第73話 翠先輩の我儘

「その通りだ。あのショーには種は無い。もし俺がそう答えたら何か変わるのか」

「世界は何も変わらない。神は天にいまし、全て世は事もなし。ただ俺が知っているそういった事例が1つ増えるだけだ」

 木田余はそう言って、わざとらしく肩をすくめてみせる。

「もしそうなら昨日の占いも単なる占いじゃない。占いというよりはリーディングだな。全く世界は驚異に満ちているよ。同じ学校の同じクラスにまで現代科学で理解不能な力を使う連中がいるなんてさ」

 台詞が妙に白々しく感じられるのは気のせいだろうか。

 それともわざとだろうか。

 俺はちょっとここで一歩踏み出してみる事にした。


木田余おまえもそうじゃないのか」 

「もしそうだとすればどんな能力だ?」

「全知全能の全知。違うか」

 奴はにやりとする。

 ただその笑顔が何故か微妙に寂しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。

「昨日の占いは占いにみせかけた鑑定だったという訳か」

「ああ」

 今更隠す必要は無いだろう。


「とすると目的は仲間探しってところか。でも悪いな。俺はこの件に関してはつるむつもりは無いんだ。ついでにいうとどれ位まで俺の能力やその関係を読んだんだ。

個人情報の保護に関する法律第二十八条に基づいて開示を求む」

 この辺の言い回しだけはいつもの木田余だ。

「能力は全知全能の全知でそれは他人から譲られた能力。能力を彼に譲った相手は既に死亡している。更にそれ以前にも何か障害、あるいはトラウマになる何かがあり、その辺りの経緯が能力を縛っている。そこまでだ。それ以上の詳細は読めないと言っていた」


 木田余はふっと息をついた。

 表情は相変わらず何処か寂しそうなままだ。

「本人の同意を得ないでそこまで読んだのは完全にプライバシーの侵害だな。でもあの占い師、可愛かったからまあ不問にしておこう。

 実際そこまではほぼあっている。ただ能力を縛っている訳じゃない。使いたくないだけだ。今後も俺はこの力を使うつもりは無いし、そういった力を理由につるむつもりも無い。真鍋には悪いけれどな」

「何故なんだ?」

「読み取りで出た通りの理由さ。この力は俺のトラウマ、過去の墓みたいなものだ。だから個人的にあまり掘り起こしたくない。出来れば無かった事にしてそのまま眠らせておきたい。だからだな」


「本当に眠らせておきたいのか?」

 あえてそう聞いてみる。

 何か今の木田余は饒舌で、そして何かを話したそうな感じがするのだ。


「多分、そうだな。でも今の言い方じゃ真鍋もわからないだろうから、ちょっどだけ話してみるか。何処から話すのが正解なのだろうか……。

 そうだな。真鍋は絶望ってのを感じた事があるか。生きているより死んだ方が楽だし救いだ。そんな絶望だ」


 ちょっと考えて俺は答える。

「そこまでの絶望ってのは無いな。何かが上手く行かない、どうやっても上手く行かない。そこまでだ」

「死ぬことが救いだ、そう感じるほどの絶望を感じた事は無いか」

「多分無い」

 木田余は頷く。

「俺もだ。いや、無かったというべきかな」

 奴はそう言って、そして続ける。


「だが中学3年の頃、ちょっとばかり事故があってな。そういう絶望というのがある人間は確かにいる、そう俺は知った。でも当時の俺自身の知識ではそれがどんな状態かわからなかった。だから確認しようと思ったんだ。その絶望と言うのがどれくらい重いか」

「絶望の重さを確認するって、どうやってだ」

「具体的には死にそうになった時、それが救いだと思って笑えるかどうか。当時の俺はそれを感じたかった。そう笑えるという事がどれくらいの絶望だったのか知りたかった」

 正直な処俺には全く状況はわからない。

 でも黙って聞いてみる。


「正直俺自身もある程度絶望しているつもりだった。未来はレールとかベルトコンベアの先にあるように見えた。先が見通せる面白くない未来。でもそんな見たくない未来こそが一番無難かつ安全で一般的な幸せに近いように見える。そして困った事に俺自身は優等生としてそういうレールの上を歩く才能には恵まれているんだ。

 この先も俺は絶望的に定められたレールの上を歩いて絶望的に定型的な幸せの人生を歩いて行くんだろう。レールから逸れる勇気も無く淡々と一般的かつ定型化された世界の中で生きて。そう思うとたまらない気分になる。

 俺は自分はこの絶望の中、きっと絶望しながら歩いて行くんだろうと思っていた。だから絶望の中で突如現れた死という救いをひょっとしたら笑って受け入れられるかもしれないと思った」


 俺には正直言って理解しにくい論理と分かりにくい話だ。

 でも木田余は冗談を言っているのでも話を脚色しているのでも無いと俺は感じた。

 だから木田余が話すまま俺は聞いている。


「だが実際に死んだら実験にならない。嫌らしい優等生の俺はこういう時でも実際に死んだりはしない訳だ。内面はどうであれ皆さんの期待に応える嫌らしい優等生を演じていたからな。

 だから事故だと言い訳が出来る舞台設定を作った。具体的には家からも学校からもちょい離れた台地へのぼる坂道の上、ガードレールの切れた歩道と横の崖。地形図で高さを測ったら約14mだった。高校物理の範囲だけれど高さがわかれば落下速度が出る。エネルギー保存の法則だ。その辺をネットで調べて計算した結果、ほぼ60km/hで地面にぶつかるという結果が出た。これなら走行中の自動車にはねられたのと同じ速度だろう。それなりの死の恐怖を感じるに違いない。そこで死を救いだと受け入れて笑えるだろうか。

