15話 友達 ~晶麻~

 俺、飛野 晶麻ひの しょうま。小学部からずっと、この学苑に通っている。俺の両親は共に医師で、祖父の経営する病院に勤めている。

父親は、いずれ病院を継ぐ後継ぎというやつだ。母親とは、大学病院で働いていた同僚で、父が家の病院に戻ることになった時、結婚を申し込んでOKを貰い、一緒に連れて来たらしい。


祖父の経営する病院は個人病院だが、それでもこの辺では、結構有名な大きい病院である。大学病院並みとはいかないが、一応これでも一般的な診療科があるのだ。

入院も手術も可能である。父には兄弟がいないので、父の後はその子供が継ぐことになる。つまり長男である俺が、父の次の跡継ぎということだ。


今は祖父が院長で、父は副院長である。祖父は大病院にいた経験もあり、かなり有望と言われていて、今も手術は祖父でしか出来ないというものもあり、現役だ。

俺も将来は、祖父のような医師になりたい。あまり知られていないが、『名栄森学苑』高等部には、特に医師志望の大学合格を目指した受験コースがある。


名栄森学苑なさかもりがくえん』には医学部はないので、大学病院のような大きな病院での就職を目指すなら、より有名大学の医学部に合格したいのが本音である。俺も出来れば、大学病院で経験したいので、有名大への受験を希望しているのである。


小学部から通っているので、当然殆どの生徒と顔見知りだ。特に演劇部の連中とは仲良くしている。男子としては、方だと思う。

初対面の時には、イメージと違い過ぎて驚いたりしたが、今でも初めて出会った時の事は忘れられないぐらい、いい思い出となっている。


北城きたしろ』は俺のことは多分、ぐらいにしか見ていないだろうけど、俺は『北岡』としてよりも、『北城』という女の子にしか見ていない。

だから、北城が九条くじょうのことをお姫様みたいに、大切に扱っているのを見ていると、複雑な気持ちになる。九条よりも北城のことを知りたいと、変に九条をライバル視して見ている部分もある。


でも、2人にはがあって、2人だけの絆があったりもする。

とてもじゃないが、2人の間には簡単に入れない雰囲気があるのだ。

だけど、北岡としてなら、男子として気軽に接することも出来る。

なら、取り敢えずは、北岡としてでも友達としてでもいいから、側に居たい。


それに、北城と呼びたくても、俺は、流石にそれは出来ない立場でもある。

俺には正式にではないが、親に決められた婚約者候補が数人いるのだ。

その内の1人は、俺の幼馴染でもあり、妹みたいな存在でもある少女だ。彼女も特に俺が好きだとかではないようだが、兄ぐらいには慕ってくれているようである。

只、俺にはどうしても、彼女のことは妹のようにしか思えない。


だからと言って、彼女を断ったりすれば、他の候補者が有力相手になるだけだ。

他の候補者なんて、絶対嫌だ。何しろ、すぐ媚びたりしてきて、明らかに俺の家柄が目当てだと分かるからな。それに比べたら、彼女はいつも正々堂々としていて、潔い。その彼女は、他のお嬢様学校である女子校に通っているので、今のところ、北城との接点はない。だから、俺の気持ちはまだ知られていないと思う。


その北城は、自作のお菓子を、部活によく持って来てくれる。部員の中では、俺と1番仲が良いと思いたい。男子の中ではだけど…。でも、実際、北城は北岡としてなら、俺の友人である『木島きじま』と同じくらい親しくて、やきもきしているのだが。

自作のお菓子なんて貰えるのは、同じ部活仲間で気を許してくれている証拠かな?俺にだけではないけれど、それでも報われたようで嬉しい。


今日、男子が健康診断の間に、A組女子が調理実習だとA組男子から聞き込んで、早速調理室に偵察に行ったのだ。行ってよかった!

ああ。やっぱり、九条には思いっきり睨まれたけどね。他の女子は、何か好意的だから助かるよ。俺の背が低いから、年下っぽく見られているのかもしれないが…。


本来なら、九条は男子にモテモテなはずだけど、学苑では何故かあまりモテている様子はない。九条が必要以上に、男子を遠ざけているのもあるだろうが、それだけが原因ではないだろうな。


『北岡』のナイトっぷりを見せ付けられ、絶対に敵わないと思っているだろう。

あと、九条が『北岡』基準で、恋人を見ている節がある点かな?

間違いなく、それらも原因だろうな。

まあ、九条は、が欲しいのではなく、な。


でも、あの2人、訳ありなのは分かるけど…。

本当に、一体過去にあったんだろうな?




