第81話 大丈夫だから、さよなら
「ちょうどおやつタイムだしね。よければどうぞ」
愛梨が出してくれたのはチーズケーキと紅茶。
「チーズケーキなんて作るんだ」
「これはバスク風だから混ぜて焼いて冷やすだけだしね。材料も種類少ないし分量も他のケーキ程細かくないし」
味噌汁用のお椀大の円筒形を半分に切った感じの大きさだ。
上部分はこんがりこげ茶に焼けている。
「いただきます」
食べてみると思ったよりチーズが濃厚だ。
そして表面は焼いてある感じなのに中はレアチーズケーキに近い感じ。
「美味しいな」
「割と簡単で失敗しないタイプだからね」
そう言ってあくまで口調は軽いまま付け加える。
「本当は友達を招いたりした時にケーキとか出せたらなんて色々夢想して色々覚えたんだけれどね。結局食べてもらったのはダーリンが初めてかな」
どう返事していいかちょっと戸惑う。
口調の明るさとは裏腹にちょっと色々感じる事があったから。
「今回の件でちょっと反省したの。最近の私、ちょっと舞い上がっていたかなって」
おい待て。
「どういう事だ?」
「私の邪視は基本的に周りの人を不幸にするの」
「そんな事無いだろ」
「ううん、本当はわかっていたの」
愛梨はそう言って、形だけと感じる微笑みを浮かべながら話し始める。
「最初に不幸になったのは母だった。私は小さいときから邪視が使えたから、それが普通じゃないなんて気付かなくてね。4歳くらいの時には『ああ、あのおばあちゃん、明日で死んじゃうね』とか、『ここはもうすぐ交通事故があるから早く帰ろう』なんて言っていたらしいの。確かにそんな事を、それもまだ幼稚園の年少くらいの自分の娘が言っていたら参るよね。時には私の言っている事を他の人に聞かれて、それが自然と広まって近所の噂になったり。それもあってか何回か引っ越しした覚えがあるの。まあお父さんも転勤族だったからそのせいも勿論あるけれど」
俺は黙って聞いている。
「それでも母は結構辛抱強かった。『そういう事はお外で言っちゃいけません』って繰り返し教えたりしてね。でもとうとう参ってしまった。私が小学校1年になる頃精神的に不安定になって実家に帰って。その辺で今度は母の実家と父との関係が悪くなって。その後は父は仕事が忙しいから父方のおばあちゃんがこの家に来て面倒を見てくれたんだけれどね。小3の時に父も単身赴任で転勤してそのままこの家に帰らなくなって。そして中2の時におばあちゃんが亡くなってそれからこの家は私1人」
何と言っていいかわからない。
だから僕はまだ黙って聞いている。
「一応生活費は口座に入れてくれているけれどね。父にももう迷惑かけたくないから、おばあちゃんがいなくなってからの生活費は仕送りを使わないで、ほとんどオンライントレードで稼いだお金を使ってる。勿論このオンライントレードの口座は父のだけれど、昔流行でちょっとやっただけで実際ほとんど使っていなかったらまあいいかなって。
だから色んな意味で一人かな」
「自分で稼いでいるんだ」
「稼ぐというほどむずかしい事はしていないかな。単に邪視の能力で何とかしているだけ。一人だと暇だし、完全に一人になるにはそれなりの収入も必要だろうから。大体平日の夜30分くらいこのパソコンでやってるの」
「凄いよな。俺にはちょっと無理だ」
「単にこの邪視のおかげだから」
そう言って愛梨は空っぽの表情のまま肩をすくめて見せ、そして続ける。
「学校の方も似たような感じかな。小学校4年まではそれでも普通に友達もいたんだけれどね。この目で見た事を誰にも言わなかったから。
ただ4年の時、仲のいい友達がいたんだけれど、その子が事故に遭う幻視を見ちゃって、どうしても彼女に助かって欲しいからつい話しちゃったんだ。明日はこの交差点を通らないようにしてねって。
でも彼女は特に気にしなかったみたい。あるいは単に忘れたのかな。翌日の学校帰りその交差点で交通事故に遭って亡くなった。そうしたら昨日私が言っていた事を覚えていた子がいてね。それ以来気味悪がられちゃって、ずっと一人。中学校も公立だったからそのまま持ち上がったようなものだからね。だから変わらず。
でも気味悪がるのも不思議じゃないよね。私だって思ったもの。ひょっとしたら私が幻視してしまったせいで、彼女は事故に遭ったんじゃないかって」
「それは無いだろ」
「どっちが原因でどっちが結果なんだろ。観察したから結果を生じる可能性だってあるし。殺猫装置入りの箱の話じゃないけれど」
そんな事ないだろうとか言葉で否定するのは簡単だ。
でも俺が今思いつく程度の言葉では愛梨の絶望をひっくり返すには軽すぎる。
だから俺はこれ以上何も言えない。