 そこを通っても不思議ではない『図書館へ行く』という理由をつけて、そしてある日俺は実験を決行した」


 俺が何の合いの手も出せないまま、一度間をおいてそして木田余は続ける。

「そんな訳でガードレールの隙間から落ちてみた。案外一瞬で何もわからないんじゃないか。実験に際してそんな不安もあったがそんな事は無かった。しっかり落ちて地面に叩きつけられるまで数秒程度だがしっかりと意識はあったし落ちている事も認識できた。次第に地面が近づいて自分が叩きつけられるなという事もわかった。まあそういう体勢になるように落ちたからな。骨折覚悟、でも夏休み終了前には学校に行ける程度には治るような体勢で。

 ただ実験結果は芳しくなかったよ。落ちているという事と死ぬかもしれないという事、その認識はあったけれど笑う処まではいかなかった。


 つまり死ぬ寸前に笑えるところまで俺の絶望は届いていなかった。つまり俺にはそこまでの絶望はわからない。それが結論だったわけだ。

 論理的な矛盾点はとりあえず気にしないでくれ。多分にこの実験も論理と言うよりは感情の代物だ。感情的に理解できるかの方が重要だったからな。そして理解できないという結論に達した訳だ。

 その結論を意識した時点でちょい記憶が途絶えて、次に意識が戻ったて見たのは病室の天井だった。この白さが絶望の色かな、なんて思ったよ」

 俺は何も言えない。


「とまあ、そこまでがトラウマとあの占い師が言った部分だ。厳密にはトラウマのうち話せる部分というところだけれどさ。

 そして俺はこの件について実験の結果以上の事を知るのを恐れている。だから全知の能力を得るつもりは無いし使うつもりも無い。そういう事だ」


「それは本心でしょうか」

 俺と木田余以外の第三者の声がした。

 木田余はふっと笑う。

「先ほどのショーのアナウンスの声と同じか。真鍋は確か研究会の3年生と言っていたな」

「ご名答です」

 すっと女子生徒の姿が現れる。

 言うまでも無く翠先輩だ。


「覗き見をしていた……訳ではないか。単にわかるから出て来たという感じか」

「その通りですわ。本来の貴方程ではありませんけれど、それでも必要な事も必要な場もある程度はわかります」

 俺にはよくわからない台詞だ。


「加えて何でもないところからいきなり現れるのも能力のひとつという訳か。真鍋も出来るのか」

「俺にはそれは出来ないな。ショーの時は小動物に変身して箱の下に隠れていた」

「なるほど、ショーではそういう方法を使った訳か」

 木田余は頷いてそして翠先輩の方を見る。

「それで先輩は何故ここに?」


「真紀の力を継いだ誰かさんに個人的な御用で、ですわ」

 木田余は明らかに顔をしかめる。

「真紀の知り合いか」 

「小学校の同級生です。真紀は5年以降ほとんど登校していませんでしたけれど」

「2年上だったのか」

 俺にはわからないが共通する知人がいるようだ。

 それもどうも木田余のトラウマか何かの核心部分に直接関わる知り合いが。

「真紀と言うのは俺にこの能力をくれた本人だよ。俺がさっき話した実験の結果出来た足の怪我で入院していた時の知り合いだ。その後1月も経たないうちに病院で亡くなったけれどな」

 この台詞は間違いなく俺に向けたものだろう。

 おそらく翠先輩もその辺は知っているのだろうから。


「真紀は貴方に答えあわせも兼ねてその力を渡したのでしょう。でも貴方はその力を使いませんでした。今も使っていません。むしろ使うのを恐れて封印しています。違うでしょうか」

「美しい思い出は美しいままに残しておきたい。それだけかな」

「理解できない事を恐れている。もしくは『こんなものだったのか』と思ってしまう事を恐れている。そう思ってしまう事でもう一人の彼女を自分の思い出から失う事を恐れている。違いますでしょうか」

「メランコリックに浸りたいというのも個人の自由だろ。違うかな」


「確かに自由ですわ」

 翠先輩は微笑みながら頷く。

「正利さんは状況がわからないでしょうから説明いたします。彼が力を拒否しているのはその力が自分の物では無いからではありません。その力を使ってしまうと過去の事件の事がわかってしまう。具体的に言うとある少女の事故死と事故死する寸前に見せた笑顔、その笑顔を見せてしまった絶望の深さと浅さを知ってしまう。そのことを恐れているのです」


 木田余は嫌そうな顔をする。

「そこまで理解しているなら黙っていてくれた方が嬉しかったな。能力の誇示か」

「いえ、私の我儘ですわ。同じく真紀から力を継いだ私の個人的な我儘。これから貴方にも私の我儘に付き合って頂きますわ」

 ふっと空気が変わった気がした。

 翠先輩が何か魔力に似たものを放出している。

「これからやる事はあくまであくまで個人的感傷で正義でも何でもないですわ。ですので糾弾されるなら糾弾していただいて結構です。真紀が渡した分の力を強引に解放させていただきます。寿命の終わりを間近に控えた真紀が貴方に残そうとした事実と、それに伴う絶望とは違うもうひとつの在り方を」

 迷宮ダンジョンでの攻撃魔法にも似た魔力が木田余を包む。

「やめろ……」

 木田余が言いかけた状態で意識を失ったようだ。

 ふらっと倒れ掛かるのを翠先輩が支え、ゆっくりカーペット上に寝せる。

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