11話 4月、クラス対抗試合 その1

 午後の授業が始まった。男子は午後も健康診断である。というか、健康診断ほぼ終了し、男子は体力測定をしているようだ。

女子は、本格的な体力測定はしないけれど、この体育の授業で、簡単な測定を行うらしい。というわけで、女子は全クラス合同授業である。


C組、D組も集まると、中等部までの顔見知りばかりで、同級生みたいなものだから、家庭科の授業よりも賑やかになったわ。

E組からH組の外部生達は、緊張しているのか、ほとんど話声が聞こえない。

それでも、皆『北岡君』に興味を持っているのか、こちらをチラチラ見てくるの。


体育の教師が現れると、まず簡単な体力測定を行ってから、残り時間では、クラス対抗の試合をしようという話になった。

何の試合がいいか聞かれたので、多数決になった。バスケとかバレーボールとかいう意見も多かったけれど、結局ドッチボールに決まったわ。


女子だけだから、サッカーや野球の案は出なかった。まぁ私は、何方どちらにしても運動は苦手だから、どれでも同じなのですわ。

体力測定は出席番号順で、A組→B組→C組→ … という感じで、一人ずつ順に行われた。終わった人から班を組んで、試合を始めることになる。


クラス対抗だからね、こうでもしないと、全クラスが終了するまで自習みたいになってしまうもの。でもお陰様で、今度は夕月ゆづと一緒の班に成れたわ。

本当によかったわ、夕月ゆづと一緒のグループで。

私が相当足を引っ張るのは、目に見えているのだから、夕月ゆづに庇ってもらわなければ、班がもの…。


よく見れば、C組とD組に夕月ほどではないけれど、運動神経抜群の生徒が居る。小学部から一緒の『アコたん』と『チーちゃん』だ。

同じクラスになったことがあるから、2人のことはよく知っている。


そういえば、B組にも運動部の部長だった生徒とか居るわ。同じクラスに1度もなったことがないのだけれど、顔はよく知っている。名前は憶えていない。

皆、強そうな人ばかり。うわぁ、どうしましょう…。


体育教師の三上みかみ先生が、審判役にと、他の教師も呼んで来ている。三上先生も含め、全員女性教師である。男性教師は、男子の方に行っているようで。

三上先生は体力測定を担当しているので、私達のグループチームは、古典担当教師という木之下きのした先生が審判になった。


対戦相手は、先生方が用意したくじ引きで決める。初対戦チームは、何とE組。

先程調理実習で、一緒だった外部生クラス。何となくがするわ…。

他のクラスも対戦相手が決まり、其々試合が始まったのである。




        ****************************




 試合始まって早々、私はピンチである。私が運動音痴と、気が付いたらしいE組生徒達が、私ボールを投げてくる。私を狙うなんて、卑怯よ!

私は逃げるので必死である。他の競技と違って、ドッチは逃げるという手があるので、私にとっては利点となる。兎に角、只管ひたすら逃げるのみ。其れしかないのよ。


そんな中で、夕月ゆづは、私を庇うように、ボールを積極的に取りに行く。夕月ゆづが取った時は必ず、敵チームの誰かに当たっている。流石、良いコントロールですわ。

私を狙っても、夕月ゆづに逆手に取られて、自分達の方が窮地になると、E組も学習したようだった。私も、頑張って逃げまくっているのですもの。

割と逃げるのは、得意なのですわ、えっへん!


体力測定が終了して、グループ待ちしている生徒、体力測定中の並び待ちの生徒、など試合に出ていない生徒達が、自分のクラスの応援をしている。

中には自分のクラスを放置して、私達のチーム(つまり『北岡君』の応援をしている訳で、私達のチーム自身を応援しているのではない)、結果的には敵チームを応援している生徒も割と居た。


まぁ、うん。好きな男子を、応援したい気持ちと同じですわね。私も、例え夕月ゆづと組も班も違っても、絶対夕月ゆづを応援する自信、ありますもの!


