第8話 競争

 俺たちの内側に人はいない。人を追う形で走ることになる。俺はあんまり好きではないが他の三人は走りやすいだろう。涼からバトンを受け取って良い形で歩に渡す。後は颯斗が何とかするだろうと感じているうちに、

「on your marks」

「set」

 知らない間に合図が始まり銃声と共に第一走者が走り始めた。少しずつ涼の走る姿が俺の方に近づいてくる。その姿から緊張と陸上競技部としての誇りが俺に重くのしかかる。あともう少しで走りださないといけないと感じた。しかし、どのタイミングで走りだしていいのか不安になり始める。遅いと申し訳ないし早く出て追いつかなくなるのも良くない。頭の中で整理が出来なくなるうちに、涼の姿が30m前まで来た。そこで、走っている涼と目が合う。その刹那に「Go」という言葉だけが俺の脳裏を通過した。その言葉を信じて俺は思いっきり走り始める。次に来る涼の言葉を信じて加速した。ある程度のスピードが付き始めたときに「はい」という声が聞こえた。この声と共に腕を後ろに伸ばしてバトンを受け取る。

 風を切りながら俺は走る。何人か外のレーンに居る生徒を抜いた気がするが何人抜いたかは定かではない。目の前で俺を見て待っている歩に最高の形でバトンを渡すことだけを考えていた。二走者まで、外のレーンの生徒は流石に距離がある。ある程度距離を詰めてれば、三走者の歩は何人か抜いてくれると信じている。歩が早めにスタートを切ってしまっても意地でも追いつこうと思っていた。そろそろ走っても良いと感じる瞬間に、しっかりと合図もなしで走り始めた。この瞬間しかないと感じたポイントで言葉を発し、バトンを渡す。応援の声を叫び歩の姿を目で追った。

 外側の生徒を何人も抜く歩の姿は光に照らされていたのも重なり輝いて見えた。一着争いが出来ている位置で歩は颯斗にバトンを渡す。まるで、部活の大会と見間違えるほど、一着争いは激しいものとなっている。応援の声を心の中で、激しく叫び目を凝らした。ゴールした後どちらが勝ったか自分がいる位置から定かではなかった。三走の歩と合流してゴールへ二人で向かった。観客席にいる生徒の熱気に気づきこの中で走っていたことに、より緊張の念を覚えた。その時に、颯斗の近くに二着を示す人が付き添っていた。歩と惜しかったという話をしながら涼と颯斗と合流した。

「勝てんかった。すまねぇ。」

颯斗が声を漏らす。当然、責める奴などいない。走ったみんながみんな満足していた。

「まだ、決勝いけるかもしれないし、自分の競技も頑張ろうぜ。」

俺は、少し陽気に声を返した。着順で決勝に進出する訳ではなく、タイム順上位8組が決勝に進むため、まだまだ進む可能性があるのは事実である。颯斗と1着争いをしていたクラスも当然3年生であった。やはり、上級生の速さを強く感じた。受験によって体がなまっている俺たち一年生は少し厳しいかもしれないと生徒の熱気に反比例して弱気になっていた。

 3人と解散して、部活の待機室に戻ると暑さにやられたのか少し気分が悪かった。水分を補給し、自分の仕事場に向かった。1時間後にある200mに向けて少し体を動かしながら仕事に取り組んだ。暑さの中、仕事に取組み部活の時の役員の人たちはすごいなと感じた。自分のクラスの子の担当になった時に、リレー惜しかったなと声を掛けられるのは、嬉しい反面悔しさもあった。

 200mの招集時間も近づき、集合場所に向かう。部活の先輩が何人かいて安心感を覚えた。太陽も真上に位置して、最大級の暑さが襲った。真上からの熱とタータンからも生まれる熱気に包まれていた。運よく200mの予選には、部活の先輩がいないため、リラックスして走ろうと考えていた。

 時間になり、スタート位置に向かい始めた。緊張の顔立ちで意識が少し遠のいていく。部活の先輩に決勝で会おうという声かけにも頑張りますと適当に返していた。その時にアナウンスが耳に入った。

 「8番1年7組までが決勝進出となります。みなさん頑張ってください。」

その瞬間、観客席にいる他の3人の方を向く。3人ともガッツポーズをしていた。3人に拳を向けると視界が明るくなるような気がした。観客席にいるかおるんと目があった気がしたが、そんな余裕はなかった。1年生唯一の決勝進出という喜びも今から始まる200mの影に隠れていた。

 スタート位置に着き、5組の俺は先輩が走る姿を目に留める。力を抜きつつもそれなりのタイムで走る先輩の姿に尊敬の意を抱いた。正直、リレーでの走りで体力がない。あっという間に自分の番になり、スタートの準備をする。リレー程の緊張感はないが、集中すると合図の銃声以外が耳に入らなくなる。同期の女子のスタートの合図で、俺は右足を思い切り前に出した。

 前半は力を抑えつつ走ろうと考えていた。しかし、考えていただけで俺はそんな器用なことは出来なかった。徐々に加速していき、一番内側のレーンにいた俺は前半のコーナーでトップに躍り出た。正直残り半分がきつかった。陸上競技部だと思われないほどに、歯を食いしばって、我武者羅に走った。ただ、早く終わりたいという気持ちでいっぱいだった。しっかり、1着でフィニッシュするとその場に倒れた。すぐに、起き上がりタイムを見ると決勝にいけそうなタイムであった。安心して笑みがこぼれる。それとは、対照に体はボロボロである。

 部活待機場所は日陰でとても涼しかった。唯一、照らされる光から逃れることが出来る場所である。ふと、携帯に目を向けるとリレーのメンバーからの頑張ろうぜのメッセージとかおるん、そして風夏からの応援メッセージだった。このメッセージ通知だけ見て、携帯画面を閉じ、仕事に向かった。その後行われた100m予選でも組1着で決勝進出を決めた。

 そして俺は、午後1番にある200m決勝の準備で集合場所に足を運んだ。

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