8話 外部入学者 ~郁の事情~

 私の名は、佐久間 郁さくま いく。これでも、中小企業の経営者の一人娘なのよぉ。今までは、他の私学の女子中に通っていたの~。

小学校の時は、公立に通っていたんだけど、親が経営者ということを知られると、友達に色々と偏見を持たれてしまい、何かと嫌みを言われることもあったわぁ。


だから、中学からは公立に行きたくないと、両親に我が儘を言って、女子校に通うことになったのよぉ。この女子中は、お嬢様学校という程でもないけど、一応同様のちょっとだけ裕福な家の子供が通っていたわねぇ。

それほど、特別有名な家の子供はいなかったから、気が楽だったし、とても仲のいい友達もいたしぃ、高等部も通うつもりだったのよ~。


そんな平凡な日常が変わったのは、従姉の『朝姉あさねえちゃん』が、我が家に遊びにやって来た、夏休み中のある日。

私の従兄弟は、皆男ばかり。女の子は、朝姉ちゃんと私しかいないから、小さい頃からよく一緒に遊んだのよねぇ。朝姉ちゃんは、私より3歳年上で、今年は確か受験生だったハズ。勉強が大変なのか、暫く会っていなかったなぁ。


 「朝姉ちゃん、久しぶりぃ!受験生は大変だねぇ。」

 「久しぶり、郁ちゃん。元気だった?」


朝姉ちゃん、大人っぽくなったな~。来年は大学生だもんねぇ。

一頻り受験や大学の話をして、母が持って来たおやつを食べながら、朝姉ちゃんが今通っている学校の話をしてくれたの~。


 「私がさぁ、名栄森学苑なさかもりがくえんに通っているって、知っているよね?」

 「知ってるよぉ。名栄森学苑って言ったら、ここ等じゃ有名だもん。朝姉ちゃん、高校から入ったんだよね、すごいねぇ。」

 「私も、中学までは女子校通ってたんだけどさ、彼氏欲しくて共学行きたくなったんだよ。じゃあ、名栄森学苑を受ける?って、話になっちゃった。」


てへっと舌を出して、「受かると思わなかったけど。」と苦笑いする。でも朝姉ちゃんは、私よりずっと頭がいいもんね。合格する自信は有ったんだと思うよ。

私は、「ふうん。」と相槌を打つ。この時までは、まだ学苑にそんなに興味なかったのよぉ。、だけど…。


 「でね、高等部の方じゃなくて、中等部の方の話なんだけど、凄く有名な人が居てね_。」と、とある話を聞かせてくれたのよぉ!


何でも、女子なのに男の子顔負けの、が居るという。

演劇部に所属していて、何でも『北岡君』という役を演じているらしくて。

しかも、その女子は、普段から男の子っぽく振舞っていて、演技の『北岡君』らしいの。違いがあるとすれば、普段の『北岡君』の方が、サバサバしていて男らしいとの事。


体育の授業でも、例えば男子に混じってバスケとかしても、男子に引けを取らないほど、活躍するんだって。

また、演劇部以外でも時々、自前で男装して登校することもあるそうで。

是がまただとか。はあぁ~。(うっとり)


是って、私が愛読しているあの漫画に出てくる、心は男性なのに身体は女性で生まれた、『麻琴まこと』という主人公に、ちょっと似てるんじゃない?

主人公が性同一障害に苦しみながら、男性らしく生まれ変わろうと頑張るお話で、学校も男装して通うのよね。その主人公の生き様が、めちゃくちゃカッコイイの!


そんなこの漫画の主人公みたいな女子が、実際に存在するなんて…。学苑に通えば、毎日その勇姿を拝めるかも!?

私の胸は、大いに期待に膨らんでいく。聞いたところに依れば、私と同じ学年みたいなの!これは、本当に会えるかもしれないわぁ!


