第9話 最初はみんな失敗するもの

 ある日のこと、安西、少しは初木にいい所を見せようと、生徒会選挙にまさかの立候補。

 しかし、ウケ狙いで用意した、ギターを持ち込んでのオリジナル曲の弾き語り等のネタはことごとくドン滑り。

 獲得票数たったの1ケタで盛大に落選した。


 大恥をかいた安西、真っ赤にした顔を両手で覆い、机に突っ伏していた。



「大丈夫よ安西、初めてのことに挑戦する人間は、みな恥ずかしい失敗を経験しているものよ。たとえばローラースケートの発明家、ジョセフ・マーリン」


 この結果を予測していた初木、そんな彼をフォローすべく、口を開いた。


「ロンドンの舞踏会で新発明品のローラースケートを初披露。格好を付けてバイオリンを弾きながら会場に滑り出て注目を集めたものの、思いのほか勢いが付きすぎ、そのまま鏡張りの壁に激突。鏡はハデに割れ、バイオリンも大破。マーリンは全治三ヶ月の重傷を負ってしまったという」


「コントやんもうそれ! やった~お仲間がいた……」


 よその失敗談を教えてもらい、ようやく顔を上げることができた安西。


「他にも、日本初公開となるキリンを外国から買った上野動物園の園長。監督官庁の許可を得ずに衝動買いをしてしまったものだから、こっそり園まで運ぼうとしたものの、キリンの首が長いものだから目立って目立ってあっさり見付かってしまう。その一件で動物園をクビに」


「だからコントやんもうそれ! そりゃそんなデカいもん見付かるわ。で、長い首のせいでクビにってコントやんそれ!」


「あとは、初代征夷大将軍・坂上田村麻呂。初代だから風格を付けようと考えたのか、アゴに120キロの黄金の付けヒゲを付けていたという」


「恥ずかしい失敗とはちょっと違うかもだけど、気負い過ぎだろ! ムチャだ首の骨折れるぞ!」


「まあ挙げればキリがないわ。一時期マジ卍という言葉が流行ったけれど、卍って実は胸毛のことなのよ。みんな知らずに使い始めたのでしょうけど。インドのヴィシュヌ神の胸毛のことなのよ」


「胸毛!」


「聖母マリアの涙の跡に咲いた花という言い伝えから、アメリカで母の日に贈られることが定番となったカーネーションだけれど、日本にそれが広まった時、最初はみんな日本での花言葉は『軽蔑』だということを知らずに贈っていたのよ。それはないだろうと後付けで『愛情』に変えられたけれど、黄色い方は未だに軽蔑だから贈ってはだめよ」


「胸毛! 軽蔑! なんかやだ……」


「おしどり夫婦とよく言うけれど、最初に言い始めた人の思い込みで、おしどりは男女共に毎年相手を変えているし、ハト時計も、初めにハトと商品名を付けられたからみんな思い込んでいただけで実際にはカッコウなのよ」


「おしどり思い込みだったの!? 真逆じゃん! ハトの方も、言われてみればカッコウカッコウ言ってるわ! そっか、なにかを始めるのってむずかしい……」


 話を聞いている内に、なんだ大勢が通る道なんだ、と気を持ち直してきた安西。

 それを見て、ふう、と一仕事終えた女の顔で一息つく初木なのであった。

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