第10話 彼女に友達

 さて、ここ最近、安西がやたらと初木に良い所を見せようとして空回っていたのには、実は理由があった.

 初木に同姓の友達ができてしまったのだ。三人ほど。


 深窓の令嬢のような容姿とクールな雰囲気を持つがため、近寄り難いと思っていた女子達が、安西と話しているところを見て、案外気さくな人なんだと、初木に話しかけてくるようになったという。


 さて、それ自体は喜ばしいことのはずなのだが、安西の心中は、あれ? 初木に同姓の友達ができたら、もしかして俺ってもういらないのでは? という不安でいっぱいだった。


 そしてある日の放課後、いつもなら初木と一緒に帰る安西なのだが、今日は初木が三人の友達と話し込んでいる。

 いつも安西に語るのと同じように、雑学話を三人に話して聞かせていた。

 それを見て無性に寂しい気持ちを覚えた安西、女子の輪に入っていく度胸もないし、今日はいいのかな? と一人教室を後にした。


 当たり前だ。初木に友達ができないはずがないんだ。そのことは、初木の話の一番のファンである、自分が一番よくわかっている。

 そんな風に考えながら、安西、一人トボトボと帰る通学路、しかし、その時だった。


「安西!」


 突然、彼を呼び止める声が。安西が振り向くと、走ってきたのであろう。息を切らした初木が、そこにいた。


「安西、どうして何も言わずに先に帰るのよ」

「い、いや、友達と話してたから」


 責められた安西が返した答えを聞くと、初木、深くため息をついた。


「安西、あなたが最近やけに色々と頑張っていたのも、そのことと関係があるの?」

「え……あ……はい。初木に同姓の友達ができたら、俺はもう必要ないんじゃないかと不安で、ちょっと株を上げようかと。ははは」


 その答えに、初木、またため息をついて、言った。


「あなたは何もわかっていないわ安西。あの娘達と話せるようになったのは嬉しいけれど、それでもやっぱり、何か違う、普通の女子高生がする話じゃない、と、みんな私のことをそんな風に思っているわ」


「え……そうだったんだ」


「……昔からそうなのよ。自分にユーモアがないことがコンプレックスで、周りの輪に入れなかった。だからユーモアを勉強したいと、ユニークな雑学を探して本を読み漁っていたの。だけど、やっぱり周囲の話題や雰囲気に付いていけなくて、いつしか目的と手段が逆転して、本の世界に閉じこもるようになっていた。そんな時に、安西、あなたが現れたのよ」


 切々と語る初木の瞳は潤んでいた。


「……安西、あなただけなのよ。私の話を当たり前のように、楽しいと聞いてくれたのは。安西、あなたはおバカだけれど、自分が知らないものに関心を抱き、知ることが楽しいと感じることができる真っ直ぐな心を持っているわ。それはあなたの美徳よ。私にとって、唯一無二の」


 憂いを纏い語る独白を聞いた、そして涙が零れそうな初木の目を見た次の瞬間、気が付くと、安西は初木のことを抱き締めていた。


「初木、そんなことないよ。初木はとっても面白いよ。今はまだ周りがはしゃぎたい盛りだから、初木の面白さがわからないだけなんだよ。……ごめんな、俺、初木が悩んでること、わかってあげられてなかった」


 安西の胸の中で、静かな嗚咽を漏らす初木に、安西は優しくそう囁いた。


 はたして、それからは安西の言葉通りになり、自信を付けた初木には本当の友達と呼べる相手がたくさんでき、充実の日々を送ることとなった。しかし、


「安西、帰るわよ」

「お~う初木」

「今日はシラミが決める選挙の話をするわよ」

「おっ! 面白そう!」


 彼女、そして彼にとって特別な相手は、いつまでも一人だけだったという。

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