第79話 俺の作戦

 冬休みは勉強が捗る。

 何せ午前中だけでも3時間以上はとれるのだ。

 折角だから薄い問題集を買って全部最初から解いてみたりする。

 この努力が明日の栄光を招くのだ。

 打倒有明透子!

 なんてやっているけれど何か物足りない気がする。

 いや気のせいだ、気の迷いだ。

 そう思っても何故かそんな気分が付きまとう。


 ニュースでは少しずつ疫神の影響が出始めて来た。

 勿論疫神なんて書いてはいない。

 新型感染症という表記だ。

 クルーズ船で蔓延しただの、東京の何処かで患者が出ただの。

 某国で急速に感染者が増えているとか死亡率が数パーセントとかそんな形で。

 ただ俺の生活からは程遠い話だった。

 遠い知らない処で起きたというのを新聞やネットで見るだけだった。

 その時までは。


 昼下がり、机に向かっていてもいまいち気乗りがしない時間帯。

 スマホがブーブー着信音を鳴らす。

 SNSの通話モード、有明透子からだ。

「はい真鍋です」

「真鍋、今何処にいるの!」

 何か焦っているようだ。

「家だけれど」

「愛梨ちゃんが大変なの知ってる?」

 何だろう。


「何も聞いていないけれど」

「家が疫神に囲まれているようなの。SNSで連絡受けたけれどちょうど親戚の家で今身動きが取れない。先輩達も捕まらないし」

「本当かよ」

「真鍋は疫神に有効な攻撃手段が無いからあえて連絡しなかったのかもね」

 おい待てそういう事はだ。

「愛梨は家なんだな」

「そう言っていた。家の周りが疫神に囲まれて逃げられないって」

「すぐ行く」

「お願い。私も隙を見て行くから」

 急いで外用のズボンに履き替える。

 本当は戦闘服の方がいいが学校に置いたままだ。

 だからとりあえず普段着のままで。


「ちょっと出かけてきます」

 父や母のいるリビングにそう一言告げて家を出る。

 自転車よりも走った方がいいだろう。

 近くの短絡路入口は把握済み、150メートル位離れた小さな神社の背後。

 人目が無かったので本気の全力で走ってそのまま短絡路へ突っ込む。

 いた。

 青緑色の人型の影のようなうようよ。

 きっとこれが疫神だ。

 確かにレイスと同じ系統でもっと手ごわそうな雰囲気だ。

 それにしても今まで見た事はなかったのに何故こんなにいるのだろう。


 やばいかも、そう思ったけれど疫神は俺には興味が無いらしい。

 俺が不死者ノスフェラトゥだからだろう。

 基本的に病気にはかからない体質だから。

 愛梨の家は夏休みに行ったからある程度覚えている。

 確か家の中に直接入れる歪みもあった筈。

 でも出口を開いて疫神に入られたらまずい。

 家の外、そこそこの距離の場所は……あれか。

 出た場所は児童公園の一角にある碑の裏側だった。

 幸いなことに目撃者はいない。

 

 愛梨の家は……あれだな。

 確かに疫神が数匹道端にいる。

 愛梨の家を挟んだ向こう側の道路にもいるようだ。

 どうやら取り囲まれているというのは事実らしい。


 取り敢えず包囲網を崩すのが先決だな。

 回煮理には誰もいないのを確認して、とりあえず一発。

『冷却魔法!』

 魔法としては一番得意な冷却魔法で攻撃する。

 範囲は限定したが威力的には申し分ない筈だ。

 疫神が青緑色から白色に色を変える。

 効いたか!

