リィノをよそに、闘え! メタルマン!

 イビルアイを倒した後、リィノ達は虎の頭を持つ亜人、ワータイガーと行動を共にしていた。

 彼は名をグエンといい、魔物なのだが優しい心を持ち昔から人間を襲うどころか、むしろ魔物に襲われる人間を助けてきた。そして、今はそうして助けた子供達を預けた孤児院に運営資金を寄付する活動をしている。

 そんな彼に依頼され、リィノとシャラは、彼の鉱石採取の旅の護衛を務めていた。


「リッチーだと!? くっ、気を付けろ! 強力な魔法を使うぞ!」


 その帰路の森の中で、三人はゾンビ魔導師とでもいうべき魔物と出くわしてしまった。手強いぞとグエンが叫ぶ。彼は魔族の間で有名な拳法一家で育っている。魔物が拳法など意外だが、ともかくそんな彼が言うのだ。よほど手強い敵なのだろうとリィノ達は思った。


「ならば、この勇者リィノの新魔法で対処してくれよう! チェンジエネミー!」


 チェンジエネミーとは、対象の魔物をランダムで別の魔物に変えてしまう魔法である。弱い魔物にも強いものにもなりうるのだが、大概リッチーよりは厄介じゃないだろうとリィノは考えた。

 神剣から放たれた光が相手に迫る。

 しかし、さすがにリッチーは高位の魔導師。冷静に自身の前に素早く光のバリアを張ると、簡単にその光をはね返してしまった。


 と、その光はリィノの隣にいたグエンに命中。彼の体はまばゆい光に包まれた。そう、グエンもまた魔物。


『あっ……』


 それを見たリィノ達は、思わず間の抜けた声を上げ、やっちまったか!? という緊張感に包まれて硬直した。


 光が消え姿を現したのは、全身が銀色に輝くツルツルの体を持つ、人型の物体。

 メタルマンであった。

 メタルマンとは、硬い堅い謎の物質でできた体を持ち、そのメタルボディは魔法をもはね返す。ダメージを与えるのが非常に困難で、もし倒せたらばその時、確実に戦士として次のレベルに行けるだろうとされている、ユニークな魔物である。


「うわああ、やばい! イロモノに変えちまったー!」と焦燥するリィノ達を尻目に、グエンはこれ幸いとばかりにメタルボディを駆り、リッチーに迫る。

 メタルマンに魔法は禁忌。はね返されて自滅の憂き目に遭う。リッチーはなす術なく、グエンのメタルパンチで葬られてしまった。


「気にするな。強い体をありがとう。さあ、帰ろう」


 怒られるかなと恐々としていたリィノ達だったが、敵を倒すと、グエンは自身の変化をなんら気にするそぶりを見せずに、リィノ達にそう言った。


 実に優しくて男前な新ヒーローの誕生だ!


 リィノ達はそう感動しながら、彼の背を追った。



『グエンさ~ん!』


 依頼通り無事に? グエンを孤児院まで送り届けたリィノ達。と、グエンは子供達の熱烈な歓迎を受けた。やはり人気者のようだった。

 しかし、メタル化していることへのツッコミはないのだろうか。どうも、明らかに変な所が生じてても、イベント中は本来の話の筋を曲げないというのが、このバグった世界の特徴みたいだな、とリィノは考えていた。


「遅かったな、グエン」


 しかし、温かな空気は、そこで近くの大木の陰から虎の頭を持つ亜人が姿を現したことで一転、凍り付いた。


「ガラン兄さん……」


 現れた魔物は、グエンの兄、ガランであった。


「人間に味方するとは許せん。仕置きが必要だな。貴様を殺し、そのガキ共も後から送ってやろう。あの世で悔い改めるがよい、弟よ」


 ガランは並ならぬ殺気を放ちながら近付いてくる。


「リィノ、シャラ、下がっていてくれ。同じ流派を学んだ私でないと、ガランの拳技には対抗できない」


 拳法一家の兄ならば手強いだろう。リィノ達はその言葉を容れ、二人の一騎打ちを見守ることに決めた。


「今の俺ならば上級魔法も扱える。だが、兄弟のよしみだ。共に学んだ拳技だけで勝負してやろうじゃないか、弟よ!」


 不敵な、余裕の笑みを浮かべながら、ガランは間合いを詰めてくる。兄弟の一騎打ちが始まった。

 先に仕掛けたグエンの左右の拳をあざ笑うように簡単にかわすと、ガランは反撃の左の手刀による突きを、グエンの右胸に放った。


 がしかし、メタルマンのボディに対して、そんな指突を入れるのは無謀。

 突き入れたガランの左手指の方が、逆にボッキボキに折れへし曲がってしまった。


「くっ!? これほどまでに鋭い突きが!?」

「ふっ、貴様がガキと戯れている間も、俺は鍛錬を続けていたのだ!」


 だが苦しげに右胸を押さえながら後ずさるグエンと、余裕の笑みで優位を語るガラン。


 いや、指プラプラになりながらそんなこと語られても。痛くなかったのかな、よく無反応で笑っていられるな、よく指折れてもイベントの筋は折らずにいられるな、と思うリィノをよそに、戦いは続く。


