第5話 灯

「俺、田中が好き」

 俺は、目が出た。声は出なかった。ここにきてこの報告が来るとは思えなかった。俺は、声のかけ方に迷う。俺も好きとは言えないし、素直に応援できる気もしない。片思いの女の子を取るか、親友を取るか。

「速いな。頑張れよ。応援するし、手伝う!」

 この言葉が出てしまった。自分も諦める気はなかった。しかし、友達と好きな人が被ってしまったことに、驚いた。そこで、謙虚さが出てしまった。心の中では、俺が、付き合いたいと思っていたが、始まったばかりの学校生活で友達との関係を崩したくなかった。光のない夜から音までもが消えた。俺の世界から色が無くなった。春の花によって彩られた俺の恋景色がはかなく散った。

 歩は駄弁っている公園に向かうといった。俺は、そんな気分じゃなかった。今すぐに黒と白に変わったこの地元の世界観から抜け出したかった。賑やかだった駅への道と同じ道を辿る。同じ建物が並んでいるはずなのに、知らない町のようだった。初めて知らない町へ訪れた時と同じ気分である。そして、時間がどれぐらい経ったか定かではない合間に自分の部屋に着いた。

 心をふさいでいた何かが今はない。入学式で現れた感情の行き場に困る。無表情で部屋に座る。部屋の中で、ぬいぐるみたちと同化する。今頃、二次会は盛り上がっているだろうか。その感情が辛うじて沸いたが、そのことになにも思わなかった。モノクロの部屋にぬいぐるみと俺だけの空間。俺は、諦める選択肢を行使する必要性があるのかを自分に問う。確かにそうだが、もう追いかける気力も失っていた。しっかり、歩を応援する気持ちは出来ている。ただ、心の穴を埋め合わせれない。

 もう寝て、この惰力を抑えようとした。その時に携帯が光る。部屋が暗いのか、色が消えていたからなのかその光は鮮やかに点滅する。誰かから連絡が来た時に光る色である。俺は、暗闇の中その携帯画面を薄目でみる。

〈今日はありがとう!楽しかったよ!これからもよろしくね~しゅんしゅん笑〉

かおるんからの友達追加のシステムメッセージにも驚いたが、この連絡に冷静さを保つことも難しい。俺は、みんなに連絡していることは、分かっていても嬉しさを隠しきれない。知らない間に涙がこぼれていた。悲しくて、嬉しくて泣いている訳ではない。ただ、自分の身に起きた情報が整理できていない。だから、どの感情を出していいかわからなかった。その結果、涙が零れる末路を辿った。少し、気が楽になった。そして、携帯を抱えながら俺は、眠りについた。

 夢の中で、俺は、彼女に出会った。出会った時のように鮮やかなオーラを放っては居なかった。しかし、普通の女子とは違う雰囲気を醸し出していた。片思いの別れを誘い出すように彼女が手を振りながら遠のいていく。やっぱり、彼女が好きだという言葉を俺は、その夢の中に置いてきた。

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