第4話 現

 目が覚めた。俺は、時計を見る。7時30分を時計は指し示す。普通の人なら、寝坊の時間なんだろうか。この感情を持つほど、俺は今冷静である。当然、家が近いからだ。俺は、昨日帰るや否や眠ってしまった。正直、打ち上げの参加の連絡をしたのか定かではない。恐る恐る携帯画面に目を落とし、確認する。その時に、カーテンの隙間から日が差し始めた。

 まだ、カーテンを開けてないことに気づいていない俺は、参加のスタンプを押していた事に安堵を覚える。当然、仲の良い男友達も、田中もスタンプを押していた。そして、昨日のバスでのことを思い出した。

 歩に声かけられた後、また、人狼をしようと男の中で盛り上がった。しかし、打ち上げの内容をSNSで確認して、バス酔いをした俺は、参加しなかった。「遠くを見なくては」そう感じ隣にある窓をそっと見つめた。何もない田舎町だなぁ。今、どこら辺を走っているんだと疑問を抱いていると、何か視線を感じた。特に、気にはしてない。男が歩の反応が面白いし、人狼でも疑っているのだろう。そう感じただけだった。そして、バスは、トンネルへと吸い込まれる。

 草と田しかない道から暗闇と光が点々としている世界。そこで、窓越しに女子と目が合った。一瞬、こっちを見ているとかではない。凝視されている。目が合っていることが分かっても、それが誰かわからない。俺は、何事もなかったかのように、少しずつ歩の方を向く。すると、女子は、慌てて目先を隣の女子に移し笑っていた。しっかり顔を確認したが、当然田中以外の女子で顔が一致しているなんて数人であるし、分かるはずもなかった。

 打ち上げの参加者を見ても、その子が参加していることはわからない。だから、今日学校で探してみようと思う。まるで、犯人捜しみたいに聞こえるが、そんなわけでもなく、ただの興味だ。問いただそうとも思わない。そして、俺は、朝食を腹に流し、制服に袖を通した。

 俺でさえ、気持ち早く教室に着くのに、歩と颯斗は俺よりも早く教室に陣取っている。

「うっす。」と簡易的な挨拶を済まし、カレー作りの次の日に学校があるのは、めんどくさいと愚痴を三人でこぼしていると、そこに柏木 涼が来た。当然、この三人も、今日の打ち上げに参加する奴らだ。こいつらは、遺伝子タイプが似ているのか、友達作りが下手な俺とすぐ気が合った。きっと、これから先も仲良いままでいると思う。四人で談笑をしていると、着々とクラスメイトが教室に集まり騒がしくなる。

 廊下側を気にしながら話していた俺は、一人の女の子が目に入る。「あの子だ」昨日のバスの女の子と完全に一致した。その子がどこに座るのかを目で追う。すると、驚いた。何に驚いたのだろう。ただ、田中の後ろの席に座っただけなのに。きっと、いつものように田中を見ていたのにその後ろの子すらわからないなんて、と自分に憐れの念を抱いた。

 さりげなく、教台に向かい座席表を確認する。このご時世に、個人情報が駄々洩れでいいのかと疑問を抱いたが、そんなことよりも、俺は名前を確認する。

               竹永 風夏

 この四文字がそこには並んでいた。夏の風か。誕生日は俺と同じ夏なのかななどと枝葉末節な言葉を口に出しそうになり、慌てて咳をする。顔は中の上くらいかなぁと一人考えていると、朝のチャイムが鳴り響く。それは、8時40分を指し示す。

 朝の海老山の話も一時間目の英語も二時間目の数学も頭に入らず、それら以降の授業も、まるで春風が町中を震わせるように頭の中を言葉が通過する。気付くとお昼の時間になっていた。いつも、男たちで群がって華のない中、昼食を摂る。しかし、今日の話題には華があった。『誰がクラスの中でかわいいか』女子からしたら、勝手に判断され、受け入れがたいものがあるだろうが、学生の会話あるあるだろう。女子も今頃そういう話をしているような気もする。鳥がのどかに鳴く窓側を背に男子はいつも以上に密になる。

 まだ、俺以外が「好き」という感情を抱いているとも思わないが、誰がどういうタイプなのかを確認できるし、田中がどれくらい人気なのかも知れるし面白いと思った。ここでも自分の名字を恨んだが、この困ったら出席番号順制度失くせと心の中で叫びながら、俺は戸惑っていた。田中の名前を出したいが、気にされるのも嫌だ。咄嗟に口から飛び出したのは、「菜月かな。」

