろ!?」

「バカな!? どうして位置がわかったんだ!?」


 その断末魔の声を聞きうろたえる残りの二体の内、ハリネズミの下へとリィノは、間髪入れずに踏み込んだ。

 しかし、振るわれたその袈裟斬りは、切っ先がわずかに相手の眉間を掠めるにとどまり、相手を絶命させるには至らなかった。


「うわああああ! バク! 回復してくれ!」


 二体目を仕留め損なう内に、煙が晴れてきてしまった。と、露わになったリィノの視界の先で、ハリネズミが顔から血を噴出させながら慌てて飛び退き、睡魔に救助を求めていた。


「わかった! 汝、汝の成すべきことを成し、己の隣人を愛し、虐げられし者を救いたまえ……リザレクション!」


 それに応じ、睡魔が呪文を詠唱すると、ハリネズミの体が光に包まれて、その傷がみるみる内に塞がってしまう。


「てめえ! なんでこっちの位置がわかった……はっ! 臭いか!」

「ようやく気が付いたようだな」


 傷を癒したネズミは、怒りに震えながら緒戦の苦戦の理由を探る。と、リィノは勝ち誇った視線を送りながら、それに答える。


「俺は貴様らの足の臭いを嗅いでいた。それが貴様らの敗因だ。……これが俺の大魔法、昇天の一足ヘブンズ・ステップだ!」


 リィノは魔物たちの裸足の足に強烈な臭いを付与していたのだ。

 失態に気が付いたネズミは、羞恥に血走った目を見開いて、リィノに牙を剥いた。


「おのれ! 二度と煙幕は使わせんぞ! くらえ!」


 そして、ネズミは攻勢に出、身を屈め何度も前転を繰り返すようにして回転しながら、リィノに高速の突進攻撃を仕掛けた。


「ハハハ! 高速回転する俺の針山は、あらゆる攻撃を弾き返す! 俺の勝ちだ! このまま串刺しにして――いってぇぇええええええ!」


 しかし、刺し貫かれたのは、ハリネズミの方であった。


「俺の魔法の前には、貴様の毛並みなど何の意味も成さない」


 リィノは、魔法により薄毛にした相手の頭頂部に突き刺していた神剣を引き抜きながら、あざ笑うようにそう言った。さらに続けて豪語する。


「これが俺の大魔法、果てしなき荒野シースルー・ヒースだ!」


 バカな! それを聞き、そう驚愕の表情を浮かべる睡魔に、ダメージでふらつきながら近付いたハリネズミが、必死にすがる。


「バク! 回復を!」


 しかし、ハッと我に返り呪文を詠唱しようとした睡魔の眼前に、その時、突然ナスとニンジンとシイタケが虚空から現れ、ポトリと地に落ちた。

 と、睡魔はそれらを両手に取り、ハリネズミに示してみせながら言った。



「汝、汝のナスべきことを成し、己のニンジンを愛し、シイタケられし者を救いたまえ!」




 ………………。



 ………………。




 唖然とする魔物達。



「……何を言っているんだ!?」


「わ、わからん! だが、無性にこれが言いたくて仕方がないのだ! くそっ!」


 そんな呪文では、当然魔法は発動しない。



「貴様の回復魔法は完全に封じた」



 そんな二体に、リィノはどうだと言わんばかりに、そう告げる。さらに続けて、声を張り上げた。



「……これが俺の究極魔法、迷宮入りの言霊ミスティック・ライマー最後の晩餐テイスト・オブ・エデンの連続魔法クロス・スペルだ!」



 勇者の勝利の咆哮を聞くと、そんなバカな! と愕然とした顔付きを残して、ハゲネズミは回復が間に合わず力尽きた。


「う、うそだ! どうしてこんな珍妙な魔法で勝てる!?」


 戦場では回復だけが能の睡魔は、一人残されると、ただの震えるバクでしかなかった。

 そんな相手に、リィノは突き放すように、静かな、しかし強い怒りを底に秘めた語気で告げた。


「貴様らの敗因は一つ、この勇者を、本気にさせたことだ」



 宿に戻ったリィノが見守る前で、シャラは無事に目を覚ました。

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