第71話 公演は無事終了

 今朝の集合でも結局木田余はあの占いの件について何も言わなかった。

 ただ占いでダメージを受けたという感じはなさそうだ。

「そっちの公演は2回とも行くからな。綺麗どころを全員確認してやる。全員出るんだろ」 

 木田余の奴、朝の集合で出席を取る前にそんな話をしてくる。

「ああ。3年の先輩だけは音響と照明をやってもらうから舞台に出ないけれどさ。他は全員出る予定だ」

「楽しみにしているからな。全て記録するためにこいつも持ってきたんだ」

 ディパックの中をちらりと開けて見せる。

 中に入っていたのはでっかい一眼レフカメラだ。

 横には三脚までくくりつけてある。


「写真で撮るのかよ」

「全部高画質の動画で撮って確認してやる。魔術マジックショーと言っていたからには種まで全部確認しないとな」

「そこまで気合を入れなくてもいいと思うが」

「何なら愛梨ちゃんの分だけ切り出してやってもいいぞ」

「いらん」

「余裕だな。まあ楽しみしている」

 何だかなと思いつつ俺は小ホールへ。


 既に昨晩舞台の上に道具類を運び込んである。

 何せ朝一番の開催だからな。

 残りは30分ちょいしかない。

 大道具、今回の場合は俺が磔になる板と俺が閉じ込められる箱の位置を確認。

 小道具のロウソク台とロウソク、投擲用ボールペンに手錠と配置は全てOKだ。


「音楽と照明合わせは私がやりますわ。ですから皆さんは着替えはじめて下さいな」

 いつのまにか前のコントロールテーブルについていた翠先輩がそう言ってくれたので、俺達は舞台袖の小部屋へ。

 タンクトップと体育用短パン姿になりヌーブラタイプのシリコンパッドを白タンクトップの下に装着、ウィッグをつければ完了だと思ったら。

「ダーリンこっち座って。お化粧するから」

「いいだろそこまでは」

「駄目、舞台用にちょい派手な位にしないと」

 確かに愛梨も有明透子も他の皆さんもちょい派手めな化粧をしている。

 そんな訳で愛梨と有明透子にむりやり鏡の前に座らされた。

 あとはもう塗りたくられたり塗られたりペンで描かれたりなすがまま。


 結構長いよなと思いつつも耐えていたら、

「はい完成」

という訳で目を開ける。

 うん、派手だ。

 今時水商売でも……ってそういう方々を間近に見たことはないけれどさ。

「ちょっと派手過ぎないか」

「舞台の上だとこれくらいしないと映えないの」

 そう説明した愛梨の横で有明透子と大和先輩がスマホ撮影。

「うむ、これは面白いものが撮れた」

「後でクラスで公開ね」

 こら有明透子。

 頼むからやめてくれ。


「開始5分前。配置そろそろ」

 川口先輩がそう言ってくれたので俺いじりは終了。

 最初は愛梨、桜さん、川口先輩の出番。

  ① 3人で中央へ出て行き頭を下げて挨拶。

  ② 川口先輩と桜さんでロウソク立て2つを舞台から観客席に向けて回して見せ

  ③ 何も仕掛けが無い事を見せてからロウソクを10本ずつ立てて

  ④ 2人が後ろに下がった後、愛梨が指パッチンでろうそくに火をつける。

というのが最初の手順だ。

 なお舞台全般を通して台詞は無し。

 指パッチンの音は効果音で翠先輩が入れてくれるそうだ。

 これが終わると俺の出番になる。


 やばいちょっと緊張してきた。

 俺には基本的に緊張して困るようなシーンは無いけれどな。

 川口先輩と桜さん、そして愛梨がある意味一番大変だ。

 最初から最後までずっと出ずっぱりだから。

 俺は能動的に動く出番はほとんど無い。

  ① 川口先輩と桜さんに連れられて入場し壁に磔になる。

  ② ボールペン投げをとにかく耐える。

  ③ 磔から解除されたらやはり川口先輩と桜さんに連れられ箱の前へ。

  ④ 箱の中へ入れられた後、手足を手錠2つで拘束される。

  ⑤ 変身解除してダッシュで箱の下の隙間に隠れる。

  ⑥ 有明透子がバッサバッサと箱を斬る恐怖に耐える。

  ⑦ 終わって川口先輩と桜さんが台車の上に斬られた箱をガムテープで組み立て直す。

