バグったバトル、ボス戦

一応、魔王の一人を倒したリィノ達は、その後、一つの小さな村に辿り着いていた。その宿屋にて、


「シャラ、俺、魔王を倒してレベルが上がったことにより、新たな神剣を持つ勇者の固有攻撃魔法を使えるようになったぞ。それも三つも」

「あんな戦闘で? それで、どんな攻撃魔法?」


「まず一つは、大いなる足跡スラギッシュムーブメントだ」


「なによそれ。大仰な名前だけど、どんな魔法なの?」


「相手をへんぺい足にする魔法だ」


「名前負けの極地」


 へんぺい足とは、土踏まずのないペタ足のことである。運動不足のレッテルを貼られ、ダサい。


「もう一つは、悪夢の惨劇イルナイトメアカタストロフディザスタ。相手のほくろの毛を伸ばす魔法だ。最後は欺瞞の比率ストローク・オブ・フェイク。相手を短足にし、その分座高を高くする魔法だ」


「全体的にどこが攻撃魔法なのよ。なに精神的にちょっとイヤな攻撃をしてるのよ」


 誇らしげに語るリィノと、理解できないとそんな彼をジト目で見詰めるシャラなのであった。



 その翌朝のことだった。


「リィノ、ちょっと来て来て」


 シャラに呼ばれて、リィノは宿の裏手にある小さな森の中に足を踏み入れた。

 と、そこでリィノは、美しいドレスを身に纏った姫君の姿を目にした。

 しかし、その姫はなんと大きな水晶の中に閉じ込められて眠っていた。


「な、なんだこりゃあ!?」

「私も見つけた時にはびっくりしたわ。散歩してたら突然……」


 それを見たリィノ達がうろたえていると、森の奥から、長剣を携えた精悍な顔付きをした一人の青年が現れた。


「彼女はこの北にある王国の王女。しかし、国は魔王に襲われ乗っ取られ、姫も見せしめにと魔王の魔法により、決して砕けぬ水晶の中に閉じ込められてしまったのです」


 護衛らしき彼が語った話に、リィノ達は言葉を失った。


「人目に付けば騒ぎになると、とりあえずここに連れて来たのですが、これからどうすれば……その魔王を倒せば魔法は解けるのですが、しかし、勇者でもなければ……」


「なんだ、それならこの神剣の勇者様にお任せよ! 魔法も増えたし全然イケる気がする!」


 が、助ける方法を聞くと、リィノ、二つ返事で安請け合い。あんな魔法でなぜこんなに調子に乗れるのかと小首を傾げるシャラだったが、仕方なく意気揚々と出発するリィノの背を追った。



