バグったボス戦イベント

「アニキ! 恩を返しに来ましたぜ!」

「ドロ、グロ、バロの三兄弟、助太刀致しやす!」


 突然姿を現したのは、あのミノ泥棒の三兄弟。そして三人は気勢を上げながら駆け付けてくると、リィノ達を守るように魔王の前に立ちはだかった。


「おおっ!? お、お前ら!?」


 予想外の助っ人に戸惑い、立ち尽くすばかりのリィノ達を尻目に、三人は魔王に対して臨戦態勢を取る。

 が、その次の瞬間だった。魔王は数が増えた相手に焦れたかのように、にわかに魔法で虚空に弓矢を生み出し、その弦を引き絞り、まさに強弓といえる疾風のような矢を放った。


「うわぁぁあああ!」


 それは不意打ちだった。虚を突かれた三男のバロが、思わず恐怖に悲鳴を上げる。


「危ないバロ!」


 と、身が竦み動けないバロを庇うべく、長男のドロがとっさに動き出した。

 が、その瞬間、ドロはローションで滑ってその場に転倒。飛来した矢はものの見事にバロに命中した。

 しかし、ドロは何事もなかったかのように素早く立ち上がり、両手を広げてバロの前に立ちはだかる――と、ふいに呻き声を上げてその場にうずくまった。


「兄ちゃん!」

「兄ちゃん!」


 と、それを見たグロと、額に思いっ切り矢が刺さっているバロが、血相を変えて長兄の身を案じ始める。



 でも長男が庇ったことになってる――――――!

 いや、モロに矢突き刺さってまんがなあんた三男!

 イベントバグっとる――――――! 



 心の中で叫ぶリィノだったが、流れを遮ることを憚り、口には出さなかった。


 さらに、変事はそれだけに止まらなかった。続けて、長男のドロが、苦しそうに口を開く。


「俺はもうダメだ。グロ、バロ、アニキのことを頼む!」

『兄ちゃん!』


 ピンピンのはずなのになぜだか悲壮な語気でそう言い残すと、ドロは呪文を唱えながら魔王の元に駆け出していった。


「うおおおお! くらえ魔王!」


 咆哮一閃、ドロは魔王に決死の、捨て身の一撃を食らわせ――ようとしたところで、足を滑らせて転倒。次の瞬間、激しい閃光を放ち、その身を爆発させた。



『兄ちゃ―――――――ん!』



 ドロ、自爆。



 弟たちの悲痛な叫びが、辺りに虚しく響き渡る。

 最後の自爆魔法は、手前で足を滑らせて、魔王に命中することはなかった……。



「ぐ……ぐ……ぐ……おのれ、だが、ただではやられはせんぞ」



 はずだったのだが、魔王は唐突によろめきながら苦悶の声を上げ始めた。



「魔王空気読んだ!?」



 思わず驚愕の声を上げるリィノ。

 そしてリィノが唖然とする中、魔王は最後の意地を見せるように、天井に向かって赤い光を放つと、力尽きたようにばったりと仰向けに倒れた。

 と、次の瞬間、辺りが地鳴りのような音を立てて震え始め、天井から次々と岩石が降り注いできた。

 どうやら、洞窟の崩落が始まったらしい。


「まずい、早く逃げるぞ!」


 それに気付いたリィノ達は、慌てて出口に向かって横っ飛び、ローションの床を滑って一気に、瞬く間にその広間を脱出した。魔法の力か、ローション、めっちゃ速く滑れる。


 が、その次の瞬間、背後に大きな衝撃音のようなものが響いた。はっとして振り返ったリィノは、そこで目にした光景に背筋を凍らせた。今の今までいた広間の天井が崩落し、巨大な岩盤が、そこに残されたグロとバロの頭上を襲ったのだ。


「あぶない!」


 リィノはとっさに彼らの身を案じて叫びを上げるが、しかし、二人は金剛力を見せその岩盤を両手で受け止めると、さっきまでリィノ達がいた辺りに向かって、口を開いた。


「さぁ、僕達が支えている間に、早く行って!」

「アニキには生きて、他の魔王共も倒してもらわないとなぁ!」


 そのほうこうには、だれもいない。



「見てろよドロ兄ちゃん! これがドロ、グロ、バロ三兄弟の晴れぶ――」



 言いかけたところで、二人は岩盤に押し潰されてしまった。


 その切なすぎる顛末を耳目に収めたリィノは、激しい自責の念に駆られて腹の底から後悔の叫びを上げた。


「ああ! 俺がローションなんかを使ったせいで一連のイベントが全ておかしなことに! 結構良いイベントっぽかったのにこれ! しかも、最後ローションで足元踏ん張りが利かなくて、セリフの途中で滑って潰れてたし!」


 魔王の討伐は、成った。

 しかし、かえすがえすも大失敗。そんな一日だった。



(お読み頂きありがとうございました。続きます)

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