第8話 苦しかった過去
曖昧な答えだったか。
気持ちの整理がついていないまま感情のままに「付き合って」と言ってしまった。
同情ではない事は誓える。
決して永人が可哀想だからとか、断ったら気まずくなるとかではない。
あの3日間、断ろうと考えていたけれどどこか気になる部分もある。
純斗が放った言葉を聞いた永人は、10秒間固まっていた。
「本気で言ってんの?」
純斗は真剣な顔で永人の目をしっかり見る。
「本気だよ。一度は断ろうとしていたのは事実。でも、さっきも言った通り、気になるのも事実。自分の気持ちが曖昧なまま付き合ってと言って永人を困らせているのも分かってる。」
「純斗は、男が好きな訳じゃないんでしょ?」
そう、男が好きな訳ではない。でも、何だろうこの気持ち。
ずっと黙っている純斗に変わり永人が口を開いた。
「じゃぁ、正式に付き合うじゃなく、“仮交際”でいい?」
上手く言葉に出せなかった事を、永人が変わりに言ってくれた。
それでいいのだろうか?
「今、それでいいのか、って思ってるでしょ。いいよ、別に。純斗が……、3日間俺の事を、必死で考えてくれた事が……嬉しい。気持ち悪い、って思われてるかと思ったから……。仮でもいい。俺と一緒にいて、本気で好きになってくれたら。それで、本交際に発展してくれれば。」
涙を必死で堪えながら永人が続けた。
「自分が他人と違う感性を持っている事がずっと嫌だった。中学生の頃……、男子校だったんだけど、クラスの男子が、隣街にある女子校の話ばかりしてた。でも、俺には興味が持てなかった。思春期の男子なんてみんな“付き合う”とか“告白”とか、“キス”とか、そういう話で盛り上がるもんでしょ。雑誌に載ってるモデルさんはどの子がタイプだの、好きな女優は誰なのかを休み時間話していた……。全く興味が湧かなかった。興味が湧くのは、カッコいい男性俳優、キラキラした男性アイドル。ただの憧れの対象に過ぎないと思い込んでいた……。でも、それは憧れなんかじゃなかった。ある日テレビで、“LGBT”の特集をたまたま観たんだ。そもそも中学生の俺が“LGBT”という言葉を、あまり理解していなかった。テレビに出ていた人が、俺と同じ様な考えを持っていた。その人は、周りから冷ややかな目で見られて、……イジメられていたんだって。だから……、俺自身も、誰にも本当の自分をさらけ出す事が出来なかった。」
辛かったのだろう。
永人の目から大粒の涙が頬を伝っている。
今、純斗にできる事は、背中をさすって呼吸を安定させる事しかなかった。
「元々、……アイドルに憧れていたから、今の事務所のオーディションを受けた。そして、そこで純斗と音弥に出会った。二人は本当に仲良しで、一緒に話したいって思った。輪に入れなかった俺を、純斗が声をかけてくれて輪に入れてくれた。覚えてないよね。」
覚えてるよ……。
事務所の人から新人の子が入ると聞いていた。
後に同じグループに入れるという事も、純斗と音弥は聞いていた。
どこか不安げな子がいるのを見て、この子だとすぐに分かった。
背中をさすり続けている事と、安心感からか呼吸は落ち着きを取り戻している。
「好きな仕事をしていたら、自然と自分が他人と違う事なんか忘れられるだろうと。でも、そこで好きな人ができた。それが純斗だった。」
背中をさする手が止まる。
「どうして、俺の事好きになったのか聞いてもいい?」
コクっと頷き、純斗から離れソファに座った。
「輪に入れてくれた時は、すごく嬉しかった。でも、その事で好きになったんじゃなく……。“SOLEIL”というグループが誕生した。嬉しかった、純斗と音弥それからみんなと一緒のグループになれた事が。早くデビューできる様に、みんな一生懸命ダンスや歌のレッスンに育んだ。一番最後に入所した俺は、みんなに置いて行かれないために必死だった。周りに合わせる事が出来なかった。自分の事で、いっぱいいっぱいだったから。その事でみんながイライラしている事は薄々気づいていた。その日のレッスン後、残って一人で練習をしている所に純斗が怖い顔で入ってきたんだ。『永人、頑張るのはいいが、もっと周りを見ろ。でないと、その内怪我をする。それとお前だけが、周りを見ていないから合わないんだ。こんな所で一人で練習してたって、いつまで経っても上達なんかしないぞ。それに、さっきの所、こうした方が綺麗に見えるぞ。ほら、真似してみ?俺も付き合うから。』そう言ってくれたんだよ。初めて叱ってくれて、ダンスの指摘もしてくれた。周りを見る様にもなれた。そしてあの日から、毎日レッスン後の練習に付き合ってくれた。俺は一人じゃないって思えた。純斗なら自分の全てをさらけ出しても、変な目で見ず受け止めてくれると、そう思った。」
純斗の目を見ると永人はニコッと笑い、ありがとう、と言った。
この話を聞いて、純斗は永人の事を受け止めてあげたいと思った。
頭に手を置き、帰ろうか、と言うと永人は、うん、と短く返事をした。
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