第84話 それでいいかな

 天気は快晴。

 もう春かなと思う位に暖かい陽気だ。

 家を出て一番近い入口から短絡路内をちょっとのぞいてみる。

 あれだけいた疫神がきれいさっぱりいなくなっていた。

 やはり今朝感じたのは疫神を祓った衝撃だったようだ。


 一度外に出て、それからスマホを取り出す。

 SNSで愛梨宛てに『今日遊びに行っていいか?』と打って、頭を下げている熊のスタンプと共に送信。

 返事が返ってくるまでちょっと散歩でもするとしよう、ちょうどいい天気だし。

 なんて思っていたらすぐに返信が来た。

『ダーリンだったらいつでも歓迎!』

 更に『カモーン!』なんてやっている謎生物のスタンプも一緒だ。


 なら行くとするか。

『これから出ます』と送信して短絡路へ。

 隣の駅が最寄りの愛梨の家までなら短絡路でもそう歩かない。

 歩いてせいぜい1分程度ってところだ。

 本日はそのまま愛梨の家の敷地内にある出口から外へ。

 家の中にも出口があるが流石にいきなりはまずいだろう。

 ここの出口はカーポートの影で他からは見えにくい。

 一度門から外に出て、それからインターホンのボタンを押す。


「ダーリンどうぞ」

 俺ととっくにわかっていたようだ。

 このインターホン、カメラ付きだからかな。

 まあ俺もこれくらいの距離なら愛梨は気配だけでわかるけれど。

 とりあえずもう一度入り直して玄関へ。

「いらっしゃーい」

 俺があける前に中から扉が開いた。

「おじゃまします」

 中へ入る。

「ダーリンが自分から来てくれるの初めてだよね。何かあったの?」

 そう言えばそうだなと自分でも思う。

「今朝、大祓のような衝撃を感じたから短絡路の確認ついでかな」

「そう言えば大祓の様子、ネットに出ているよ」

「どれどれ」

「いつものパソコンで今見ていたところ」

 いつものリビングでまずはパソコン画面を確認。


「何かコメントを飛ばせるところなんてまるでニ●動だよな」

「一応陰陽寮正規の動画らしいけれどね」

 日本史の教科書に出てくるような恰好の皆さんが何か儀式をやっている。

 儀式そのものの様式は俺にはわからない。

 ただ儀式そのものの意味と力は画面越しでも何とかわかる。

 これって、ただ祓う儀式とはちょっと違うような……

 俺と同じ疑念を持った奴がネット視聴者にも何人もいるようだ。

『これって明らかに例年の大祓と違うんじゃ……』

『どちらかというと呪い返しじゃね』

『調伏にも近いけれど、やっぱ呪い返しだよなこれは』

 俺には祝詞の内容とかはわからない。

 でも確かに万民の穢れを祓うというのとは違う感じだ。


「確かにこれって普通に穢れを祓うのとは違う感じだよね」

「愛梨もそう思うか」

「ダーリンも?」

「ああ、呪い返しの儀式なんてしらないけれどさ。もし呪い返しの儀式というのがあるのなら、こんな感じのエネルギーの扱いになるだろうと思う」

 清める波動を日本国に振りまくという感じではない。

 この種のものを集めて送り返す、そんな感じに見えるのだ。

「その辺は明日放課後、誰かに聞けばわかるんじゃないかな」

「それもそうだな」

 俺の場合は朝、木田余あたりに聞けば教えてくれるだろう。

 一応あれでも全知持ちだしな。


「そう言えば勉強していたのか、教科書とか色々出ているけれど」

「うん。期末が学年10番以内なら来年度から1組にしてくれるって約束だから」

 そう言えば愛梨、一般クラスとしては驚異の順位を続けてきていたんだよな。

「愛梨に負けないようにしないとな。毎回あと一歩という処だし」

「それだけれどね。ちょっとダーリンに謝りたい事があって」

 何だろう。

「物理の先生と英語コミュニケーションの先生をのぞけば大体は教科書プラスα程度の処から問題を出すじゃない」

「そうだな」

 物理と英コミは『実際に出た入試問題でぎりぎり今の知識の範囲で解けるもの』を選んでくるというサド的な試験問題を出すから。

「だから私の邪視で見て、試験に出る可能性が高い場所を最初に選んでおくの。つまり能力を使って確実に当たるヤマを張っている訳。だからごめん、私の試験の点数、ある意味実力以上ってところがあるかな」


 おい! それは反則だろう!

 そう思いかけたがちょっと待てよと思う。

 例えば木田余の全知だってそういう意味では反則だ。

 そう考えれば能力もきっと実力のうちだろう。

 無論カンニング能力とかそういうのは除いてだ。


「あと透子さんも多分似たような魔法を使っていると思う。勉強している場所がほとんど同じだったから。透子さんは翻訳魔法も持っているって言っていたかな。他に桜さんにも一応この範囲は毎回教えているの。あまり効果は無いみたいだけれど」

 前言撤回。有明透子は許さん!

 無論本人の前では言わないけれど。

 桜さんについてははあ、ご愁傷様というところだろう。

 範囲がわかってもその内容が完全に理解できていないと高得点に結び付かない。

 うちの試験問題は大体において素直ではなく意地悪なのだ。

 そういう意味では愛梨の実力は本物だと言っていい。


 それにしても俺とかやはり1組の白鳥さんとか中貫さんとかはお疲れ様。

 こんなチート能力を使う連中を相手に毎回試験を戦っている訳だ。

 ある意味それって浮かばれないよな。

 でも俺は決めた。

 打倒有明透子の為には手段を選ばない事にする。

「なら愛梨、古文と英語2科目の範囲教えてくれ」

「うんと、ちょっと待って……」

 ごそごそと愛梨はコピーだのメモだのを出してくる。

 チート能力も使っているけれど努力家なのも間違いないよな、愛梨は。


「あとごめん、英コミについてはさっき言った事情でヤマはりはうまくいかない」

 ああ俺の最も苦手な教科はチートの恩恵にあずかれないのか。

 でもそういう事は、愛梨の英コミの点数は実力という事だ。

 そう言えば確か、魔女関係について英語の文献を調べまくったから英語は得意とか言っていたっけ。

 うーん。

「何なら桜さんも呼んで勉強会をやるか。明日からの放課後」

「何回か放課後やってみたけれど桜さん、微妙に飽きっぽいしなあ」

 そうなのか。


「あ、そう言えば今日、お昼食べる? 一応ある程度用意はあるけれど」

「お願いしていいかな」

 家で食べるより愛梨が作った物の方が美味しいしな。

「わかった。じゃもう少ししたら支度するね」

「何なら手伝おうか」

「ならお願いしようかな。将来の為にも……」

 何だその将来の為ってのは。

 何か色々疑問に思いながらも、取り敢えず出してもらった古文の範囲を一通り多機能プリンターでコピーさせてもらう。


 ◇◇◇


 お昼を食べて勉強会してそして。

「今度はプリンなんだ」

「結構色々作れるんだな」

「簡単なのが多いけれどね」

 なんて3時のおやつを頂いている時だ。

「ところでダーリンに一つ質問していい?」

「何?」

 今、愛梨は俺の横に座っている。

 彼女は何かためらうように少し間をおいて、俺の方を見ないまま口を開く。

「ごめん、ちょっと怖いけれどどうしても聞きたい質問だから正直に言ってね。

 ダーリンにとって私ってどんな存在なのかな。恋人なのかな、大事な友達なのかな。それともただの友達なのか、単に課外活動が同じだけなのか。

 私に気を使わなくていいから正直に答えて欲しいな」


 難しい質問だ。

 ただ愛梨にとって大事な質問なのだろう。

 だから出来る限り正直に答えようと思うけれど……


「わからない」

 でもその台詞だけじゃ愛梨も訳がわからないだろう。

 不安になるかもしれないしそもそも充分じゃない。

 だから続ける。

 うまく説明が出来ないかもしれないし、かなり恥ずかしい事を言ってしまうかもしれないけれど。


「愛梨の事が好きか嫌いかと言われれば間違いなく好きだと思う。考え方も好きだし努力家なところもそう。前に言った勉強が出来て中肉中背、髪は黒色で出来れば長髪なんてのもまあ、確かに当てはまっているし。

 ただそれが恋という形で好きなのか、友達として好きなのかというのは正直わからない。そもそも恋と友情の好きの違いというのも正直わからないし。愛梨に女性としての魅力が無いかと言われれば正直充分あると思うし色々感じる事もあるけれど、だからそれが恋なのかそれとも単なる本能なのかは断言できない。ただ傍にいてくれると嬉しいし傍にいて欲しい。

 ごめん、うまく言えないけれど」


「ダーリンらしい生真面目な答えだよね」

 愛梨が微笑する気配がする。

「でも今はまだその答えでいいかな。私としても」

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