        ****************************




 高等部の部室に来ると、今日も見学者が大勢来ていた。どうやら北岡の宣伝効果があったようだな。赤羽根あかばね部長が、ホクホク顔であるぐらいだから。

しかし現実問題として、見学者が全員入部しても困る。赤羽根部長のことだから、当然篩い落とすのだろうけど。以前のような失敗は、2度とご免だそうだし。


俺はもう入部届けを出したというか、部長に出せれていたというか、…既に部員であった。流石、部長!俺達を逃がす気が、全くないよね?

部室に入ってから更に扉を開けて、奥の部屋に入る。奥の部屋は、色々と小道具や高価な機材などもあるから、部員しか入室出来ない。


演劇部の時は小道具ぐらいだったが、映像部には撮影機材や編集機具などがあるので、扉には普段鍵が掛かっている。鍵は部長と副部長しか持っていない。

(予備の鍵がもう一つあり、部活の顧問が職員室で預かっている。)


今現在、部長と副部長、他3年生達先輩は、主に見学者の対応をしているようだ。

その為、奥の部屋には数人しか部員がいなかった。

俺が入ってくると、小学部からの腐れ縁で友人の『木島 柊弥きじま しゅうや』と『田尾 光輝たお こうき』が、声を掛けてきた。


 「今年は何人残るかな?主役級の女子が、入部するといいけどね。」

 「僕は裏方が欲しいな。ビデオ撮影と舞台の両方やるなら、人手がもっといると思うし…。兎に角、やる気のある部員が欲しい。」

 「ああ、来年以降のこと考えると、監督もカメラマンも一通りは、1年にも居た方が心強いよな。」


木島の問いに田尾が応じたので、俺も自分の意見を出す。そんな話をしている間に、赤羽根部長が、とうとう篩い落とし作業を始めたようだ。泣く演技を要求してみたり、かと思うと大笑いを要求してみたり、将又はたまた即興の演技を求めたりしているようである。


この部室は防音対策がしてあり、本来はそういう遣り取りは、全く聞こえない。

他の部員が窓を少し開けて、部室の外を覗いていたので、聞こえたようである。

自分達3人も、扉を開けて部室側を覗き見ると、演技の審査は部室外でやっていて、部室では裏方希望を集めて説明をしているようだった。


 「裏方希望の子も、多過ぎだね。いくら何でも、全員の入部は有り得ないね。」

 「そうだな。脇役だとしても多過ぎるかな。主役級は、来年に期待するしかなさそうだね?光輝もそう思うだろう?」


裏方が欲しいと言っていた光輝も、流石に困り顔をしている。今は、窓から外の様子を眺めていた柊弥も、苦笑いしながら光輝を見てから、意味有り気に言う。

中等部に光輝の婚約者がいるから、揶揄やゆしたのだろう。光輝が、あからさまに顔を顰めている。


 「来年は、、高等部に来るんだろ?」

 「多分ね。以上は、来ると思うよ。成績も、特に問題ないからね。」

 「思うって…。何で本人に確認しないの?」

 「そんなことで、別に確認しなくてもいい。」

 「北岡に頼んだら?北岡から聞かれたら、婚約者も教えてくれるんじゃない?」

 「何で一々いちいち、北岡に頼る必要があるんだ。」


先程から2人で揉めている。軽い口喧嘩のようなものだが、勝手にやってくれ。

柊弥が揶揄して光輝が怒るのは、何時ものことではあるが。北城を巻き込むな!


毎年、演劇部がこんなに入部希望が多いのは、完全にの女子だな。あわよくば、北岡の相手役をやりたいのだろう。だけど分かってないよな。

演劇の素人には、分からないだろう。


北岡のセリフだけ、白紙で決まっていない。役に完全に北城は、演劇の世界でも珍しいタイプだと思う。相手に合わせてセリフを言うのではなく、役の人物がその時の感情でセリフを話す。つまり、完全なアドリブという訳である。

事前にセリフを決めても、全く意味をなさないのだ。


アドリブに対して、決まったセリフではチグハグが起こる。アドリブにはアドリブで返す必要がある。ド素人に、アドリブでの返しが即興で出来る訳がない。

俺達部員でさえ、最近やっと、アドリブ返しが可能になったというのに。


去年入部したという脚本係の『塚谷つかたに先輩』は、まだ一緒に芝居をしていないのに、北城をよく理解していると思う。この前脚本を読んだが、北城のセリフはで、決定したものではない、という。


去年入部したという外部生の2年生は、塚谷先輩を入れて3名だ。現在の部員は、内部生2・3年の先輩方と今年入学した1年の内部生で大方占めている。

以前から演劇部には、変わった奴ばかりが集まっているとは思っていた。

しかし、2年の外部生の先輩達もかなり変わっている。

何でかうちの部は、集まるんだよな…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る