  ⑧ 組み立てられた箱の中で変身解除して服装を整える。

  ⑨ 箱を開けられたら華麗に登場する。

 という感じだ。

 手順を頭の中で何度も繰り返す。


 一番不安なのは変身を解いて服やウィッグを付け直す作業。

 ただ俺が人間体に変身解除すると、近くに服がある場合それを着用した状態で人間体に戻る。

 だから基本的には大丈夫な筈だ。

 強いて言えば拘束された際の手錠まで衣服として着用してしまわないか位。

 この対策としてバラバラにした箱を組み立てる段階で手錠は見つけて排除することになっている。

 それでも不安と言えば不安だ。


 客席の方はもう客がちらほら入っている模様。

 舞台袖からちょっと見てみる。

 中央のちょい後方の高い席で木田余が三脚とカメラをセットしているのが見えた。

 奴め本当に撮る気だな。

 まあいい。

 何なら後で一部始終を見せてもらおう。

 舞台に出ている俺には状況が見えないからな。


 照明が明るくなった。

「お待たせいたしました。これより西洋民俗学研究会による、魔術マジックショーが始まります。どうぞ最後までごゆっくりご覧ください」

 この最初のナレーションも翠先輩だ。

 なんやかんやいって結構翠先輩に色々やってもらっているよな。

 音楽も照明も全部当初の案から変更し、翠先輩に操作してもらう事になったし。

 舞台中央で愛梨を中心にメイド服の3人が並ぶ。

 ゆっくり幕が開いて、そして音楽が始まる。

 スタートだ。


 ◇◇◇


 午後2時ほぼちょうど。

 最初の回が始まってしまえばもう2回目が終わるまであっという間だった。

 1回目が終わって大急ぎで舞台を片づけて次の組に渡し、化粧落として飯食べて一服したらもう2回目の公演準備。

 今はやっと色々片付けたところだ。

 化粧も落としたし服も制服に着替えてある。


 舞台の方は、取り敢えず2回とも失敗は無かったと思う。

 取り敢えず最後に出て行った処ではちゃんと拍手があったし。

「なかなか面白い舞台でした。2回目はほぼ満員でしたし良かったと思いますわ」

 翠先輩もそう言ってくれる。

「でもやっている側としては実際どんな感じに見えたか、わからないよね」

 愛梨の意見に俺は頷く。

「確かにそうだよな」


「舞台で堂々とでっかいカメラで撮影していた奴がいただろう。あれ例の能力持ちの彼だよな」

 大和先輩、木田余が撮影していた事に気付いていたらしい。

「あれ木田余君よね。だったら真鍋君、動画ファイルをコピーして貰ってきたらどう。真鍋君なら木田余君と仲がいいしね」

 有明透子も気付いていたようだ。

 というか余計な事を言うな。


「出来れば今は奴に会いたくないんだよな。何を言われるかわかったものじゃない」

 勿論女装の件である。

 奴なら磔になったり棺桶風の箱に入れられていたのが俺だと気付いただろう。

 どんな事を言われるか想像したくもない。

「なら私が借りてこようか」

 頷きかけてそしてやめる。

 有明透子、俺が化粧中だの楽屋での写真も撮っていたよな。

 その辺の見せあいになったらもう目も当てられない状態になる。

 それならまあ、覚悟して俺が行った方がまだましだ。


「わかったよ。木田余がいたらコピーして貰っておく」

「ならこれUSBメモリ。64GBあれば余裕だろ」

 大和先輩そんな物を何故用意しているのだろうか。

 でも有難く借りておくことにする。

「なら木田余にコピーさせてもらってくる」

「私も一緒に行こうか?」

「愛梨は待っていてくれ。木田余は女子が苦手だからさ」

 好きだけれど苦手なのだ。


「でも彼のいる場所、わかるか」

「だいたい」

 奴の居そうな場所など大体想像がつく。

 学校外に出ていなければ文芸部か物理学研究会の新作スマホゲーム発表ってところだろう。

「それじゃ行ってきます」

 俺は立ち上がって歩き、準備室の外へ。

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