第70話 木田余の正体
放課後の準備室。
「いわゆる全知全能の全知。でも能力はほとんど使っていない」
川口先輩の木田余についての説明はそんな台詞から始まった。
「能力を得た経緯はかなり複雑。元々自分が持っていた訳では無く他人から譲られた能力。能力を彼に譲った相手は既に死亡している。更にそれ以前にも何か障害、あるいはトラウマになる何かを感じる。そのあたりの経緯が彼の能力を縛っている。ただそれ以上の背景は私にも読めない」
その辺の事は俺は知らない。
というかそういう過去は普通聞かないし話さないものな。
俺が奴について知っているのは今の奴の事。
家が医者でそこそこ金持ちな事。
試験ではケアレスミス以外で失点しない事。
授業中はほぼ寝ているか関係ない事をしている癖に質問されて答えられなかった事が無い事。
最近バイクの免許を取ってスーパーカブ125を買ってちまちま改造している事。
スポーツはほぼ人並み以上に出来るが球技は苦手な事。
漫画やアニメが結構好きな事。
そんな感じだ。
何やかんや言って奴とは結構話すし結構色々知っているつもりだったが、俺は奴のそんな表向きの事しか知らない。
まあきっと誰でもそうなのだろうけれど。
「全知の能力という事は、例えば学校の試験なんかは全部わかるんですか」
桜さんがしょうもない質問をする。
「理屈としてはその通りだ。ただ学校の試験でその答えをどう表記すべきかと言うのは物事の真実とはまた少し別の話だったりする。その辺はそれなりに教科書だの参考書だのの知識が必要だな」
「ただ木田余はケアレスミス以外で試験で間違った事は無いみたいですけれどね」
「反則だなそれは」
大和先輩が苦笑する。
「ただいわゆる全知は能力としてはそこまで珍しい訳じゃない。安浦先輩もある程度使えたらしい」
「そんな能力って簡単に手に入るんですか」
「だが実際全知とは言っても知ることが出来る範囲に実は段階がある訳だ。いわゆる教科書や辞書辞典レベルの全知が第一段階で、その上が色々とあるらしい。私もそれ以上はよくわからん」
なるほど。
「なら私もその全知を手に入れる事が出来れば、学校の試験なんて気にしなくていい位になれるのでしょうか」
桜さん、ちょっと希望の表情でそんな事を言う。
「全知の初期段階を手に入れるより学校の試験で上位1割をキープする方がよっぽど簡単だと思うぞ。あくまで私見だがな」
「同意」
「……だめですか」
先輩2人の駄目出しに桜さん、がっくり。
「まあその辺は別として本題に戻ろう。それならば彼に対して私達は何をすればいい? もしくは何をしないようにすればいい?」
「何もする必要は無い。何もしない必要も無い。ただあるがままにすればいい。道は既に開けている」
「何ですかそれは」
意味がよくわからない。
「つまり放っておいて構わないという事か」
「なるようになる」
うーむ。
わかるようでわからないような……
「なるようにとはどういう風になるんですか」
「私にも不明。ただ落ち着く場所に落ち着く。私達がすべきことは何もない。いつも通りにしていればいい。
仲間になるかならないかも不明。なった方がいいかもそのままがいいかも不明。ただ今の状態は彼にとっても不安定であるとは出ている。近いうちに落ち着くとも出ている。それが彼にとって望ましいともわかる。
私がわかるのはそこまで」
うーむ、わかりにくい。
「でもそれならこの話題に関して、これ以上することは無いな。とすれば今やるべき事は明日の準備だ。
我々のショーは小ホールの朝1番目と午後1番目。だからとりあえず大道具小道具舞台衣装まとめて運んでおこう。出来れば舞台そのものでリハーサルもやっておけばそれに越したことは無い」
大和先輩の台詞に川口先輩が頷く。
「然り」
確かにそうだな。
最小限に絞ったとはいえ用意すべきものは結構ある。
備品の台車2つを占拠している棺桶風の箱の他にも暗幕だのロウソクだの磔用壁だの衣装だの化粧品だの。
小物はあの大量に入るバッグに入れて行くけれど、それでも結構な大荷物だ。
「とりあえず桜と正利で壁2枚な。あとは正しくじゃんけんと行こう」
「それって差別じゃないですか」
「正利と桜ならその壁くらい何てことはないだろう」
まあ確かに体力が全然違うから。
「仕方ないですね」
桜さんがそういうなら俺も仕方ないか。
「じゃんけんをやるとして、先輩や透子さん、予知や先読みを使わないですよね」
「愛梨も邪眼で似たような技を使えるだろう。総力戦だ」
それは能力使用ありという事なのだろうか。
そんなじゃんけん、果たして結果が出るのか?
「運ぶものは4点、箱の載った台車が2つと衣装や小道具を全部入れた収納庫バッグ2つ。ただ箱が載った台車は階段を降りる際は桜や正利に援護して貰おう。それじゃ正々堂々能力を使って勝負だ。行くぞ、最初はグー、じゃんけんポン、あいこでしょ、あいこでしょ、あいこでしょ……」
案の定全然決まらない。
4人とも能力を使いまくっているようだ。
何となくそういうオーラが出まくっているのが見える。
これって果たして決まるのだろうか。
俺と桜さん2人の傍観者は呆れつつただ眺める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます