第83話 騒動終わりの噂

「いやあ、真鍋もやるときはやるものだなあ」

 翌朝、教室で木田余にそんな事を言われる。

「何の事だ?」

「昨日午後0時30分過ぎ、中央町1丁目付近で……」

「おい待て」

 何の事がはっきりした。


「見ていたのか」

「翠さんと、特等席でばっちりと」

 おい!!

 あれは予定では黒歴史入りになる事案だ。

 よくもまああんな恥ずかしい言動やったなと赤面しそうなくらい、台詞も行動も全て含めてだ。

 既に大和先輩には散々からかわれいる。

 その上、木田余まで……

 よし決めた!


「今すぐ選べ。死ぬのと殺されるのとどっちがいい?」

「謹んで辞退する」

 こら大人しく介錯されろ。

 それにしてもだ。


「何でそんなの見ていたんだ?」

 その方が俺は不思議だ。

 何せ真っすぐ帰ったらとっくにあの辺は通り過ぎている筈。

「全知の能力なめるなよ。一部始終把握した上で翠さんの能力でマンション3階に移動して、走り始めた処から抱きしめたところ、最後に4人に出迎えられたところまで全部見た。更に言うと動画撮影もしている。翠さんの能力で家から例の一眼レフと三脚持ってきてな」

 なん、だと……


「やっぱり今すぐ死ね」

「甘いなここで殺人なんて真似、真鍋に出来る筈無いだろう」

 いや木田余それは甘い。

「生物的に死ななくとも存在を抹殺する事は出来る。例えば放課後休日問わず3年の御嬢様系美人系な先輩とイチャイチャしている事を大々的に公表するとかな。今まで何回お泊り会やったんだ。少なくとも5回以上は翠先輩から報告受けているぞ」

 あれはあれで迷惑な惚気なのだがそれはそれとしてだ。

 今は俺と木田余は秘話モード、つまり教室で普通に話しているように見えるが内容は周りに伝わらないという術式を使って話している。

 でもこれを破るのは簡単だ。

 意識して大声で話すだけ。


「休戦しよう」

 木田余、あっさり降伏。

 こいつは翠先輩とつきあっている事を隠しているからな。

 まあ実際どこまで進んでいるのかまで俺は把握していないけれど。

 基本的にピアノ弾き語りとかだべりあいらしいし。


「そう言えば疫神対策、いよいよ大詰めを迎えるらしいな」

 おっとそれは初耳だ。

「どんな感じにやるんだ?」

「今回の疫神の真名が判明したらしい。それでまもなく天皇陛下主催、宮内庁陰陽寮及び神社本庁共催で臨時の大祓をやるんだと」


 うーむ。

 ちょっと疑問が。

「同じ種類の疫神って真名が同じなのか?」

「自然発生した疫神は違うけれどな。今回は人工で疫神を作り出してクローニングしたような代物だから真名は全部同じだ。

 元々は感染させて敵国の国力を落とす目的で作られたものらしいけれどな。作った当の施設の管理不足で自国内で漏れて、それならという事で各国に移動魔法だの短絡路だのを使ってばらまいたらしい」

 なんとも酷い話だ。


「それでその儀式をやれば疫病の流行も終わるのか?」

「ウィルス自体は残るから疫病そのものは消えないさ。でも感染力はかなり弱まるし重症化もしにくくなる。何より変異しにくくなる分医学的な対策が効果的になる訳だ。勿論ある程度は従来の疫神で流行するだろう。それでもまあ、普通のインフルエンザ程度では済むようになるんじゃないかって話だ」

 なるほど。


「それにしてもそんな話、良く知っているな。それも全知の能力か?」

「全知の能力というのも何段階かあってさ、俺の全知はまだ初歩段階、居ながらにして全てを知るなんて事は出来ない。ただニュースだの噂だの誰かの会話だので情報を拾ってくることが出来て、その真偽が判断できる程度のものさ。まあそれを含めての質問なら確かに全知の能力で得た訳だけれどな」

 どっちにしろ俺の参考にはならないだろう。

 木田余だからこそ出来る事だ。

 授業開始のチャイムが鳴る。

 同時に先生が入ってきて、私語終了の時間だ。


 ◇◇◇


「全知持ちでピアノも私より数段うまくてまさにあの狸先輩と同じなのに、何故かもっくんの事は憎めないのですわ……」

 今日も翠先輩が惚気ている。

 以前は大和先輩辺りにだけだったのだが、最近はここ準備室まで来て惚気ている始末だ。

 なおもっくんとはもちろん木田余の事である。

 フルネームが木田余杢彦もくひこだからだろう。


「そう言えば今日は木田余は一緒じゃないんですか」

 一緒だとここには来ないからな。

「もっくんはバイクで移動中ですわ。もう少しで家に着きますからそうしたら合流しようと思っています」

 奴は自宅からJRの駅までバイクで通学している。

 おっさん専用実用仕事バイクことスーパーカブでだ。

 この辺のセンスは木田余らしいというか高校生離れしているというか……


 本人に言わせると、

「これだけ便利で燃費が良くて扱いやすいバイクは無い」

らしいのだけれど、普通の高校生はもっとスポーツ系のバイクかスクーターを選ぶと思うのだ。

「なんだったら先輩の移動能力で送れば早いと思いますけれど」

「移動もまた情報収集の手段という事で、雨の日以外はバイクと電車バスで通学しているのですわ。確かに生の情報を得るには人が必要ですから。

 あ、そろそろ着くようですからこれで失礼しますわ」


 翠先輩が消えたところであちこちからため息。

「何か翠先輩、色んな意味で変わったよな」

「同意」

 先輩2人はそういう意見。

「どんな風に変わったんですか」

 そこまで翠先輩の事をよく知らないので聞いてみる。

「前はもっと尖っていたというか、つんつんしている感じだったな。安浦先輩とはよく喧嘩していたし。間違えても人に惚気話を言うような人じゃなかった事は確かだ」

「平和になった」

 なんとなく言っているニュアンスは伝わってきた。 


「そう言えば日本からあの疫神を祓う儀式をするらしいですよ。あの疫神の真名がわかったとかで」

「ならそれで疫神騒動も一段落するな」

 大和先輩はそう言って頷いた後、

「でもそれ、どこから聞いたんだ?」

と質問してくる。


「木田余からですよ。情報源は教えてくれませんでしたけれど」

「全知の持ち主ならガセじゃ無いだろう」

 大和先輩は頷く。

「これで彼岸のバイトや春合宿は大丈夫だな」

「思う存分お肉が買える……」

 最後のは勿論有明透子だ。


 ◇◇◇


 そしてそれから3日後の早朝。

 地震のような振動で俺は飛び起きた。

 地震じゃない、それはすぐ気づいた。

 これは魔力とか魔法とか術式とかを使った波動だ。

 有明透子がかつて使った現実改編にも少し似ているけれど、それよりずっと強く深い振動のように感じる。

 そうか、これが疫神祓いの儀式か。

 何となくそれはわかった。

 今日は日曜日だ。

 ちょっと愛梨の家にでも短絡路経由で出かけてみよう。

 疫神もいなくなっているだろうから。

 そう思って、そして俺はもう一度横になる。

 不死者ノスフェラトゥは朝に弱いのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る