第2話 不動産屋の手口と新たな犠牲者
「いやあ、本当に怖かったですよ! それで三日後にあの連絡でしょ? マジで怖いっす!」 今、うちの社内では白川達郎の死についての話題で持ちきりだ。亡くなった白川と最後に会ったのが俺だということで、俺は社内で一躍「時の人」になっている。
あれから、あの古アパートに住む人間は一人もいなくなった。アパートのオーナーは、しばらく新しい入居者の募集はしなくていいと言ってきた。だが、うちも商売だ。入居者がいなければ管理料がもらえないので、なんとかアパートオーナーを説得し、これまでと同条件で入居者を募集することになった。
不動産業界では「人の死」についてどう取り扱うかのルールがある。まず、対象となる建物内で人が亡くなった場合は、その「死因」によってどう対応するのかが分かれる。殺人や自殺による死なら、文句なしに「告知事項」となる。
告知事項とは、入居希望者と契約を結ぶ前に、必ず告げなければならない事項のことだ。例えば、入居募集広告の端の方に、小さい文字で「告知事項あり」という表記があるならその物件には何らかの人の死等があったという意味である。この「告知事項あり」の物件は間違いなく家賃が下がってしまう。
だが、この「告知事項あり」をすり抜けるいくつかの方法がある。うちがよくやる手口》は、死があった部屋に会社の関係者を短期間住まわせ、その関係者が退去した後に「告知事項がない」物件として新たに入居者を募集する方法だ。人の死は常に発生するので、それを明らかにし続けるのはきりがない。だから、これまで裁判で争われた例を見ても、その建物内で死があった場合に、次の入居者にはその告知義務があるが、次の次の入居者には告知義務がないという判例が多いのだ。
ただ、その建物内での死が、「病死」だった場合は告知義務には当たらない。病死は「人が自然に迎える死」なので、それをいちいち告知していたらキリがない。ただ、病気で亡くなった場合でも、その死体が室内で腐乱してしまったのなら告知義務に当たる。やはり人間が腐乱した部屋には誰もが嫌悪感を持つものだ。あの部屋で死んだ白川達郎の死因は病死だから、本来告知義務はないと思うが、白川は腐っていたので念のために、今回はいつもの手口を使うことにした。
部長はその入居者役を俺に頼んできたが、白川の凄まじく憔悴した様子を目の当たりにした俺にはさすがに無理な相談で、結局、後輩の藤代がその役を務めることになった。藤代は霊感やオカルトの類など一切信じないタイプで、家賃や光熱費を会社が全額負担し、さらに特別手当が出ることを伝えると喜んでこの役に立候補してきた。
「藤代、お前、本当に大丈夫か?」 俺が尋ねると、藤代は生意気そうな表情で、「先パイ、何言ってんすか。先パイこそオバケが怖いって顔じゃないでしょ」 確かに藤代の言うとおりだったが、あの白川の顔を見たら誰だって腰が引ける。
「まあ、とにかく半年だ。半年間は家賃や光熱費がかからないし、半年なんてあっという間だからな」 俺がそう言うと藤代は、「いやー、出来ればもっと長く住んで居たいっすよ。あそこは建物が古いけど便利な場所だし、会社にも近いっすからね」 そこまで言われるとなんだか俺もちょっと損した気分になってくる。まあいい。俺があの部屋に住んだなら、ずっと白川のあの「鮮やかな顔色」が頭から離れないだろう。
二日後、俺は藤代の引越しを手伝っていた。202号室の室内はきれいにリフォームされておりピカピカだ。これなら築年数が古いこのアパートでも十分快適に暮らせそうである。
「もうこれでほとんど片付いたな。おい藤代、そろそろ休憩しようぜ」 ひと通りの荷物を運び終え、俺と藤代は煙草に火をつけ、窓際に座って缶コーヒーで乾杯した。
「でも、ほんと怖いっすね、腐食病でしたっけ? 生きながら腐っていくんでしょう? 俺、うつったりしないですよね…」 いつもになく神妙な表情で藤代がつぶやいた。
「ああ。大丈夫だよ、あれは伝染しないってよ。ある日突然発症して、2週間以内に全身が腐って死んじゃうらしいけど、伝染病じゃないのが救いだよ」 そう言言いながら俺は、すぐに白川の鮮やかな顔色を思い出した。青白くゲッソリと痩せ細ったあの顔。あのとき白川の身体は、その大部分が腐っていたのだろう。
「じゃあ、また明日会社でな」 日も落ち、辺りがすっかり暗くなった頃、俺は202号室を出た。隣の203号室を通り過ぎようとしたとき、俺は白川の話を思い出した。このドアの向こうには髪の長い女がいるかもしれない、そう考えたら背筋がゾクリとした。そのとき、微かだが203号室から何か物音が聞こえた気がした。「まさか…な」 俺は踵を返して202号室に戻って、藤代に声をかけた。
「藤代、あのさ、とにかく何かあったらすぐ俺に電話しろよ、な?」 そういう俺に、藤代は「先パ~イ、なんかビビらせようとかしてません? 勘弁してくださいよ~」 と言いながらニヤッと笑った。「お前なら大丈夫だな」 俺もニヤッと笑ってアパートを後にした。
翌朝、藤代は出勤してこなかった。俺はすぐにあのアパートへ向かった。
「呪地」 高ノ宮 数麻(たかのみや かずま) @kt-tk
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