5話 名栄森学苑

 私は、小学部からずっと『名栄森学苑なさかもりがくえん』に通っている。この学苑は、宗教関係とは無縁ではあるけれど、学費が高めとなっており、所謂いわゆるお金持ちの家柄の生徒が通う学校でもある。ただ、優秀な人材育成も掲げているので、自分の家がお金持ちだからと、勉強をサボり過ぎて成績がある程度保てないと、上の学部に上がれない厳しい面もあったりする。基本的には、親が寄付したとしても、優遇は一切されないのである。


然も高等部からは、公立中学などの他の中学校からの一般入学生も、多数を受け入れている。中等部からの内部生の進学者と、そういう外部からの一般の生徒は、同じクラスになることはない。しかし、公立中学の優秀者が入学すれば、中等部からの持ち上がり組は、どうしても順位が下がりがちになる。


都心部にあるお金持ち学校とは異なり、この学苑では、寄付は唯の寄付として扱われ、寧ろ寄付することは、お金持ちの義務という前提のの扱いである。『お金のある家から、少しでも学費を大目に取り、優秀な一般市民への門を開き、幅広い人材育成を目指す』というのが、この学園の考えなのだ。


また、大手企業の御曹司とか、上流家庭のお嬢様は、都心に住んでいることが多いので、地方に当たるこの学苑には、殆ど在学していない。どちらかと言えば、中小企業の経営者か、大手の会社役員クラスの親を持つ、そういう生徒が多いと思う。


ただ、この地域のお金持ちには、この学苑に入学させること自体が、ステータスになっており、当然他のお金持ち学校よりも、難関になっているようなの。

その為なのか、小・中学部と言えど、身分とか驕り高ぶるような生徒は、少ないと思う。我が家も例外なく、大手企業とまではいかないし、家名もこの地域で有名な程度、といった感じではある。


お陰様で、あまり身分差を感じることなく、皆が平等でいられる。偶に、と、部下の家庭の生徒に、差別をする生徒が若干いるにはいるのだ。

しかし、大抵そういう生徒は、上の学部に進学出来ずに、他所の中学・高校に転入扱いとなっている。


学苑自体には、あまり厳しい校則などの規則はない。しかし、全ての言語・行動に自己責任を持つというがあり、自分自身が取る態度次第では、相応ふさわしくないと判定されてしまう、人格・態度に関しては厳しい学校でもある。成績も下がり過ぎたり、学苑の方針に向かないと判断されれば、即刻、転校を勧められたり、進学時に落とされたりするのだ。


学苑の中等部は、高等部と同じ敷地内にはあるけれど、運動場もそれぞれ別に作られているので、ほぼ交流がない。同じく体育館などの施設も全て別なので、高等部からの一般生徒に、配慮した造りになっている。そして、中等部から高等部へ来ること自体、教師の許可なく好き勝手には出来ないのである。

因みに、小学部は山奥とはいかなくても、交通の不便な別の場所に造られているので、車通学(親などの送迎)は許可されていた。


最近は何処の学校でも、バイク通学は禁止になっているようで、高校生の間は通学以外でも、乗ること自体が禁止されているという。事故が多くて、死亡例もあるから、保護者が反対しているそうで。ところが、『名栄森学苑』ではが違う。

自家用車での通学の方が、全面禁止されているのである。


では何故、自家用車での通学が禁止されているのか?それは、この学苑が、自分で考えて行動するということに、重きを置いているからなのだ。運転手付きの車で通うことは、大人で例えれば重役出勤みたいなもので、子供である今は、特別な理由なく認めないという方針である。その為、中等部からは全生徒が、電車と学苑専用バスを利用することになっている。


代わりに、特別な理由さえあれば、バイク通学が可能となる。バイク通学には申請が必要であり、学苑が許可した場合のみ通学可となる。現実には、バイク通学したい生徒は、現在まで0人であり、許可が下りないような理由が多かったそうで。

まあ、内部生には、バイクの免許を取る必要がないがないだろうし。

夕月ゆづは既に申請書を出したようで、多分問題ないと思う。


申請理由は、勿論ある。そして、夕月ゆづがこのような男子みたいな態度や言葉遣いなのも、完全にである。それは、私が男性嫌いというより、一時期とはいえ男性恐怖症になっていたのだから…。


