第7話 輝き
「もう五時半だぞ。」
俺は、元々六時に起きる予定だったので少し焦りながら、竹永、いや、風夏に声をかける。
「あ、嘘、ごめん。付き合わせちゃった。」
少し小声で申し訳なさそうな彼女の声が耳元で響いた。
「俺、そろそろ支度するから切るよ?」
「幅跳び。」
俺が予想もしなかった答えが返ってきた。
「私が出るのは、幅跳び。君が出るのはいろいろ。ふふ。頑張ってね、応援してるよ。」
彼女はその言葉を残して電話を切った。今、出る種目言うかよと少し笑いながら囁いた。彼女の応援があったからか天気が雲一つない快晴だからなのか。俺は、なんだか今日はいい日になるような気がした。別に風夏が俺に好意があるだとか俺が風夏に好意があるだとかそんなことは頭の片隅にもなかった。ただ、今までの時間が楽しかっただけである。その楽しみは睡眠不足の俺の体を動かしてくれた。まだ朝も早いし、少し体を動かしに行くか。俺は、練習着に着替え、家を飛び出ていった。
彼女の応援の言葉が頭の中で流れている朝の運動を終え、競技場に向かう準備をした。俺は中学の部活を思い出した。面白半分で大会当日にしていたルーティンみたいなものをし始める。
「I am a champion. We are champion. Win.」
鏡の前で胸に手を当て、俺は唱えた。一人でやると恥ずかしいし締まらないなと一人で突っ込みまでした。顔を両手で叩き、眠そうな顔を無理やり起こし玄関を開けた。太陽の光がスポットライトのように俺を照らす。いや、ねみぃという言葉を漏らしながら欠伸と共に駅に向かい歩き始める。イヤホンをしている耳に流れるのは、ショパンの子犬のワルツだ。元々クラシックを聴く自分に酔って聞き始めたが、すっかりその世界にのめりこんでしまった。
15分ほど歩くと、俺は駅に着いた。乗車時間までは時間があったので、コンビニとかいう魔法のお店で、俺はエナジードリンクを買った。陽ざしが照り付ける中、駅に向かっただけで少し体調が悪い。圧倒的に寝不足に寄るものだが、エナジードリンクで誤魔化そうとする現代人感溢れる行動である。
しっかりとして競技場で行う陸上競技大会に驚きと胸のときめきを隠せないが、眠そうなこの顔からこの感情は読み取れないだろう。歩くだけで汗が流れる気候で俺は生きていけるのだろうか。空の輝きをここまで鬱陶しいと感じたことは無い。競技場に着くと何人かの部員は居て、ぞろぞろと集まり始めた。緊張して寝れなかったと本当のような嘘を部員に漏らし、陸上競技部として、準備を進める。
大会の準備を進める中で、知らない視点から陸上を知ることが出来て、嬉しかった。模範的な陸上競技部員だと自画自賛を心の中でしながら手を動かす。そして、当日の流れをミーティングで確認する。一番最初の競技がリレーであることを思い出した俺は少し緊張していた。2走という観客席から一番遠い場所でよかったなと謎に安心感を覚える。クラスの待機場所に向かうとリレーのメンバーである涼、歩、颯斗の三人が輝かしい顔で話していた。ちゃおという軽い挨拶で、輪の中に入ると颯斗が笑いながら言葉を発す。
「すまねぇ、スニーカーで来ちゃった。なんとかするわ。」
「頭おかしい。」
歩が即座に反応する。颯斗は俺の次に速い奴だったので、アンカーに置いていた。更には俺の睡眠不足が加わってくる。本当に大丈夫なのか心配になってくる。
「大丈夫。俺、寝てない。」
「こいつも頭おかしい。」
当然歩の素早い突っ込みが返ってくる。涼の顔は緊張からか空に浮かぶ雲のように白い。
「決勝いけるでしょ。」
颯斗の声が俺たちの輪の中を通過した。誰もその言葉を否定するものはいなかった。各々緊張した顔立ちであったが清々しかった。俺らの気持ちに応える太陽の光も強さを増していた。
開会式が始まった。校長先生の話も実行委員長の話も正直頭に入ってこない。というかどうでもいいと感じていた。ラジオ体操を全体でしている時も暑さから意識は遠のいていた。意外と体やばいかもなぁとひしひしと感じていた。ラジオ体操が終わると自分たちのクラスの待機場所に戻っていく。俺は部活の待機場所に本日二度目のエナジードリンクを補給しに行く。その途中声を掛けられる。
「リレー頑張ってね!」
かおるんの声だった。輝かしい光に照らされた彼女の笑顔は女神と等しかった。この言葉で俺は今日頑張れる気がした。ただ、暑さで思考が働かないことにより、面白い返しは出来なかった。不愛想に任せてと言葉を返した気もするし、なんとかなるとぶっきらぼうに返した気もする。
最初の種目は女子のリレー。意外とこの学校行事も盛り上がるんだなぁと心の中で思った。メガホンを作り応援する女子。クラスの選手の名前を叫ぶ男子。多様な生徒像が観客席に浮かぶ。その姿を片目に競技に目をやる。やはり、先輩は速いと感じた。受験により動いていなかったということが容易に想像できる新入生の姿はこれから走る自分の鏡かもしれない。その恐怖が少し実った。
俺は男子リレーの集合場所に向かう。そこに当然他の三人は居た。2、3年の体つきに比べやはり小さく見える俺たちの体は可愛かった。最初の組の2レーンである俺たちは何を考えていただろう。女子の競技も進み俺たちは移動をする。自分たちのスタート位置に向かって歩き始めた。
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