他の対抗試合が終了して、今現在、目下試合中なのは、我がチームだけのようだ。

体力測定も終了したようで、いつの間にか、女子全員の視線が集まっている。

そう、案外E組が頑張っているのだ。ボールが当たると、枠の外側に移動となるのだけれど、敵チームの生徒に当てれば、また内側に戻って来られるのよ。


折角、夕月ゆづが当てたのに、我がチームの1人が犠牲になっては、またE組生徒が戻って来たりと、E組の一部の生徒達が頑張っているのだ。

特に、ショートヘアの活発そうな少女で、私が今まで知っている内でも、かなり可愛い系の女子が、1番活躍していると思う。


元演劇部部長であり、現映像部部長の赤羽根あかばね部長が知ったら、「ぜひ映像部に入って!」と言いそう。自分から入りたがる女子は、大勢居るけれど。

部長のお眼鏡に適う人物は、そう簡単にはいないのである。


中等部で演劇部にいた先輩達も同期も、皆演劇に対する熱意が異常なくらいあるのよね。本格的過ぎるというか、本職目指しているのかとか思うぐらいに…。

高等部でも、当然同じメンバーである。部長としては、外部入学の生徒も、新規開拓したい筈。でも、だけは嫌だわ。何と無く、夕月ゆづが気に入りそうで…。


夕月ゆづがボールを受け取る。今、内側に残っているE組は、1人だけなの。夕月ゆづが、あの子の足元目掛けてボールを投げ…。


 「終了~!勝者、A組!」


ピーと笛の音が鳴り、笛を吹いた木之下先生が、片手を真っ直ぐに上げて、試合終了を告げる。その途端、周りが「キャー」やら「わ~」やら大騒ぎとなる。

本来はこの後、勝利チーム同士の対抗試合と、負けたチーム同士の対抗試合があるのけれど、今回は、飽くまで体育の授業の一貫なので、そこまで時間がない。


ここからは後半戦という、今まで待っていた生徒達が、1つのチームとなって、対抗試合を行う。今度は、前半で対戦したクラスとは、別のクラスとの対抗試合となるみたい。まぁ、親睦試合のようなものなのよ。


私は試合が終わった瞬間に、膝から崩れて地面に座り込んだ。お尻や膝に土が付くけれど、体操服に着替えているから問題ない。…もう、構っていられないのよ。

逃げ回るのに体力使い切ったのです…。もう、動けない…。


 「よく頑張ったね。逃げるのに関しては、誰にも負けないよね?」


膝を曲げて、私の顔を覗き込むようにしながら、夕月ゆづがにこにこして話し掛けてくる。満面の笑顔である。「一言多いよ!」って、いつもなら頬を膨らませるところだけど、今はそんな余裕すらない…。


もうダメ、死ぬ~…。動きたくないというか、体がいうこと聞かない感じで。

そんな私を見て、夕月ゆづがクスクス笑いながら、「ホント、良く逃げ切ったね。」と、私の頭を優しく撫でてくれる。そして、両手で私の腕をそっと引っ張って、立たせてくれた。


私の背中に手をやって、支えてくれながら、やっとドッチの枠から一緒に出る。

試合の見学場所として、皆が座っている所よりも、後ろの方にある低い石段まで歩いて行く。そこまで、夕月ゆづが支えてくれて何とか歩けた。

石段に座った途端、もうこれ以上動けないと思うぐらい、どっと疲れが出てきた。今日は、熟睡出来そうね。


この場所の近くには自販機があり、体操服の上着に、小銭入れの財布を持って来ていたみたい。自分の分と一緒に、私の分の飲み物も買って来てくれる。夕月ゆづって、とても気が利くのよ。私は、助けられてばかりだわ。


夕月ゆづが買ったのは、私のと同じスポーツドリンクで、「運動後は、これが1番だよ。」と、缶の蓋を開けてから手渡してくれる。私は、缶さえ開けられないほどに、見られているのね…。確かに、腕を動かすのも辛いけれど。


熱く火照った身体に、よく冷えたスポーツドリンクが染み渡る。いつもはあまり飲まないのだけれど、こういう時は、やっぱりこれが1番美味しいのね。

私達2人は、そのまま離れた場所から、対抗試合を見学していた。まだ私は動けないし、夕月ゆづも活躍し過ぎで疲れたのか、タオルを頭に置いたまま動かない。


夕月ゆづは汗を搔いたので、先程まで髪を拭いたりしていた。タオルを頭の上に載せてからは、そのまま前を向いて動かなくなっていた。どうしたんだろ?

夕月ゆづが気になるのに、私はまだまだ動けそうにない。横に居る夕月ゆづを見ることでさえ辛いって、どれだけ運動不足なの。自分で自分に突っ込んでみる、心の中で…。


どのくらい時間が経ったのだろう。ふと気が付くと、私達の方に誰かが歩いてくる。ボ~としていたから、誰だか気が付くのが遅れた。

そして私達のすぐ前で、ピタリと足が止まる。のろのろと見上げると、例のE組のだったのである。





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