第72話 木田余の解析
探すまでも無かった。
準備室を出て一般教室棟との渡り廊下に入った処で木田余が立っていた。
壁にもたれてスマホをいじりながら、まるで誰かを待っているような感じで。
「よお、出て来たな、真鍋」
その台詞で奴が待っていたのが俺であることに気づく。
「どうした、何か用か」
「まあな。ここじゃ何だからちょい空いている部屋へ行こう」
奴に従って専門教室棟へ戻り、上への階段をのぼる。
「合同教室が空いているだろ。あそこは色々設備があるし場所も使い勝手も悪いから誰もいない。鍵は壊れているから簡単に入れるしな」
「よく知っているな」
「たまにあの部屋のパソコンでゲームやったりしているからな」
なるほど。
木田余は合同教室の前の横開き戸をよいしょと持ち上げるようにして少し動かす。
それだけで鍵のかかっている筈の戸はあっさり動いた。
「これで入れる訳だ」
奴はそう言いながら扉を開け、そして俺達は中へ。
中へ入ってすぐ奴は戸を閉め、鍵をガチャガチャと開け閉めする。
「これで一応鍵がかかった状態だ。今と同じことをしなければ鍵は開かない。つまりまあ、入ってくる奴はまずいないだろう状態だ」
「何故に鍵を閉める」
「用心の為だな」
何の用心だろう。
「さて、まずはさっきの魔術ショーの映像の確認だ。2回目の方がよく撮れたから、そっちを見てみよう」
前の窓際に設置してあるモニタの電源を入れ、ディパックから出したコードを接続する。
更にあの大きなデジカメ一眼を取り出し、コードの端をつなぎ直した。
「大きい画面で見た方がわかりやすいからな」
「何がわかりやすいんだ?」
「それは1回流して見てから説明する」
大きいモニターを教卓側、つまり俺達の方へ向けた後、デジカメを操作する。
いくつか画面が流れた後、小ホールのステージを映している画面になった。
『お待たせいたしました。これより西洋民俗学研究会による、
翠先輩のアナウンスと共にピアノ曲が流れ始め、舞台が開いていく。
「メイド服も悪くは無いが個人的にはやっぱりここはバニーガールであるべきだったよな。逆バニーだとさらに最高なんだが流石にそれは許可が下りないだろう。だから個人的願望だけにとどめておく」
おいおい。
「そういう変態臭い感想を言う為に呼んだのか」
愛梨がそういう目で見られるとどうもいらっとする。
同じ研究会と言う仲間意識のせいだろうか。
「今のはただの個人的感想だ。今回真鍋を読んだ理由と直接の関係はない」
画面上では川口先輩と桜さんがロウソクの台をこちらに向けてゆっくり回し、種も仕掛けも無い事を見せた後、1本ずつロウソクを台に刺していく。
そして愛梨が指パッチンをしたところで、木田余は一度ビデオを止めた。
「ここまで普通のマジックショーなら確認できる筈の種は見当たらない。まあロウソクの芯に発火しやすい薬品を塗っておくなんて事も出来なくはないが、少なくとも台とその周辺には仕掛けは見当たらない」
ビデオを進める。
次に止めたのはロウソクのうち何本かに火がついた瞬間だ。
「例えばここ、レーザー光線等でロウソクを狙ったならこのカメラなら線が映る筈だ。だがそういったものは確認できない。いきなりロウソクが発火したように見える。この魔術は簡単に見えたが俺には仕掛けは発見できなかった」
そう言って次のシーンへ。
「次はまあ、残念な美女が磔になりボールペン投げの的になるシーンだ。これはまあ、種も仕掛けも無いと思うのでこのまま流す」
残念な美女とわざわざ言うという事はだ。
「やっぱりバレたか」
「1組の連中はほぼ気付いたな。他のクラスの奴は結構騙されていたようだけれど。まあ本物の可愛い女の子が磔になったり万が一ボールペンが刺さったりしたら可哀そうだからそこは大目に見てやる」
俺が手錠4つで手足を板に固定され磔になり、大和先輩がボールペンを投げるシーンとなる。
「この先輩、あの廊下で会ったあの先輩だな。やっぱり綺麗だよな。ただ胸が無いのが残念だ」
