12話 4月、クラス対抗試合 その2

 私達が離れた場所で休憩していると、1人の女子が近づいて来た。私達が手を伸ばせば、辛うじて届かない程度の距離まで、近づいて来て止まる。

顔を上げてその子の顔をよく見ると、先程、夕月ゆづが最後の最後で仕留めた、E組の女子生徒である。一体、何をしに来たのだろう?


 「この前は、ハンカチを拾って下さって、ありがとうございます。今日の試合は白熱して凄かったです。こんな試合初めてで、対戦出来て凄く楽しかったです。」


夕月ゆづの目を真っ直ぐ見て、話し掛けてくる。うん、体育会系の会話だわ。心底楽しかったという雰囲気が、伝わる良い笑顔だ。本当に、いい笑顔なのだけれど…。

物凄く可愛い子だけれど、何か残念系の感じがするわ。


 「あぁ、この前の。萌々香ももかちゃんだっけ?君、いい反射神経だよね。ハンカチ落としても気が付かないから、もっとそそっかしい子かと思ってたよ。」


どうやら入学式で、夕月ゆづが例のハンカチを届けた生徒だったみたい。夕月ゆづをするなんて、かなり珍しい。というか、かなりみたいな?

あの時が初対面だと話していたから、まだ知り会ったばかりの女の子を、揶揄ったりするなんて、夕月ゆづにしては本当に珍しいことである。

しかし、この『ももか』という少女は、違った反応を返してくる。


 「っ!!あの時は緊張していたからで…。そんなにそそっかしくありません!」


流石に揶揄われたと分かって、真っ赤な顔で否定している。夕月ゆづはそんな表情を見て、ご機嫌の様子でくつくつ笑う。反対に私の顔は、多分…青ざめていることだろう。余りに、夕月ゆづが親し気に接するものだから、不安になったのだ。

…こんな夕月ゆづ見たわ。


夕月ゆづが立ち上がると、夕月ゆづの方が背が高いようだ。『ももか』さんの目線は、ほんの少し見上げる形となっていた。すぐ側に私が居るにも関わらず、全く気が付いていないような感じである。まるで、2人の世界にいるようで、私の心の中は漣立っている。途轍もなく、不安で仕方がない。


 「折角、いい試合だったのに…。」

 「ごめんね?を見ていると、つい揶揄いたくなるんだよね。」

 「なっ!どういう意味ですか?」


彼女は、試合の好敵手として見ていた相手が、ふざけているのを残念に思ったようである。上目遣いに、恨めし気な表情で、言葉の端に文句ありげな口調で話す。

それに対して、夕月ゆづは本音を漏らす。そう、これは本音なのである。


…昔、私にも、同じようなこと、言ったよね?でも、これは、夕月ゆづでもあるのだ。当然、言われた彼女は、目を大きく見開いて、何を言われたかのか分からない、と言う感じである。そうだよね。行き成り、自分を揶揄いたいタイプだと言われても、理解出来ないに違いない。


『ももか』さんって、人一倍真面目で、ちょっと抜けたところがある人みたいね。

夕月ゆづはそういう、ちょっと抜けた感じの人が、好みみたいなのよね。

夕月ゆづは首を傾げて、質問の答えを探す。夕月ゆづが考えている時によくする癖だ。

5秒ほど考えてから、話し出す。


 「ん?特に意味はないよ。あぁ、それと同期生なんだから、敬語は要らないよ。私は、北城 夕月きたしろ ゆづき。『北岡』と呼ばれているんだけど、出来ればそう呼んでくれるかな?」

 「え、はい。…あっ、うん。私は、菅 萌々花すが ももかです。」

 「うん、知ってる。今時、ハンカチに名前を書くのが珍しいから、覚えてるよ。いい名前だね。」


流石に恥ずかしいのか、萌々香さんの顔が再び赤くなった。ブランド物のハンカチに書いてあったらしいから、指摘されると恥ずかしいのだろう。それとも、いい名前だと面と向かって褒められた方が、恥ずかしくなったのかなぁ。


 「あの…。何で、『北岡君』と呼ばれているんです、か……いるの?苗字も違うよね?」

 「中等部で、演劇部に所属していてね。その時に、よく男装する役があってね。その役柄の名前なんだ。最初は、担任教師が洒落で呼んだのが切っ掛け。いつの間にか、この名前が、あだ名のように呼ばれることに、なったんだよ。」