『名栄森学苑』は共学なので、当然男子生徒も通う。慣れればれられるし、話も出来るけれど、男子からさわられるのは、なの。

演劇部の役柄を演じる時は、事前に知っていれば、何とかなるけれど…。


例外として、父と兄は大好きだから、当然平気である。我が家で働いてくれている男性陣も、一応許容範囲である。親戚・従兄弟達も、れたりさえしなければ、平気である。男子の幼馴染では、平気な人と絶対ダメな人とで両極端である。


因みに、絶対にダメな方の幼馴染達は、大っ嫌いである。

レベルで。




        ****************************




 「おはよう!未香子みかこさん。」「おはよう!九条くじょう。」


学苑の門を潜って行き、漸く学苑のバスが、校舎前の周辺で停車する。

バスから降りて、新1年生のクラス表を見に行くと、そこには顔見知りの生徒や、以前クラスメイトになったことのある生徒が、ちらほら見かける。

私達を見かけると、女子も男子も声を掛けてくる。夕月ゆづも私も、こういう時には出血大サービスの如く、笑顔を振りまいて挨拶を返している。


当然、返答された生徒達、特に女子生徒はキャーキャー騒いでいる。夕月ゆづは、関わった生徒の名前を全て覚えていて、これで名前で呼ばれた日には、卒倒ものなのよね。近くにいる高等部からの外部生は、不思議そうな表情をしている。

って、誰だろう?女子生徒は、何をそんなに騒いでいるの?

そういう雰囲気である。まあ、無理もないわね、知らないのだから。


そう、『北岡』というのは、夕月ゆづである。夕月ゆづと私は、中等部では演劇部に入っていたのである。夕月ゆづは時々男装していて、『北岡』という男子役を演じていた。余りにもハマり役だった為、担任教師が冗談で『北岡』と呼んでいたのだ。それが反響し、今では生徒ほぼ全員が、そう呼ぶようになっている。


演劇部は、中等部での部活なので、中等部でしか演技をしていない。偶に、高等部から、覗きに来る生徒はいたけれど。高等部から中等部に行く時も、学苑の許可がいる為、少数の一部の生徒だけですが。内部生の高等部の生徒なら、中等部で演劇部のお芝居を見たことがある筈なので、内部生の先輩方は知っていると思う。


実はこの『名栄森学苑』は、何代か前の九条本家が設立した学苑である。現在は本家ではなく、遠縁の小父おじの一族が経営している。その為、色々と顔が利く事もある。夕月ゆづのバイク通学の件も、事情を酌んでくれるだろう。クラス分けでも、男子が苦手な私の事情を酌んで、夕月ゆづとは必ず同じクラスになるようにと、手配してくれている。ようは、夕月ゆづが常に私をボディガードする必要があるからで…。


制服着用ではなくていいのも、夕月ゆづが男装しやすいようにと、配慮されているからであり、夕月ゆづが『北岡』役を演じてから、校則が一部緩くになったみたいなの。

つまり、学苑側もこの騒ぎに便乗して、愉しんでいるのであろう。

遠縁の小父様って、こういうの好きな人だからなぁ。


私達のクラスはA組だったので、一度A組の教室に入ることにした。

因みに、A~D組までが中等部からの内部生、E~H組が他校の中学からの外部生、とクラスが分かれている。成績順でのクラス分けは一切なく、1年時のクラスが、そのまま3年間持続することになる。

要するに、私達はA組になったから、2年時も3年時もA組ということになる。


A組には、まだ誰も来ていなかった。席は出席番号順であり、夕月が『き』で私が『く』だから、私達はいつでも前後の席である。席に座って話をしながら待っていると、次々とクラスメイト達が登校して来る。


 「きゃあ !!北岡君と同じクラスだわ!よろしくお願いしま~す!」

 「わぁ!北岡君と、また同じクラスになれたわ!高等部でもよろしくね!」

 「お~、北岡が居た!同じ組か。まあ、よろしく!」


とかいう感じで、女子はもちろん男子まで皆、夕月ゆづに声を掛けて来てから、「九条さんもよろしく。」と。…序でに言うのは、やめてほしいわ。

これに対して、夕月ゆづは、女子には「○○さん、こちらこそよろしくね。」と笑顔で返し、男子には「あー、よろしく。」と適当っぽい感じで返している。


夕月ゆづの場合、別に男子が嫌いだとか苦手だとかは、一切ない。ただ単に、日常から男子っぽく振舞っていて、成り切っている感じなのでしょうね。

クラス全員が揃った頃、入学式を始めるという放送が流れたので、私達は体育館へと移動することになったのだった。

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