ヤバい砂漠

「リィノ、砂漠を行くにあたり、この砂漠に出現する特筆すべきモンスターの情報は頭に入ってるわね?」

「ああ。暗闇を作り出し闇の中で獲物を狙う『ダークネスハンター』の異名を持つ『デザートイーグル』って魔物のことだろ」

「よし」


 グラスエッジ王国を後にしたリィノ達は、砂漠越えに挑んでいた。大魔王の下に行くためには、その広大な砂漠地帯を抜けなければならなかった。


 砂、砂、砂。


 一面何もない砂。


 歩いても歩いても地平線の彼方まで広がる、何の変化も彩りもないまっさらな景色は、行く者の心を折る。おまけに、猛烈な炎天である。それは、そこに在る者の精神までをも枯渇させるようだった。


「人生とは砂漠を行くがごとし」


 困憊のあまり半ば自棄になったリィノが、せめてもの慰みにと浮かんだ詩を口で綴る。


「たまに変化が訪れたかと思えば、それは急な傾斜で体力を奪われる砂丘だ。生ある者に恵みを与えるはずの陽光ですら、ここでは、俺には、冷酷だ」


「なに突然ペシミズムポエム病を発症してるのよ。さ、愚痴言ってないで歩くわよ」

「あい……」


 シャラがそう言って、折れ曲がった背中をさすりながら励ましてくれたので、疲弊しきっていたリィノの体が少しは回復する。

 そして、苦労しながら砂漠を歩いて数時間。ついに景色に砂丘とは違う変化が訪れた。


 リィノ達が視界の奥に捉えたのは、砂漠の砂に顔を突っ込んだまま、両手両足を使った四速歩行の格好で、こちらに猛進してくる男。


 そのあまりの得体の知れなさに、リィノ達も思わず一度は背を向けて逃げ出したのだが、しかし、せっかく砂漠のど真ん中で数時間ぶりに出会った人間だ、コンタクトを取れば何か得るものがあるかもしれないなと思い直し、恐る恐る声を掛けてみることにした。


「あ、あのー、何してるんすか?」


 すると男は、顔を埋めたまま、答えた。


「この砂漠のどっかにアメ玉埋まってるんだってよ!」


 リィノ達は全力で背を向けて逃げ出した。


「こうやって見付けないといけないルールなんだってよ!」


 男はそんなリィノ達の背にさらに奇天烈な言葉を投げ掛けてくる。なんだそれは。運動会のやつ的なやつか? そんな探し方じゃ絶対見つからないよ、この広大な砂漠で……。


「そのアメを口にしたものは、パワーアップすることができるんだってよ! わが国には、神々がこの砂漠に、口にすると神に等しい力を得ることができる奇跡のアメを隠した、という伝説がある!」


 知らん! 無理だ!


 何言ってるか一つもわからん、としか思わなかったリィノ達であった。

 数奇な出会いに調子を狂わせっぱなしのリィノ達だったが、なんとか気を取り直し、また砂漠を往き続けていた。


「ん?」

「ん?」


 しかし、その道のりの途中で、また何かを発見したらしいシャラが怪訝な顔を浮かべる。ので、リィノ達も振り返ってその方向を見やる。


 と、白い布を巻いて目を覆い、手羽で木の棒を持ち、頭の上にスイカを載せた巨大な鳥が、フラフラとした足取りでこちらに向かってくるという怪景を目にする事態に陥り、リィノ達は思わず絶句して固まった。