結局、私は、好奇心と朝姉ちゃんに丸め込まれて、名栄森学苑を受験することになってしまったの~。両親もOKしてくれたしぃ。

それからは、朝姉ちゃんと一緒に、図書館で勉強漬けの毎日。でも~、このお陰で何とか合格したようねぇ。




        ****************************




 「新入生代表、北代 夕月きたしろ ゆづき


新入生代表が呼ばれた途端、内部生だけでなく在校生までが、ざわざわと騒ぎだしたわ。代表に呼ばれたのは、正にお嬢様という感じの女子だった。

もしかして、この人が~?こんな女性らしい人、という感じの人が~?

歩く仕草も上品で、まるで有名な家のお嬢様みたいな感じの人だけど…。


だけど、彼女が檀上に現れると、主に女子がキャーキャー言い始めたの。

「北岡君」と呼ぶ声がはっきり聞こえ、やっぱりなんだぁ、と思った。

思わず、してしまった程よぉ。


静まるのを待って、彼女が、まるで何もなかったかのように話し出す。だけど、やっぱり話し方も、何処か生粋のお嬢様という風に、感じられるのよねぇ。

首を傾げながら、朝姉ちゃんから聞いていたのと違うな~、と思いながら聞いていた時、突然低めの声と口調に打って変わったのよぉ。


 「高等部では、演劇部改め』をよろしく!」


一瞬の間の後、体育館は「わ~」とか「きゃー」とかの大歓声が!間違いない!

朝姉ちゃんが言っていた、なんだわぁ!

周りの外部生だけが「訳が分からない」、というような顔をしていたけどぉ。


 「彼女は、小学部から学苑に通っているのよ。学苑では、才女で有名らしいわ。多分、入学式では、新入生代表になると思うよ。」


そう聞いていて、よかったぁ!早速、の勇姿が見れたもん。そう思っているうちに、入学式と始業式が終わったみたい。

外部組のH組から退場し、私のクラスE組も退場して、体育館から出てすぐの所で、「菅 萌々香すが ももかさん!」と、後ろから呼ぶ声が聞こえてきて…。


振り返ると、体育館出入口にが来ていて、此方に向かって颯爽と歩いて来る様子に、私もその周りの人達も、超ビックリしていたの~。

私のすぐ前にいた、激可愛い系の女子が、小さい声で「えっ!何で…?」とか言っているけど、知り合いなのかなぁ?いいなぁ~。


すると、がフッと艶っぽく笑い、「これ、落とし物。名前書いてあって、よかった。」と、ハンカチを彼女に手渡す。何だ、知り合いじゃないんだ~。

ハンカチに名前が書いてあったみたいだけど、それっ、ブランドだと思うんだけどなぁ…。フルネーム書いたの?勿体無いよぉ…。折角のブランドが~…。


 「私も、このデザイナーのは持っているけど。これは、特にいいデザインなんだよね。」


多分、『すがさん』が恥ずかしいと思っているのが、分かったんだろうね~。

が気を使って、彼女のハンカチを褒めたみたい。

さっきの挨拶と違って、やや低めの声と砕けた口調で話すから、感激してしまう。『麻琴』が実在したら、やっぱりこんな感じかも~。

ああ、目の前で『麻琴』が見れた喜びに、思わず叫んでしまいそう。


 「あ、ありがとうございます…。このハンカチは大切で…拾って態々持って来て下さって、お手数掛けてすみません。」

 「ふふっ。気にしなくていいよ。大切なら、渡しに来て正解だった。」


『すがさん』がお礼を言うと、は、少し目を細めて笑っているみたい。何だか、笑い方も話し方も男子らしくて、ホントに『麻琴』が本から出てきたみたい。

うん、いい~。すごくいい!この学苑に来て、本当によかったぁ!

なま『麻琴』が見れるなんて、もう最高!!


私が心の中で叫んでいると、体育館の出入口から、誰かを呼ぶ女子らしき声が聞こえて、が振り返って見ていた。今、呼ばれたの、なのかな?

もう一度、『すがさん』の方を振り向いてから、「じゃあね。」と言って。

今度は、女子らしい仕草と言える優雅な歩みで、戻って行っちゃったよ~。


あれ?女子に戻っちゃったぁ?漫画の『麻琴』と違って、男子らしくなりたい訳じゃない?えっ、どういう事なのかなぁ?

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