「終わりだグエン!」


 そして勝負を決めるべく踏み込んだガランは、グエンの迎撃の右拳をかわしながら、グエンの眉間に右の拳を叩き付ける。


 その瞬間、派手な音を立てて、ガランの右の拳が砕け散った。


「ふっ、手応えがないな。安心しろ。すぐにガキ共もそっちに送ってやる」


 と、その一拍後、ガランは勝ち誇った様子で、子供達の方へと歩を進め始めた。

 手応えがないって本当か? ありすぎて拳砕けたやろ、と思うリィノをよそに歩むガランだったが、しかし二、三歩のところでハッと振り返り、驚愕の顔を浮かべた。


「バカな!? あれを受けてなぜ立ち上がれる!?」


 立ち上がるもなにも、メタルマンはビクともしておらず、ただそこに佇んでいただけなのだが、まぁ本来の筋ではそうだったんだろうとリィノは思った。


「おのれ……食らえ!」


 と、焦ったようにガランはもう一度グエンの下へと踏み込み、追撃の左回し蹴りをグエンの側頭部に叩き込む。


 その瞬間、ガランの左スネはポッキリと二つに折れてしまった。枝折れしてしまった足先がブランブランと振り子のように揺れる。


 そうなっては立っていられず、バランスを崩して尻餅をつきながら、また驚愕の叫びを上げるガラン。


「なぜこれを受けて立っていられる!?」


 立っていられなくなったのはあんたの方だけどな、と思うリィノをよそに、倒れぬグエンが反撃開始と、そんなガランに、じりじりと詰め寄る。


「ヒッ!? ヘ、ヘルファイアマター!」


 そんなグエンの並々ならぬ気迫に、不屈の意志に気圧されて、ガランは思わず自ら禁じたはずの魔法に頼る。


 彼の掌から放たれた高温の熱線は、グエンのメタルボディにはね返され、ガラン自身の体を焼き払った。


「な、なぜこれを食らっても倒れない!?」


 黒焦げになりながら驚愕の声を上げるガラン。


 いや、あんたの方がよく倒れないでいられるな、と思うリィノをよそに、戸惑うガランの問いに、グエンが力強く答える。


「ここにいる子供達の未来は、私が! 私が守る! だから、私は倒れない!」


 いや、メタル化したからにしか思えないのだが、と思うリィノをよそに、鬼気迫る様子で裂帛の闘志を放ち詰め寄るグエンに、今まで感じたことのない種の恐怖を覚えるガラン。


「ヒィ――――ッ!」


 ついには、悲鳴を上げながらバタバタと慌しく身を翻し、ガランは逃げ去っていった。


 それを確認すると、グエンは力尽きたようにバッタリと仰向けに倒れた。全くのノーダメージだろと思うリィノをよそに。


「グエンさん!」

「グエンさ~ん!」


 と、戦いを見守っていた子供達が、涙を溢れさせてそんなグエンの下に駆け寄った。集まった子供達に、グエンはかすれた声で言った。


「カッコよく勝つところを見せられなくてすまない」


 勝っていたようにしか見えないのだが、と思うリィノをよそに、それを聞くと、号泣しながら子供達は一斉に首を横に振る。


「拳技の勝負って誓ったのに魔法を使った! あいつの反則負けだ!」

「グエンさんの勝ちだよ! カッコよかったよ!」

「カッコよかったよグエンさん! いや、お父さん!」

「お父さん!」

『お父さん!』


 息子達に讃えられて、グエンはフッと嬉しそうに微笑みながら目を閉じ、ガクッと体の力を抜いた。


『お父さ~ん!』


 メタルボディになっていたせいで、またイベントがムチャクチャにバグってしまったな、と心にモヤがかかるリィノ達の耳には、子供達の悲痛な叫びが虚しく響いていた。


 その後、しばらくするとメタルマンは思い出したように通常営業を再開。子供達と末永く平和に暮らしたという。

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