第82話 俺は問いかける

 冬休み中は勉強がはかどった。

 特に英語と古文を中心に今まで習った範囲を完全に復習しなおした。

 ついでに問題集も薄いのを各教科1冊ずつ完全にクリアした。

 これで今までの範囲は完璧だ。

 次の業者テストこそ単独2位になってやる。

 木田余を抜けるとは思えないので目標は単独2位。

 もっと具体的に言うと打倒有明透子だ。

 そう思って、そして何か引っかかったような気がした。

 だがその何かがどうしても思い出せない。


「こういうのって案外気になるんだよな」

 そう思いつつ家を出る。

 自転車でダッシュすればすぐ駅だ。

 本年初登校日にして既に電車の込み具合はいつも通り。

 ただふと何か物足りないような感じがする。

 そもそも電車に乗って何か物足りないというのは変な感覚だ。

 座れてラッキーとかそういうのはあるだろうけれど。

 気のせいだ。そう決めて俺は単語帳を取り出す。

 俺は暗記物が苦手。だからこそ英単語を早いうちに人の倍覚えてやる予定。

 そう思って頁をめくるが何か気がのらない。

 これは冬休みボケという奴かな。

 そう思いながら1個でも単語を覚えようとあがいてみる。


 電車を降りたらバス停へ行く前にコンビニへ。

 今日の学校の日課は午前中だけだけれど、どうせ準備室で研究会の連中とダラダラするだろうから飯くらい買っていかないと。

 めんどうだからパン2個とパック豆乳でいいか。

 ささっと手に取ってレジに並ぶと思った以上に人が多い。

 前もこんなに並んだかな。今日がたまたま混んでいるだけかな。

 そう思いつつ買い物してバスに駆け込み学校へ。


 ◇◇◇


「どうした正利」

 放課後、第一化学準備室。

 パン2個と豆乳180ミリパックというささやかな昼食を食べている俺に大和先輩が問いかける。

「どうしたって何がですか?」

「冬休みボケというにも何か妙な感じだぞ」

 気付かれたか。

 ここの部屋でもまた何か違和感を感じるのだ。


 俺はクリーム入りスティックパンをかじりながら部屋を見回してみる。

 部屋内の様子は一見いつもと変わらない。

 大和先輩、川口先輩、桜さん、有明透子みんないる。

 都和先生は相変わらず陰陽寮出向中だが基本的にこの部屋には先生は来ない。

 顧問代行の田土部先生も何か用事がある時以外はこの部屋に来ない。

 だからいつも通り。なのに強烈に違和感を感じる。

 違和感の中身は何かが足りないような、もしくは失ってしまったかのような感じ。

 はっきりと断定できる程の形は無いけれど。


「違和感というか喪失感というか、何かが足りない感じがしませんか。俺もうまく表現できないですけれど」

 取り敢えず聞いてみる。

「真鍋君も? 私も今朝から感じてる。何故かはわからないけれど」

「私もです」

 有明透子と桜さんも感じている模様。


「冬休みボケだろうと言いたいところだがな。言われてみれば確かに私もそんな感じがする。気のせいと言うにはちょっと見過ごせない程度に」

「待て」

 川口先輩がカードを繰り始める。

 相変わらず見事な手さばきだ。

 ほどなくカード数枚を繰り出す。

「原因は聖杯5正位置。何かの喪失。その対象は聖杯3正位置、友人または同種の集い。問題解決はワンド8正位置、迅速な行動。更に行くべき場所は……」

 更に数枚カードを取り出し、頷く。

「行こう、全員で」

「そうだな」

 大和先輩が立ち上がる。

「多分何かが起きている。突き止めに行くぞ」

 ばたばたっと周りを片づけ外へ。


「香織、道案内頼む」

「承知。気配魔力隠蔽頼む」

「ほいきた」

 大和先輩が魔法を発動。

「短絡路を通る。疫神が多いから会話禁止」

 香織先輩はそう言うと専門教室棟の裏側からあっさり短絡路へ。

 確かによく見ると気付きにくいちいさな歪みがある。

 俺1人だと気付かない位の小ささだけれど。

 短絡路の中にはやっぱりあちこちに疫神が見える。

 でもどれもこっちを見ていないようだ。

 大和先輩の魔法のおかげだろう。

 目を合わさず川口先輩の後を歩いて外へ。


 駅近く、線路沿いの細い道だ。

 マンション工事が終わって今は遊歩道風に工事中。

