おまけ


「……というわけで、源頼朝は何度も妻の妊娠中に浮気を繰り返し、ずっと彼を助けてきた義父への恩を仇で返し、ついには義父を引きこもらせてしまうのよ」

「クズいな頼朝!」


 放課後、初木と安西の二人はいつものようにうんちく雑談をしながら、帰宅の途についていた。


「あ、初木、ちょっとそこのコンビニで肉まん買っていっていい?」

「ええ」

 

 途上、安西の買い食いのために、二人はコンビニに寄った。


「あ、しまった。ごめん初木、今サイフに金補充し忘れて空なんだった。ちょっと二百円貸してくれない?」


 しかし、会計の段になって、安西そんな大ボケ。と、初木、白い目で咎めるように言った。


「日英同盟、ポーツマス条約を締結させた小村寿太郎は、日々もっぱら借金取りから逃げ回っており、日米通商航海条約を締結させた外相であるにも関わらず、大金をかき集めて助けてくれた友人に礼もなしで待合茶屋通い。その後も返済計画を友人に任せきりで――」


「大丈夫だって! そんなことにはならないって! 明日にすぐ返すから!」


 プレッシャーをいなしながら、安西、なんとかお金を借り、肉まんを購入する。


 しかし道すがら、安西がそれにかじり付いたところで、初木がふいにポツリと言った。


「まんじゅうの起源って、かの諸葛孔明が、当時迷信深かった人々が川の氾濫が起きたら川の神様がお怒りだから49の人の頭をお供えして収めると言うのを聞いて、氾濫は単に自然現象だ。そのつど49人も死んでは大変だ。だが迷信深い人々はそう言っても信じない。ならばと考え小麦粉を練った生地で動物の肉を包み人の頭の形にしたものを作り、これを49個作って供えれば同じだからと説得した故事にあると言われているのよね。だから漢字にすると饅頭と書くの。饅は食べ物の意味ね」


「まんじゅう怖い! いや、急に食べる気なくすようなこと言わないで!」


 しかし、やはり肉まんはおいしかった。

 だが、翌日のことだった。


「おはよう初木。昨日の肉まんって、初木のサービスってことでいいんだっけ?」


 それを聞くと、初木は真顔で安西に詰め寄った。


「スポーツにおけるサービスという言葉の語源は、テニスの前身「ジュ・ド・ポーム」 というスポーツで、初めに召使いがプレイヤーに打ちやすいボールをコートヘ入れていたことにあるけれど、しかし現代では剛速球でもサーブ、サービスと呼ばれていて、つまりサービスがそんなに甘いものだとは――」


「うわー! なんだかよくわからんがすごいプレッシャーだ! わかったわかった。初木、わかったから。ええと、借りてたのは十円だっけ?」


 それを聞くと、初木、また真顔でまくし立てた。


「随分と大胆なサバの読み方ね。サバを読むという言葉の語源は、昔サバが年中とれる雑魚扱いされていて、痛みやすいしと数も適当に一山いくらで売られていたことから来ているのだけれど、つまりあなたはそれに匹敵する痛い雑魚だと――」


「うわー! なんだかよくわからんがすごいプレッシャーだ! わかったわかった。初木、わかったから。ええと……っていうか、アレ? 肉まん? そんなことあったっけ?」


 それを聞くと、初木、さらに真顔でまくし立てた。


「ボイコットという言葉の語源は、昔アイルランドで地主のボイコットさんが銭ゲバだったため小作人に嫌われて追放された故事からなの。人名由来なのよ。つまりあなたは村八分にあい後世に汚名を残すことを――」


「うわー! なんだかよくわからんがすごいプレッシャーだ! わかった返すよう。……で、相談なんだけど、あの後わかったんだけど、やっぱ家にも口座にもあんまお金なくてさ、それ渡すと今日のお昼買えなくなっちゃうんだよね。というわけで、そのお金、また貸してくれないかな?」


「元の木阿弥という言葉の語源は、戦国時代、筒井家の当主が病死した折、その子が幼かったため成人するまでの替え玉として木阿弥という男が使われた。しかしその子が成人するや用済みとあっさり追い出された故事にあるの。つまりあなたは立て替えた恩も知らず――」


「ごめんごめん! でも貸して! 来月のお小遣いまでお金ないの!」


 懇願する安西の様子を見て、初木はため息を一つついて言った。


「仕方がない。いいわ。それと、そんなに困っているなら、お昼くらい明日から私がなんとかしてあげるわ」


 それを聞いた安西、しばし面食らった後、やがて理解が追い付き歓喜の声を上げ小躍りを始めた。


 そんなゴキゲンな安西の様子を見るや、初木、ふとアリとキリギリスの童話が頭をよぎり、一つ確認するように、気になっていたことを尋ねた。


「ところで安西、あなたはどうしてそんなにお金がないの?」


 と、安西、得意満面になって言った。


「よくぞ聞いてくれました! この学ランに、かっこいい裏地を導入したのです! なんと、黄金の五重の塔柄! まさにお洒落の金字塔! 見る? 裏地見る? ウラジミール・バレンティン? ウラジオストクに裏地をストック?」


 なにもかもが寒かったので、初木、白い目線を送りながら言った。


「安西、金字塔ってピラミッドのことなのよ」

「え、そうなの!? 全然金字塔感ないじゃん! 石の山じゃん!」


「それに、学ランのランはオランダのラン。船来物ということなのよ。和柄を合わせては元の木阿弥。お洒落だとは思わないわね。それと、お洒落って、雨風に晒されて洗練された様のことを言うのよ」


「えー!? お洒落って一体なんなの―――!?」


 やらかすとすぐに揚げ足を取られて咎められる安西なのであった。


 翌日、彼には試食ができるデパ地下の位置を記した地図が渡された。

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