 仲いい女子がこいつしかいないこともあったが、一番誤解を生む解答だったと気づいたのは、周りのテンションが上がったからだった。カレー作りの出来事が多くの人に見られていたことを忘れていた。付き合っちゃえよという野次をめんどくせぇと感じ、適当に解答を歩たちに促す。そこからは男たちで盛り上がっていたので細かいことは覚えていない。驚いたことに田中の人気度は高かった。半分は言い過ぎかもしれないがそれほどの人数が話題に挙げていた。

 しかし、そこには打ち上げを提案した陽気な女の子たちの名前が挙がっても、竹永や菜月の名前は挙がらなかった。そのことに疑問視を抱けずに、田中が人気なのかぁという事で頭がいっぱいだった。なんやかんや盛り上がっている最中、終わりの合図を表すチャイムと共に静けさが戻った。午後の授業も当然身が入らない。五時間目と六時間目の間の休憩で、打ち上げの開始時刻と集合場所の連絡が来る。この連絡で空に浮かぶ雲になっていた俺の心に現実味が現れた。そして、放課になった。

 少し時間が空くのもあり、家に帰るか迷っていたが、教室で男たちに流され駄弁ることにした。俺は、心の中でどうやって交流を深めるかばかりを考えた。そして、約束の時間が来た。俺たちは、校門の前に向かい、そのままファミレスへと向かう。道中の会話なんて覚えてもないし、興味もない。鳴いているのが鳥なのか歩なのかわからないほどに緊張もしていた。片思いってこんなものだっけと自分の胸に問いただす。

 現地に着くと女子たちはもう着いていた。そこに輝いている彼女がいた。やはり、彼女は可愛い。けど、男の中にこう思っている人が多いと考えると少し落ち着かない。店内に入り、注文をしていく。当然、男女で分かれて席に向かう。各自、注文したものが店員から運ばれるとそれを片目に盛り上がる。女子は女子で色んな話をしている。俺ら男子はというと当然人狼である。男子高校生は人狼しかしないのか。携帯を回しながら誰が人狼なのか疑心と共に言葉を偽る。このゲームは偽りと真実を見極める現代の情報社会を象徴している。そして、何戦かしたところで、陽気な女子が陽気な男子に声をかける。席替えの提案だ。交渉はあっさりと受諾され、この世界と流れが違うことに感謝しつつ女子側の席を見つける。田中が動くのか動かないのかそれを予測することで精いっぱいだ。彼女が動かない感じを察知し、陽気な男子がこちらに提案を投げてきたときに、動くわぁという声をかけ、さりげなく彼女に近づく。適当に陽気女子の提案で、自己紹介を交えながら、中学の話でもしようという事になった。ここで。俺は菜月や竹永がいないことに気が付いた。それが、どうかしたわけではないが少し寂しかった。

 時間が少しずつ経ち、田中の話になる。

「中学の時は、かおるんって呼ばれてたこともあったかなぁ。」

「じゃぁ、かおるんって呼ぶわ!」

俺は、田中の言葉にその場の勢いとノリで言葉を流してしまった。田中は照れながら恥ずかしいよと言葉を漏らした。その姿はとてもかわいかった。これで打ちとけただろう。すると、次になんて俺が呼ばれてたのかを問いてきた。だから、駿って呼ばれてたと答えると、

「じゃぁ、しゅんしゅんだ。」

元気よく答えてきた。この言葉に胸を撃たれない男子などいるはずがない。みんなでこの話で盛り上がっていると、時計は21時を指し示す。

 そろそろ、空も暗くなり、店の外の音も静まり返ってきた。明日も普通に学校があることなので解散をすることにした。何人かは二次会として、公園で駄弁ろうという事になっていた。しかし、かおるんが帰るので、かおるんを含む女子を地元の俺は駅まで送ることにした。一人は心細いので歩も連れてくことにした。

 五、六人で歩く地元は新鮮だった。いつも見ているはずの風景なのに、無駄に気持ちが昂る。これもかおるんが原因だと思うと、夜風が火照った俺の顔を冷ます。みんなで、会話しながら歩道橋を上る。

「かおるんって意外と小さいんだな。」

「そんなことないから!!まだまだ伸びるし!」

くだらない言葉を投げかけた。駅までの道も少なくなり、俺の楽しみも無くなるのが目の前になった。夜の暗さがより一層、俺の淋しさの感情に付け込んでくる。ずっとこの時間が続くといいのに。そう、流れ星に願いたかった。その願いが叶うわけでも、流れ星が流れる訳でもなく俺らの終着点にたどり着く。

じゃあなとみんなで別れの挨拶を交わし、女子たちは、電車に向かっていく。その後、姿が消えるまで手を振っていた俺と歩は、音のなくなった世界を心細く思う。そして、歩が口を開いた。

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