第三章『取り返しのつかない過去』 その2

「月曜日のとうちゃんです!」

 玄関の戸を開くと同時の宣言にも、なかなか慣れてきていた。

「ああ、おはよう。今日は一段とかわいいな」

「はわわっ!?」

 週末をまたいで再び僕の家へ訪れた灯火。やけに懐かしい気分がして、とつにからかってしまう。月曜日のはわわ……。

 意外にたわわとした胸を張る灯火は、まくてるみたいにわたわた手を振って言った。

「な、なっ、なんですか急にデレ期ですかギャップえですかさいな褒め言葉でオトナの余裕を演出ですかっ!? さ、さては週末、わたしに会えなくて寂しかったとか──」

 焦る灯火。要するにこいつは、アピールする割にいざ褒められると弱いわけだ。

 思わず目を細めつつも、気を取り直して告げた。

「いや、別に寂しくはなかった」

「くぅんっ!」

 捨てられたいぬみたいに灯火は鳴く。と、それからこくり、首をかしげて。

「……でも、なぜでしょう? そんなおりくんせんぱいの塩対応に、どこか安心しちゃうわたしがいる……? なんでしょう、だんだん楽しくなってきた気が……」

 やめろ。飼い慣らされるな。本当にちょっとうれしそうな顔をするんじゃない。

 少し疑っていたのだが、実は灯火、ちょっとマゾい性癖が……いや、考えずにおこう。

「いや、その髪飾り。先週はつけてなかっただろ」

 話の軌道を戻すべくして言う。今朝の灯火は前髪を飾りでめていた。

「あ、お気づきですかっ! えっへへ、そういのはポイント高いですよー。そこまで髪は長くないので、あんまり遊べないんですけどね。たまにはこういうのもいいかなーって、お姉ちゃんの借りてきちゃいましたっ! どうですか、似合ってますかー? えへへ」

 見せびらかすように、和風の髪飾りをアピールしてくる灯火。

 そういえば、りゆうもよくつけていたような……気がするが正直覚えていない。

「似合ってるとは思うぞ」

「……ふへへー。それならよかったです。せっかくのお下がりですから」

 へにゃりと灯火は相好を崩した。こういう場合は、照れより嬉しさが勝るようだ。

「じゃ、行くか」

 と僕は言う。灯火もうなずき、

「はい! ……でも、やっぱり初日以外、家の中までは入れてくれませんか……」

「あれは例外だ。俺が支度してる間、後輩を外で待たせとくわけにもいかなかっただろ」

「……、」

「ウチは学校から近いから、早起きする必要ないのがいいとこなんだけどな。お前が来るから、先週から早起きしなくちゃいけなくなった……ん、だが……」

 ……なんだろう。とうがこちらを見上げたまま、何も言わない。

 ちょっと言いすぎただろうか。別に責める気はないのだが、なんか不安になってきた。

「いや。まあ別に僕がそうしてるだけだから、いいんだけど……」

 思わずフォローに入る僕。そこで灯火も顔を上げて、

「あ、いえ。……やっぱりせんぱいは、せんぱいのままなんだなって思っただけです」

「なんだそれ? 僕が灯火の後輩になったり、同級生になったりはしないだろ、そりゃあ」

「……それはわかりませんけどね。まあそういう話ではなく、ほら。なんだかんだ言ってせんぱいは、いきなり来ても家に上げてくれますし」

「上げなかったらうるさそうだからだろ……」

「それに、わたしを待たせないよう早起きしてくれてるんですよね? ふへへ、おりくんせんぱいのそういうところ、小さい頃から好きでしたよ、わたし」

「…………」

「おや? ついに伊織くんせんぱいを照れさせることに成功でしょうか? ふっふーん、わたしだって、そうそう反撃されてばかりではないということですっ! どやあ……」

 僕はものすごく微妙な気分になった。

 違うんだ。先週はともかく、今週は普通に朝食の当番なだけなんだよ、灯火……。僕の両親は共働きだから、中学の頃から朝食は当番をローテーションしているんだ。

 だから灯火が来なくても、どうせ僕は早起きだったんだ……。なんか、ごめんな……?

「行こうか、灯火。あ、そうだ、たまには荷物でも持ってやろうか?」

「なんで急に優しくなったんですか!? 逆にこわっ!?」

「…………」

 灯火がド失礼だったため、僕の罪悪感は消えてなくなった。こっちこそ逆にありがとな。

 さっさと学校に向かうことにした。

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