 だが今は休工中と看板が出ていて工事が中断されている。

 でも工事資材のおかげで俺達の不意の出現を見とがめる人はいない。

 ふと思う。

 確かあの時はまだマンションの鉄骨を組んでいる状態だったよなと。

 あの時が何かは思い出せない。

 でも何か思い出せそうな気がする。


「ここからは正利の出番」

「了解です」

 川口先輩の台詞に俺は頷く。

 何故かはわからないが行くべき方向はわかるような気がする。

 疫の反対側、もっとマンション寄りだ。

 俺は歩き出す。

 そう、この場所だ。この場所で始まった何か。

 俺が忘れている、足りないと感じているものはそれだ。

 この道は駅近くなのだが人通りは少ない。

 でも学校から住宅街の静かな通りを選んで歩いてくれば、この向かいから歩いてくる事になる。

 大通り経由に比べて誰かと話ながら歩いてくるにはちょうどいい。

 あとは人目につかないように歩いてくるのにも。


 前方路上に登或とある学園の制服を着た女子生徒が立ち止まって辺りを何か見ている様子。

 やや明るい色の髪の一見ギャル風、群れていないで独りだ。

 何かが聞こえたような気がした。

 ギイイィィ……

 何かがきしむような嫌な音。

『何だ、クレーンが変だぞ!』

 遥か上方から聞こえたそんな叫び。

 勿論今の事じゃない。

 多分以前の出来事だ。


 でも俺は走り出す。

 そうすれば失った何かに追いつけるような気がして。

 そうだ、あの時の俺は最大加速で走り始めたんだ。

 感じる慣性の重さと重力の頼りなさ。

 もっと重力があれば思い切り足を蹴り上げられるのに。

 これ以上筋力を全開にすると飛び上がってしまいかえって遅くなる。

 このもどかしい感覚、そう俺は思い出した。

 研究会に入って最初の事案、グレムリンによる鉄骨落下。

 前方で立ち止まっている少女も誰か、もう今の俺にはわかっている。

 以前立ち止まっていた少女も、今立ち止まってこっちを見ている女の子も。


 パリーン、パラパラパラパラパラ……

 広範囲記憶操作魔法が砕け散った音。

 無論感じた魔力を音に例えただけで実際にそう聞こえる訳じゃない。

 でも俺が感じた音は少なくとも何人かの耳には届いているはずだ。

 ここまで一緒に来た4人と、そして愛梨には。

 彼女は俺からみればゆっくりとした動作でこっちを見る。

 俺がいた事に今気づいたというように。

 そう言えば気配魔力隠蔽の魔法がかかっていたんだった。

 だから愛梨も気付かなかったんだろう。

 なにをしようともう遅い。

 逃がさない。

 俺は速度を緩めずに彼女を掬い上げるように抱える。

 腕だけでは無く胸も使って彼女を抱え、そして少しずつ速度を落として停止。


「悪いな。もう一度捕まえた」

「何で。せっかく……」

 悪いが愛梨の台詞は途中で遮るように言う。

「正直に答えて欲しい。愛梨は本当にもう一度独りになりたいか」

「でも……」

「言い訳はいらない。本当にそう思っているかどうかだけで」

 愛梨は俺を見たまま沈黙している。

 ならもう一押しだ。


「正直な事を言うと俺1人でここまでこれた訳じゃない。冬休み途中から今までずっと違和感を感じていたけれど、その原因が何なのかさっきまではっきりわからなかった。ただ聞いてみると研究会の皆も同じ違和感を感じていた。

 途中までは川口先輩に途中まで案内してもらった。あとは何となく思ったとおり歩いてみて、そして何とか思い出した。

 でも今ので感じた。多分愛梨が何回記憶を消そうとしたって、きっと俺達はまたここにたどり着くことが出来る。きっと間違いなく愛梨を思い出す事が出来る。

 だから愛梨に質問だ。本当に俺達に愛梨の事を忘れて欲しいか。そこまでして一人に戻りたいか。問答無用で記憶消去しても無駄だからな。こうやってまた思い出せるから。

 だから正直に答えてくれ」


 あ、泣かせてしまった。

 でも今回は引き下がる気は無い。

「ごめん。本当はもう一人にもどりたく……ない……」

 よし。

「ならお帰り、愛梨」

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