恐怖のデメリット・ぶっ飛んだヤツ


「狂戦士リングね」

「狂戦士リングだな」


 蜂の魔王を倒した後、リィノとシャラは眠り姫のいる村に戻り、村の露天商から買い物をしていた。

 買ったのは、狂戦士リング。身に付けると、魔物が視界に映っている間、戦闘能力が爆発的に向上するかわりに、戦闘狂となり視界の魔物が全滅するまで止まらない、というもの。

 敵が大軍じゃない限り、状況を選べば使える、と判断してだった。


「ん? この羽の生えた靴はなに?」


 続いて、シャラが端に置かれた商品に興味を示した。


「ああ、これですか。風に乗って空を飛ぶことができるウインドブーツですよ」

「マジすか? めっちゃ便利そう。買おうかな」

「いえ、飛ぶ方向がいちいち風に左右されるので難しいんですよ。どれ、一つ見本を見せて差し上げましょう」


 店主のオヤジがそう言ってブーツを履いて立った瞬間、にわかに強風が吹き、オヤジの体は一瞬にしてかっ攫われ、大空の彼方に消え去った。オヤジは星となった。


「シャラ、俺、蜂魔王を倒してレベルが上がり、新しい魔法を覚えたぞ。少し時を戻し、勝利した戦闘を無かったことにできる魔法だ。ただし、生涯で三回しか使えない」


 今見たものから話を逸らすように、そこでリィノはシャラにそう告げる。


「オヤジは戻る?」

「オヤジは戦闘してないから戻らないなぁ」

「じゃあ使い道ないじゃない。勝った戦闘をなんでなかったことにしなくちゃいけないのよ」



 その後、リィノ達は魔導師の塔と呼ばれる、魔王が棲むという塔を登っていた。

宿の裏の姫様達の所へ行ったところ、護衛君より、水晶の封印が解けるや別の魔王に攫われ、ここに連れ去られたと聞かされたからだ。今回は護衛君と共に来ていた。

 そして魔王がいると思われる塔の頂上へと続く階段の前で、リィノ達は最終準備を整えていた。


「シャラ、リングの準備はいいな」

「ええ。任せて」


 リングはパーティ最強のシャラに託されていた。シャラが、魔法で作り出した氷の魔剣を片手に、狂戦士リングを指にはめるのを確認すると、リィノ達は頂上への階段を上った。



「さあ、同時に襲ってくる三体の魔物の内、どれが魔法に掛かった姫様だかわかるかな!?」


 しかし、頂上で、青空の下でリィノ達を待ち受けていたのは、最悪の状況だった。

 虎、熊、狼……尖兵を務める獣に似た三体の魔物の中に、魔法で魔物に変えられ正気を失った姫様が混じっていると、魔王が愉しげに告げてきたのだ。


 おのれ魔王、護衛君の愛を試すような仕打ち。こうなれば護衛君、愛の力で姫様を見抜き――

 そこでリィノがそう考えたしかしその瞬間、シャラがリィノの脇をすり抜けていった。


「ぎゃはははははははははははは!」

「ぎゃあああああああああああ!」


 突撃したシャラは氷の魔剣で、三体の魔物全員を瞬く間に八つ裂きにしてしまった。狂喜の笑いを上げながら滅多切りにしてしまった。

一拍後、バラバラになった狼の体から、姫様のものと思われる女性の断末魔の叫びが響いてきた。



「狂戦士リング―――――――――!!!!!」



 さらに、リングを咎めるリィノの絶叫が、虚しく辺りに響いた。


 見てはいけない光景を目にしてしまった護衛君は、泡を吹いてその場に卒倒。


 最悪だ……なんだこれ……なにが状況を選べば使えるだよ。まさか狂戦士リングにこんな落とし穴があったとは!


 リィノは数時間前の自分達の判断を激しく呪っていた。

 それらの様子を見た魔王が、そこで愉しげに声を上げた。


「ははははは! 姫君の理性と姿を元に戻す方法は、この地方に伝わる『真実の鏡』に姿を映すことのみ! 気に病むな知るはずもなかろう。なに、すぐにまた会える。あの世でな」