「あ~、朝まだカヨ? つかスイカどこヨ?」


 鳥さんは、どこまでもボケ倒していた。


「悪いけど、トリ目だから辺りが見えてないわけじゃないわよ」


「えっ、なにヨそれ?」


 シャラがツッコミを入れるが、鳥さんは何もかもわかっていない様子だった。どうしたんだ、なんなんだこいつ? とリィノ達は思うばかり。


「スイカは今朝もう食っただろ」

「マジかヨ? もう三歩歩いてたんカヨ」


 それらを耳目に収めたリィノが、どこまで行ってしまうのだろうかと面白がってそうぶっ込んでみると、鳥さんはさらにボケで返してきた。底無しだなこいつ、と思うリィノ。


「どうしたんだお前? なにをしてそうなった?」

「あん? だからトリ頭だから何にも覚えてねえのヨ~」


 何があったらそんなことになるんだよ。と失笑を漏らしそうになったリィノだったが、しかしそこでふいにある確信に至り、笑えねえよと怒りの声を張り上げた。


「『デザートイーグル』ってこいつのことかよ! デザートってそっちの方なのかよ砂漠のことじゃねえのかよ! 闇を作り闇の中獲物を狙う『ダークネスハンター』って言い回し! こんなゲームのことだったのかよ! だからどんな意味で特筆すべきモンスターなんだよ!」


 やっぱり例のパターンだった。


「……あれ? でも、この臭い……つーか、お前ら人間だよナ?」


ドキッとするリィノ達。


「人間は敵だ。ゼッテー生きて帰せねー」


 ここまで完全なアホウドリだった鳥さんだが、しかしそこで意外にも鋭い嗅覚を見せ、リィノ達を敵だと認識すると、それまでの抜けた雰囲気を一変させ、敵意をむき出しにして、両手羽で持った棒を振り回して攻撃してきた。

しかし、所詮はブラインドファイト。たちまち神剣で串刺しにされて倒され、この砂漠の熱射と灼けた砂で焼き鳥にされて料理されてしまう。


 ものだろうと思っていたのだが、いやはやどうしてなかなかに強く、リィノ達の攻撃は、自分達の二倍程の体躯を誇る相手に全くダメージを与えられず、さらにリィノが相手の横振りの棒攻撃を受けてかっ飛ばされてしまう。


 そして、宙を舞ったリィノはそのまま勢いよく顔面から砂に落下。

 と、そこでリィノの顔の皮膚に何かが触れた。



「アメ玉あったあああああああああ!」


「ええええええええええええええ!?」



 まさかまさかの発見を成したリィノがアメ玉をくわえて砂から顔を上げると、怪鳥と対峙中であったのにも関わらずシャラはそれに驚愕の声を上げる。


「ずおおおおおおおおっ!」


 そして、そのアメ玉を口にした途端、リィノの体はぐんぐんと巨大化していき、自分の体を襲った驚愕の変化に、リィノは思わず奇妙な叫びを上げてしまう。


「ええええええええええ!?」


 その姿を見ると、仲間の驚きはさらに大きくなる。

 そして、普段の二倍ほどの体躯となり、体中に力が満ちるのを感じたリィノは、「よし、任せろ!」とシャラに声を掛けて、怪鳥の元へと踏み込んだ。

 と、怪鳥は両手羽に持った棒を大上段から振り下ろしてリィノを迎撃してきたが、リィノはその棒を簡単に片手で掴んで受け止めると、がら空きになった胴に思い切り前蹴りを放ち、その体を蹴り飛ばす。

 その衝撃で、怪鳥は持っていた棒を思わず手放して吹っ飛び、怪鳥の頭からスイカが転がり落ちる。

 と、リィノは手元に残った棒を振り上げて、足元に残ったスイカをフルスイングで打ち弾いた。


「バンカーショット!」


 金剛力を加えられて発射された弾丸は、尻もちをついていた怪鳥の顔面を凄まじい速度で撃ち抜いた。


「いーぐる――――っ!」


 独特な断末魔を残して怪鳥は倒れ、勝負は着いた。

 不思議な魔法の力で一時的に巨大化をしていたリィノの体は、その後すぐに元に戻ったが、リィノのことを色物扱いをして見るシャラの目は、それからしばらく戻らなかった。

 リィノ達は、そうして砂漠を越えた。

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