それを本人に聞かれたらボールペンの山が飛んでくるぞ。
しかも確実に命中させる軌道で。
そう思ったが口には出さない。
俺のチャイナ服の袖とかもう少しで腕と言うギリギリのところにボールペンが刺さるシーンで観客の『おおー』とかいう声が聞こえる。
それなりに受けているようだ。
一通りボールペンが投げられた後。
桜さんと川口先輩により、俺の手錠4か所が外される。
更に両袖に刺さったボールペンを抜いてもらい、俺は自由の身に。
俺が桜さんと移動した後、俺が磔になった板をのせた台車を川口先輩が舞台前方に出して、人型にボールペンが刺さったり穴が開いているのをアピール。
観客席から拍手が巻き起こる。
「このボールペン投げ、常人にしては命中精度とボールペンの速度が高すぎるという疑問があるが、まあこれは種も仕掛けも無いだろう。
それじゃ次、有明さんの剣技と真鍋の脱出ショーだ」
俺は桜さんに連れられ棺桶風の箱の中へ。
桜さんに手錠で手足を拘束された後、箱の蓋を閉められる。
ここで川口先輩もやってきて2人で箱をロープでぐるぐる巻きに。
そして2人は脇へ下がって舞台端から有明透子が登場。
「有明さんもバニー姿が似合うと思うのに残念だ。でもまあチャイナ服のスリットがそこそこいい感じだから良しとしよう。
さて、問題は次のシーンだ」
木田余は一度ビデオを止め、そして動かす。
有明透子がさっと右手をあげる。
ぱっと光って右手に剣が現れた。
「これも種も仕掛けもないように見える。少なくとも剣が投げられたり上から落とされたりした痕跡はビデオ撮影では確認できない」
有明透子め、もう少し種も仕掛けもあるように見せてくれればいいのに。
そう思いつつ俺は画面を追う。
有明透子は剣を両手で構え、そしてバッサバッサと箱を斬りまくる。
客席から歓声とも驚きともとれる響き。
そしてあっという間に箱はバラバラになった。
「ここでこの棺桶は横方向に4回斬られている。もし中に真鍋がいるとすれば、この斬られた箱の何処かにいる筈だ。一番大きい場所は箱の下部分。ここの高さが20㎝程度ありそうだ。だが容積を計算するとおそらく最大で横90奥行90㎝奥行き90㎝高さ20㎝。つまり162リットル分。真鍋の体重を50㎏比重を1とすると内部の3割程度の場所を確保しないと真鍋が水であっても入る事は出来ない。ただ実際は真鍋が箱に入った時の足の場所等を見るとそこまでの空きスペースはあると思えない。ましてや真鍋は水では無いからそれだけの場所に収納する事は不可能だ。
なおこの箱は台車の上に載っている。つまり下に穴があってという脱出方法は不可能。一回転させた時には後ろにもそれらしい脱出口は無かった。また配置上、後ろから逃げるとすれば必ず観客席から見える筈だ」
確かにその通りだな。
画面では川口先輩、愛梨、桜さんの3人が箱を組み立て始めた。
下から順に積み上げてガムテープでとめていく。
「この作業があるから他に脱出した場合でも、またこの中に戻らなければならない。ただこの映像で見ている限り、そんな隙は無いように見える。まあこれはこのカメラから死角になった部分を使ったと無理やり解釈してもいいが、それだと観客の誰かには気付かれる筈だ」
箱を何とか元通りにガムテープでなおした後、愛梨がちょっと離れて両手で魔法をかけるような仕草をする。
そして川口先輩と桜さんが箱の扉を開けて、俺が出てくるところで終了だ。
「今回のマジックショーは確かに良く出来ていたと思う。実際見ていて面白かったし評判もよかった。だが俺は思う、これは本当にマジックショーだったのかと。
午前中のショーを見てここでビデオを確認して、念のためもう一度午後のショーで確認した。その結果俺は結論を下した。
これは単なるマジックショーではない。多分本当の魔法とか超常現象を使ったショーだ。違うか真鍋。正直に答えろ」
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