 「そうなんだ。じゃあ、高等部でも演劇部に入るの?」

 「あぁ、そうだよ。ただ、高等部では映像部に変わったのだけどね。君は、部活決めたの?」

 「うん。私は陸上部に入部するつもり。中学で陸上やっていたから。」

 「そうなんだ。案外、お転婆なんだね。」


私を置いてけぼりにして、2人の会話が弾む。私も居ると、文句言いたいけれど、まだ頭も働かないのか、ボ~としていたようである。

突然、夕月ゆづが此方を向いて背中を丸めたかと思うと、私の背に片手を回し、反対の手で腕を引っ張りながら、体をゆっくり起こしてくれた。実は、私1人では立ち上がれなかったの。夕月ゆづって、本当に気が利くわ~。


彼女は、先程の夕月ゆづの言葉に、何か言いたそうな、多分文句を言おうとして。

この時になって、やっと私の存在に気が付いたように、萌々香さんが私を見た。

そして、とても驚いた顔になる。

何?何で驚くの?そんなに驚くほど、私って存在感なかったの?


 「あ、ごめんなさい。2人で休憩していたんだよね?邪魔してごめんね。」

 「いえ、大丈夫。そろそろ、皆の所に戻らないといけないし…。」

 「あっ!私も戻らないと。私、菅 萌々花。よろしくね。」

 「私は、九条 未香子くじょう みかこ夕月ゆづとは幼馴染なの。…こちらこそ、よろしく。」


まさか、私に話し掛けてくるとは…。自己紹介までしてくるとは、正直思っていなかったの。だから、少し戸惑ってしまった。

私が名乗ると、にっこり微笑んで、「じゃあね。」と、今度は私達2人に向けて言った後、自分のクラスの方へ走り去って行った。何となく、嵐が去ったみたいだと思っていた。




        ****************************




 あれから、何とか教室に戻ったけれど、夕月ゆづの支えがないと、歩くのも動くのも大変なの。こんなに、1人で歩けなくなるとは…。

今日は金曜日だから、明日と日曜は学苑がお休みでよかったわ。だって、絶対明日は筋肉痛なんだもの。


学苑のバスに乗って駅までは来れたけれど、駅の階段がどうしても上がれないし、降りれない。本格的に、もう筋肉痛がやって来たんだもの。夕月ゆづが心配して、ここからならいいだろうからと、我が家に電話して迎えに来てもらう。

私はその間、駅裏にある小さな公園のベンチに座って、待っていた。声を出しても、情けないことに「痛い、痛い。」しか言えないぐらい、意気消沈状態である。


 「もう直ぐ、篠田さんが迎えに来てくれるよ。それまでだから、頑張って。」

 「うん…。誰が迎えに来るって?」

 「ん?電話出たのは、真姫まきさんだったけど。多分、真姫さんが来てくれるんじゃないかな?」


そうか、真姫さんも心配性だから、こういう時は多分都合付けて、私を優先してくれるはずだわ。とっても有り難い。

真姫さんが来てくれるのなら、少しぐらい、大丈夫そうね。私にとっては、年の離れたお姉さんみたいな存在なの。同性でもあるし、この際、恥ずかしさは捨てるわ。


20分ぐらい待っただろうか?やはり、真姫さんが来てくれた。どうやら慌てて駆け付けてくれたようで、エプロンをしたままであった。

私が余りにも痛がるものだから、夕月ゆづと2人で連携して、車に乗せてくれる。

本当に申し訳ないです…。今後は、2人に足を向けて眠れないわね。


自宅に着いてからも、2人で協力して降ろしてくれる。そして、私の部屋まで連れて行ってくれたの。私が、ベットに横になるのを確認してから、夕月ゆづは隣の自宅に帰って行く。真姫さん、お世話掛けます。そして、いつもありがとう。

それから、夕月ゆづ、本当にありがとう!大好きよ!!


余りにも痛くて眠れそうにないので、三千さんが、筋肉痛によく効く湿布薬を貼ってくれた。如何どうにか、日曜には痛みが少なくなっていたけれど、湿布を取る時も痛かったのには、…勘弁して下さいませ(泣)。

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