「でも一応高校生活はちょっと夢見てみたの。地元の中学から第一志望がほとんどいないこの高校に来て、ついでにイメチェンして高校デビューしようと思ってちょっと髪を染めたり色々してみた。でもいざ入学してみたら同じクラスに同じ中学が5人もいたなんてね。だから折角イメチェンしたのに結局ぼっちで、がっくりして学校から帰る途中ダーリンに会ったの」
あの鉄骨が落ちて来た時の事だろう。
「何かあの時すごく妙な気持ちだった。何でこの人は私を助けてくれたんだろうという疑問の気持ち。ひょっとしたらそのまま死んじゃった方がよかったかななんて気持ちもあった。でも塀が壊れたり舗装に穴が開いたり落ちた鉄骨が凄く重そうだったりで、やっと怖いという気持ちが出てきて。
そうだお礼言わなきゃと思った時にはダーリンがもう消えてた。だから余計に何か妙な、まるで夢を見たような気分で。まあその後警察で結構長い事事情を聞かれて現実に戻ったけれどね。
翌日やっぱりお礼を言わないとと思って、同じ
そうしたらやっぱりダーリンがいて、嬉しいけれどぼっち歴長いからどうすればいいかわからなくて、でも多分嬉しくてちょっとハイになっていて、結果的にダーリンにチョークスリーパー決めたりなんてして。
あれから3回の季節、多分私は今までで一番楽しかったと思う。研究会の皆は私の邪視を全然気にしないしダーリンはなんやかんや言って結構私に色々付き合ってくれたし、何かちょっと恋人気分なんて感じたりして本当に楽しかった。
でも今回の件で思ったの。やっぱり私は人を不幸にするんだって。ダーリンだって私と会わなければあんな無茶しなかったんだろうって。そう思うとなんかダーリンに凄く申しわけなくて。
だからごめん。今日を最後にダーリンは私の事を忘れて下さい。私は多分この邪視で回りの人を不幸にするから。さっき大好きって言っちゃったけれど、でもそれはあくまで私がそう思っているだけ終わらせるから。
それに私は今言ったとおり、一人でも何とか大丈夫。一人で稼ぐことも出来るし、結構ぼっち生活も慣れているし平気だから」
なるほど、それで愛梨は一人暮らしをしていた訳か。
中学校で友人がいなかった等は以前に少し聞いている。
こうやって全部通して聞いたのは初めてだけれど。
さて、俺は愛梨に何と言おうか。
「今日の事は取り敢えず俺が勝手に来て勝手に自爆しただけだぞ」
取り敢えずそんな台詞からはじめてみる。
「でもそれって私が助けを求めてしまったから来たんでしょ」
「どうだろう。特に何も考えていなかった気がする」
反射神経的に来てしまったからな。
「それに結局何とかなっただろ。だから迷惑とか不幸だとか特にないと思うぞ」
「でも今度こんな事があったらダーリン、いや真鍋君が次こそ酷い目にあうかもしれないじゃない」
「これでも不老不死系だからよほどの事が無い限り大丈夫な筈だけれどな」
「でも今日だってふらふらになっていたじゃない」
「まあそうだけれどさ」
それを言われると弱い。
何せ歩くのもやっとというか、結局歩けなかったというか。
「だから真鍋君は私にもう関わらない方がいいの。真鍋君だけじゃなくて研究会の他の皆も、きっと。今回の事も私が透子さんに私が連絡しちゃったのがきっと原因。だから私はもう一度独りに戻る。そうすれば誰かに迷惑をかける事も不幸にすることもなくなるから。
このチーズケーキは最後の未練かな。いつか誰かを私の家に呼んで、私の作ったチーズケーキを一緒に食べたい。そう思っていた私の未練。一度だけだけれど真鍋君と一緒に食べられて嬉しかった」
おい待て。
「勝手に決めるなよ」
そう言おうとしたのだが声が出ない。
「何をしたんだ」
そう言ったつもりだがこれも声が出ない。
しかも身体も動かない。
何をしたんだ愛梨。
「やっと魔法が効いてきたみたい。実はこのチーズケーキとお茶、媒介としてちょっとだけ睡眠薬入れてあるの。真鍋君にはこれだけでは効かない筈だけれど、睡眠薬を媒介として魔法を上乗せすれば多分効くかなと思って」
おい愛梨、何をする気なんだ。
俺は意識が消えそうになるのと必死に戦う。
これでも俺は
だからこれくらい何てこと……
「真鍋君が次に目を覚ました時、きっと全部が終わっている筈。
前に透子さん、いや有明さんに現実改編の魔法について聞いた事があるの。それを参考にしてこれからはじめてやってみる魔法を使うつもり。研究会の皆が私の事を忘れるという記憶改編の魔法。現実改編よりは簡単な魔法だから多分大丈夫だと思う。
それじゃ真鍋君、ううん最後だからダーリンと呼ばせて。愛梨はダーリンの事が大好きでした。だからさよなら。私の事は忘れて……」
愛梨! 駄目だ……
俺の意識が完全に白く塗りつぶされた。
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