 そうして、リィノ達は王女様を助けるため、魔物に占領された国に足を踏み入れた。

 中には全く活気がなく、静まり返っていた。

 とはいえ、魔物がいるはずなので、リィノ達は慎重に周りを窺いながら、石畳が敷き詰められ、石造りの家屋が立ち並ぶ城下町の中を進んでいった。

 そして、町中央の広場のような場所に出た、その時だった。


「止まれ。ここは我らの国だ。入り込んだ人間には死んでもらう」


 突然、高くおぞましい声がどこか遠くから聞こえてきた、と思ったその次の瞬間、リィノ達の前に目にも止まらぬ動きで一人の男、いや魔物が現れた。

 一見すると姿形は人間に近いが、しかしその真っ青な髪と瞳、そして異常に鋭く尖った耳や爪は、紛れもなく魔物のそれであった。


 リィノ達は慌てて身構えようとしたが、しかしその隙さえも与えられず、気が付くとリィノは額に拳を受け、弾き飛ばされていた。


「――っ!」


 その速さに舌を巻くような様子を見せながらも、シャラは素早く臨戦態勢を取ると、魔物へ魔法の光弾を放つ。が、魔物は飛び退り、軽々とその光弾をかわしてしまう。


 なんというスピードだ、なんとかあの速さを封じないとまずい。

 吹っ飛ばされ、仰向けに倒れながらも、リィノはそう考え、策を練っていた。

 と、その時、リィノは倒れた自分の頭上にある建物が酒場であり、その前に空きビンがたくさん入ったカゴが置かれていることに、ふと気が付いた。

 その途端に彼は閃き、そして起き上がるやシャラを下がらせ、それらの空きビンを次々と相手の周囲に放り投げた。

 ビンは地面に落ちると砕け、魔物の周囲はガラスの海へと化した。

 それを確認するとリィノは、その様子を余裕綽々といった表情で、ただ好奇心を惹かれたように遮らず見送っていた魔物に向かって、豪語した。


「これでもう自慢の足は使えまい」


 と、魔物は弾けたように高笑いを上げた。


「は――っはっはっはっ! はははは! 可笑しくてたまらん! この俺が、この程度のガラスの破片を恐れるものか!」


 それにはシャラまでもが、隣のリィノに呆れたような視線を送る。が、それでもリィノは不敵にニヤリと笑いながら、魔物に告げた。


「そうかな? 自分の足の先にまで神経を配ってから言ってみやがれ」


 と、魔物は眉をしかめ、なに? と呟きながら足元へと視線を落とした。

 その瞬間だった。



「ば、バカな!? へんぺい足になっている!?」


 

 瞳孔さえ開きそうな勢いで目を見開きながら、天地に轟かせんばかりの声で、奴は驚愕の叫びを上げた。

 そんな奴に、リィノは嘲笑を禁じえずに問うた。


「その足で鋭い破片の上を歩く度胸が、お前にあるかな?」


 それを聞くと、魔物は情けなく口元を歪め、目尻を垂らしながらうわ言のように声を漏らした。


「ばかな……そんなばかな……この俺が、敗れるだと」


 魔物が白旗を掲げた瞬間だった。

 その無様を耳目に収めたリィノは、余ったビンを右手に携え、歩を進めながら言い放った。


「これが俺の大魔法、大いなる足跡スラギッシュ・ムーブメントだ!」


 決まったぜ! という快感のままに叫び終えると、リィノは渾身の力を込めてビンを投げ、立ち尽くしている魔物の眉間に叩き付けた。

 魔物は背後にばったりと倒れ、そのまま事切れた。


「どうだシャラ、俺にホレ直しただろ」


 勝利を収めたリィノは、得意気にほくそ笑みながら振り返り、シャラに言った。

 しかし、彼女は「カッコよくねぇ~」という思いしか浮かんで来ず、白けたような無表情で棒立ちしているばかりだった。



 先に進んだリィノ達だったが、しばらく歩き見えてきた王城前の広場に、軽鎧に身を包んだ男が待ち構えていることに、はっと気が付いた。


 やはり真っ青な髪と瞳、そして異常に鋭く尖った耳。魔物だ。

 緊張と共に広場へと入ったリィノ達に、魔物は言った。


「先の戦いでは運良く勝ったようだが、そう上手くばかりいくと思うなよ。俺にあんな小細工は効かんぞ」


 そう不敵に告げる魔物に警戒して身構えていると、次の瞬間に起きた光景に、リィノは思わず己の目を疑った。

 地にも、宙にも、頭上にも。瞬く間に現れた、辺り一面を埋め尽くさんばかりの青髪の男。


「ぶ、分身!?」


 リィノは思わず驚愕の声を漏らしてしまう。

 その多方位から襲い掛かってくる分身攻撃に、リィノ達は手も足も出なかった。

 まずリィノが標的となる。リィノは徐々に包囲を狭めてくる魔物達に向かって闇雲に剣を振り回したが、やはり本体に命中することはなく、左上方からの蹴りで側頭部を蹴り飛ばされてしまう。

 さらに、リィノに一撃すると魔物とその分身達は慎重を期し一撃離脱。一度散開して距離を取る。


 それは重い一撃だったがしかし、意識を奪われるには至らずリィノはすぐに立ち上がる。が、それを見ると、魔物と分身達は再びリィノを狙って包囲を狭めてきた。


「リィノ――!」


 二撃目を浴びては危ない。それを悟っていたシャラが悲痛な叫びを上げる。彼女にも分身攻撃に対抗する手段はない。


 絶体絶命――



「なわけあるかぁぁああああ! そこだあぁぁああああ!」



 いや、シャラにはなくても、リィノにはあった。


 魔物達が包囲を狭めたその時、リィノは右上空に向かって剣を振り上げた。


 それは魔物の本体のみぞおちに突き刺さった。


「な……ぜ……」


 と、魔物は一瞬うろたえたような様子を見せた後、がくりと昏倒。ふっと力が抜け地に墜落したその体は、それきり動く気配を見せなかった。


 リィノはそれを見届けると、冥土の土産にと最後の疑問に答えてやった。


「分身後に起きる本体の変化は、分身達には反映されないようだな。ふん、気を付けるんだな。身だしなみに気を配らない人間には、勝利の女神も微笑まないもんなんだよ。……俺はお前のほくろの毛を伸ばしていた! それが貴様の敗因だ!」