 だがそれ以上の変化はない。

 気配の質が少し変わったが強さはほぼそのままだ。


『エナジードレイン!』

 今度は全く効かない模様。

 手ごたえも感じないし色も変わらない。

 駄目か。

 残った方法は水魔法か風魔法位。

 一応挑戦してみるか。

 周りを確かめてと。


『押し流し!』

 水で流す作戦だ。

 おっと、ある程度は小さくなったぞ。

 だがそこまでのようだ。

 1体が半分くらいの大きさにしぼんだがそこまで。

 他は対抗手段をとったのか変化が無い。


『瞬風!』

 同じだ。

 最初に攻撃した1体にはある程度の効果がある。

 だがそれ以外は瞬時に防衛体制を取るもよう。

 どうするか。

 このまま愛梨の家に入る訳にはいかない。

 疫神に取り付かれる可能性があるからだ。

 いや、気付かないうちに取り付かれているかもしれない。

 さっきの短絡路の空間、結構疫神がいたからな。

 取り付かれないよう最大速度で走り抜けたけれど。


 待てよ、俺は思う。

 確実に疫神にダメージを与える方法を思いついた。

 ただ俺の体質任せのかなり危険な方法だ。

 ちょっと考える。

 でもまあ、愛梨がこれで脱出出来れば悪くないだろう。

 あとはどうせおせっかいな先輩とかがどうにかしてくれるだろうし。

 そう思って作戦決行を決意。


 どうせやるなら出来るだけ効率よくやった方がいい。

 何回も出来るような作戦じゃないから。

 幸い疫神はすぐに動くとかそういう事は無さそうだ。

 時間はある。

 まずは愛梨の家の周りを確認だ。

 でもその前にちょい愛梨に連絡を入れておこう。


 スマホを取り出し、愛梨宛てにメッセージを入れる。

「近くまで来た。疫神は俺には興味は無さそうだ。でも愛梨の家の周りを囲んでいるのは確か。短絡路にも奴らがうようよ。しばらく家から動くな」

 送信してそして歩き出す。

 返信はすぐにきた。

「無理しないで。とり憑かれたら大変」

「大丈夫、周りを確認するだけ」

 本当はきっと大丈夫ではない。

 でもまあそう書いておく。


 さて、愛梨の家のある住宅街のブロックを一周してみた。

 確かに間違いなく囲まれている。

 更に『愛梨の家に行くつもり』がある程度わかったのだろう。

 かなり俺にとり憑いているようだ。

 とり憑かれた自覚症状は無いが疫神の数がさっきより減っている。

 もう1周歩いたら取り囲んでいた疫神がほとんどいなくなった。

 つまり俺にとり憑いたという事だろう。

 よしよし、今回の作戦にはこれでいい。

 そのまま愛梨の家の方へ歩いてみる。

 残った疫神も憑いてきた。

 気配を確認するとこれで愛梨の家を取り囲んでいた疫神は全部のようだ。


 ただ家を離れようとすると憑いた状態から離れるのが一定数いる。

 なら全部憑いている今が作戦決行時だろう。

 さて、やるか。

 電柱の陰に隠れて念のため術式で簡易の隠形措置をした後。


『光魔法、絶対浄化!』

 効果範囲は俺を含む周囲ぎりぎりに限定。

 やり方は何度も有明透子のを見てわかっている。

 ただあいつ程慣れていないので範囲を出来る限り絞って威力を強く維持。


 元々相性が悪すぎて使わなかった魔法だ。

 しかし相性が悪いから使えないという訳ではない。

 何せ最初に魔法を使った時、相性が悪い筈の火の魔法を使えたから。

 案の定、絶対浄化魔法はあっさり起動。

 ただ無茶苦茶全身が痛い。

 勘弁してくれと言うくらい痛い。

 というかやばい、立っていらんない。

 思わず電柱と壁の間にもたれかかりながらも俺は魔法を継続する。


 俺の周りの気配がプチプチ言って消えていくのがわかる。

 俺に憑いた疫神だろう。

 でも出来る限り継続し限界まで。

 痛いのは既に麻痺しかけているが意識がそろそろヤバい。

 もうこれ以上は無理かな。

『変身!』

 俺自身に変身しなおしてみる。

 案の定魔法で出来た傷や爛れは外見上消えた。

 実際のダメージはほぼそのままだけれども。


 魔力は今の変身でほぼ使い切った状態。

 体力気力も立って歩けるがそれ以上はもう勘弁と言う感じだ。

 取り敢えず愛梨の家から離れる方向へと歩く。

 疫神が離れる気配は無い。

 憑いていた疫神は何とか退治出来たのだろうか。

 その辺には自信は無い。

 でも取り敢えず愛梨にSNSで連絡。


『周りにいた疫神はいなくなった。外へ逃げるなら今だ』

『無茶してないよね』

『全然。周りを偵察しただけ』

 画面を見て指を動かして打つ程気力が無いので音声入力して送信。

 あとは愛梨の家から出来るだけ離れる事だな。

 ただこの調子だと長距離歩くのはちょい辛すぎる。

 さっきの公園を目指そう。

 それならそんなに遠くない。


『今行くから待っていて』

『今日はこれで帰るからいい』

 返信するのも厳しい。

 でも愛梨に会う訳には行かない。

 まだとり憑いている疫神がいないとは限らないから。

 でももしとり憑いている疫神がまだいたらどうしようか。

 このまま家に帰る訳にもいかないか。

 いや、取り敢えず公園で一休みしてから考えよう。

 そう思ったのだけれど……

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