声掛け事案

 私の友人のKの話。

 

 Kは先天性の病気がありもともと耳が悪く、定期的に耳鼻科に通っている。左の耳はほぼ聞こえず、右の耳で何とか音を拾っているような状態だ。補聴器のせいで大きな音が苦手なので、予約はいつも午前の診察の終わり際か、午後の診察の一番に先生がしてくれているそうだ。

 彼女の通う病院はあたりでも有数の大病院でだいぶ古くからあるらしい。新棟と旧棟とクリニックからなり、彼女が通う耳鼻科は旧棟の一階にあった。

 古い病棟は清潔ではあったが、どこか暗い印象があり、ひび割れたコンクリートの壁やシミはどこか不気味さを醸し出していたが、愉快な耳鼻科の先生や、心優しい看護師のおかげで通うのはそこまで苦ではないと彼女は言っていた。

 Kはその日、午前の診察の終わりに予約を取っていたので、待合室はがらんとしていた。看護師が時折通るのみで、それ以外の往来はない。

 人気のない病院ほど不気味なものはないとKは思ったらしい。

 ぐるりとあたりを見回すが、人影はなかった。

 その時、左隣から


「すみませぇん」


 と人を呼ぶ声がしたという。

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