 そしてリィノは、倒れている、頬のほくろから長い長い毛が伸びた魔物に向かって、どうだ! という顔で豪語した。



「これが俺の大魔法、悪夢の惨劇イルナイトメアカタストロフディザスタだ!」



 強敵を打ち破ったリィノは、得意気にシャラに向かって親指を立ててみせた。


 が、やはり、「勝ち方がピンとこねえ~」という感想しか浮かんでこない彼女は、それに無反応。無視するように身を翻し、一人で先へと歩き出した。



 残る魔物を探し、リィノ達は王城に入り、謁見の間の扉を開けた。

 そこでリィノ達は魔物の姿を捉えた。

 足元から続く赤い絨毯の先にある玉座に居座っているのは、黒い服に全身を包んだ金髪の優男。背には透明な羽根と、先端に針のある黄と黒の縞模様の尾が付いている。

 どうやら蜂の魔物らしい。近付きながらそう認識したリィノ達は、十歩ほどの距離で一度足を止め様子を見る。

 その瞬間、対峙しただけで、リィノ達は覚えた。得体の知れない恐怖を。細身な身体のどこから発せられているのかわからない凄まじい威圧感を。


「お前がここの頭、魔王だな?」


そのただならぬ殺気を前にし、リィノはそう直感していた。


「そうだよ。僕がここの王、魔王だ。さぁ、虫ケラのような人間共は僕の前に跪くがいい」


 魔王はその問いに淡々とそう答えると、虚空に、リィノ達の周囲に二十匹ほどの蜂を、ふいに出現させた。

 面食らうリィノ達に向かって、それらの蜂は次々と、尻に付いた針の先から黄金色の細い光線を放ち始めた。


『わ―――っ!』


 恐怖に晒されたリィノ達は悲鳴を上げながら、その光線を必死になってかわす。かわす。かわし続けた。

 しかし、蜂達はあちこちに飛び回り、あらゆる角度、方向から、城の床や天井を易々と貫くほどの威力の光線を放ち続けてきて、もはやリィノ達がそれを浴び、敗北するのも時間の問題……か。


「ふふ、予言するよ。君達はあと十秒で力尽きる。数えてあげよう。一、二、三……」


 と、その様子を見た魔王が、文字通りリィノ達の死期を計り始める。


「もう、こんなに乱射してるのに、どうしてあいつには当たらないのよ!?」


 その時、悔しさを露わにシャラがそう叫んだ。

 確かに、わずかに外れる時はあっても、ただ座したままの魔王に光線が当たることはなかった。

 と、魔王は冥土の土産にとばかりに、愉しげにそれに答えた。


「ははは、僕に当たらないように発射角を完璧に計算しているからね。七、八、九……」


 そして、死の宣告の時が訪れる。


「じゅ――」



 しかしその瞬間、魔王の額を黄金色の光線が貫いた。



 それと同時に、リィノ達の周囲にいた蜂達が、ふっと姿を消す。


「……バ、バカな。僕の魔法は完璧なはず。なぜ……」


 虫の息になりながら混乱する魔王に、リィノは薄ら笑いを見せながら答えた。



「俺がお前の座高の高さを変えた。九秒の時点でな」



「なっ!?」



「それが俺の究極魔法、欺瞞の比率ストローク・オブ・フェイクだ!」



 そして、キメ顔で冥土の土産をくれてやると、魔王は驚天動地の顔付きを残したまま、事切れた。


 事を終え、誇らしげに振り返ったリィノの前にあったのは、やはり冷え切ったような能面を浮かべているシャラの姿であった。


 まさか本当にこんな魔法で勝ってしまうとは……。

 もしや神剣を持つ勇者って、ある意味すごい?


 思わずそう思ってしまった彼女だったが、しかしやはり、それでも「魔法の性能はしょぼい」という印象しか浮かんで来ない。

 褒める気には全然なれねぇ……、とシャラの心中は複雑だった。

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