 魔王は手遅れと考えているからこそ皮肉で救出方法を口にしたのだが、それを聞いたリィノは、これだと力強く目を見開いた。


「図に乗ってペラペラ喋ったことを後悔しやがれ」


 なに? と訝しむ魔王の前で、虎や熊に勝利しているリィノは、勝利した戦闘の後に使える、時を戻す魔法を使った。

 一瞬意識が途絶えた後、気が付くとリィノ達は塔の前に立っていた。


「使い所があったぞ、シャラ」


 自嘲めいたリィノの言葉を聞き、シャラは狂戦士リングを道具袋の奥底へと封印した。



 その後、リィノ達は頂上で再び三匹の魔物と対峙していた。

 そして、護衛君が狼の前に進み出ると、首に提げたペンダントを見せ、口を開いた。


「覚えていますか姫! 二人で城を抜け出した時、お揃いでと買ってくださったペンダン――ぎゃああああああああ!」


 しかし、話の途中で彼は狼の痛烈な掌打で横っ面を張られ、吹っ飛んで塔の頂上から転落していった。


「思い出の品で正気に返らなかった! 護衛く―――ん!」 

「くそっ! 真実の鏡が見付からなかったばかりに!」


 悔恨の叫びを上げるシャラとリィノ。


「ははは! 近くの村の普通の民家の寝室に普通に置いてある鏡が、実は真実の鏡だからね。そうそう見付かるものじゃないよ」


それらを耳目に収めた魔王は、やはり愉しげにそう声を上げた。


「なんじゃそりゃああああああああ! わかるかぁぁぁぁああああああああ!」


 リィノの怒りの絶叫が、紺碧の空に虚しく轟いた


 しかし、口の軽い魔王で助かった。どうせ見付からんと余裕こいて鏡を放置していてくれて助かった。

 そう安堵しながら三匹の魔物をKOし、リィノは時を戻す魔法を使った。



 その後、リィノ達は頂上で再び三匹の魔物と対峙していた。

 そして、乱戦の中、機を見て真実の鏡で姫様を元に戻すと、姫様は嬉しそうに護衛君の下に駆け寄り抱き付いた後、その背に身を隠した。

 そして、残った二匹を仕留めると、リィノは「どうだ。次はお前の番だ」と、魔王に向かって神剣の切っ先を突き付けた。



「お、お父ちゃ――――――ん!」



 しかしその時、にわかにリィノの背後で、シャラの悲痛な叫びが響いた。


 なに!? と振り返ったリィノの目に、シャラが男性の亡骸にすがり付いて慟哭を上げている光景が飛び込んできた。


「え―――――――っ!?」


 唐突にお父ちゃん!? 意表を突く展開に、リィノは思わず驚愕の叫びを上げた。

どうやら、もしやと残る獣の亡骸を鏡に映してみた結果らしい。まさかだった。そんなバカな。


と、それらを耳目に収めた魔王は、やはり愉しげに声を上げた。


「ははははは! 魔物にした縁者が一人だけだと誰が言った!?」


 不覚をとったリィノは歯噛みしながら、またやり直しかよ! と、時を戻す魔法を使った。


 そして、リィノ達は、姫様もお父ちゃんも救出。万事整えて、いよいよ魔王と対峙した。

 この魔王、実は宙に浮いた丸く大きい黒の宝石のような姿をしており、イビルアイとかいう名が付いているらしいが、それはどうでもいい。


 残る相手が魔王一人となった段階で、シャラはお礼参りとばかりに、ついに狂戦士リングの封印を解いた。


「ぎゃはははははは!」


 狂喜の叫びを上げながら突進する狂戦士に、魔王は迎撃の雷撃の魔法を放つが、シャラはそれを氷の魔剣で軽々と弾き魔王に肉薄すると、その黒ずんだ無機質な体を一息に八つ裂きにした。


『やった!』


 勝利に湧くリィノ達だったが、しかし一拍後、にわかに魔王の体の欠片が独りでに動き出し、寄り集まる光景を目にして、一転唖然となる。

 さらに、次の瞬間、それらが一つとなり、魔王の体は傷一つない元の通りに再生されてしまった。


「ふん、ムダだ。この体は俺の半身に過ぎん。対岸の塔の頂上に見える、あの白い玉がもう一つの俺の体だ。それを先に破壊しない限り、この体は何度でも再生する。だがもう遅い。貴様らをこの塔から出しはしない!」


 と、魔王はそんな彼らに、体が再生した理由を不敵に明かし、己の勝利を豪語する。


それを聞いたリィノ達は、思わずまずいと息を呑んだ。時を戻す魔法はもう使い切ってしまった。これはもしや、袋小路に追い詰められたのでは……。

全身の血の気が引いていく感覚がリィノを襲う。

しかしその時だった。



突然、ウインドブーツを履いたオヤジが上空から降ってきて、向かいの塔の白い玉に直撃。玉を粉々に粉砕した。



『あっ』


 魔王とリィノ達は思わず素っ頓狂な声を揃えたが、次の瞬間、リィノははっとして、キメ顔を作り魔王にビッと人差し指を突き付けた。


「すでに手は打ってあったのさ!」


「なんだとおおおおおおおおおおおお!」


 魔王以外の全員が、内心で「え――――ウソだろ――――!」と思っていたが、口には出さず、魔王だけが驚愕の声を上げる。


 哀れ、不運な魔王はその後、狂戦士の刃で、体をバラバラに切り裂かれて敗北を喫してしまった。

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