第9章 文化祭と木田余事案
第62話 テーマを考えよう
「さて、そろそろ文化祭の展示もでっち上げないとな」
放課後の準備室。
大和先輩がそんな台詞を口にした。
「文化祭の展示って、何かうちの活動でやるんですか」
「ここは表向き西洋民俗学研究会だからな。文化祭があるからにはそれらしい事をしないとまずいだろう。何か説明パネルを作って展示しておくのが一番楽だ」
「何もしないと廃部の恐れ」
なるほど。
一応学校公認の課外活動だけにそんな必要もあるのだろう。
「展示ってどんな事をするんですか」
「昨年のテーマは『魔女裁判』だった。1人2枚ずつ説明パネルを分担して計8枚だな。既に翠先輩は英国脱出していたから」
「反応は」
「あまりなかった。何せ基本的にアリバイ作りの展示だからな。展示場所も教室棟の端の方だし。ただ安浦先輩が作ったリアル拷問振り子はなかなか評判良かった」
「何ですかそれは」
「確か動画が残っていたな……これだ」
パソコン画面に動画のウィンドウが表示された。
おそらく長机をベースにしたと思われる台の上に男子生徒が手錠4つで手足を固定されている。
その上に身体の左右方向に振り込状に動く斧の刃。
横に立っている生徒が鎖の長さを調整すると、動いている刃の高さが変わる。
巨大な刃が左右方向に揺れつつ生徒の腹のすぐ上をかすめて振れる。
「この刃は実際はスタイロフォームに重りを入れたものだけれどな。横の鎖で重りの高さを変える事が出来る。どんどん下げて行って最後まで犠牲者が口を割らなかった場合、刃が胴体をカットするという仕組みだ。まあこれはスタイロフォームで作ったものだから実際には胴体に触れた時点で止まるけれどな。度胸試しにちょうどいいという事で一部の生徒に人気があった」
「結構大掛かりですね」
「まあここまで凝らなくてもいいけれどな」
そう言って大和先輩はパソコン画面から視線を外す。
「ところで昨年は3年生の安浦先輩達も参加したんですか?」
気になったので聞いてみる。
基本的に秋からは3年生は受験専念体制の筈だ。
「昨年は翠先輩は海外だし他には1年生2人しかいなかった。それにまあ安浦先輩も聡美先輩も世話好きだからな。
今年は人数が多いから翠先輩はパスの方向だ」
なるほどそういう訳か。
納得した。
「さて、今年はどういう研究テーマをでっち上げて展示をするか。ちなみにその前のテーマは『黒魔術の世界』だった」
「面倒なんで残っている資料があったらそのまま展示で良くないですか」
「一応新規で作るようにと都和先生の意向だ」
なるほど。
なら流用は出来ないか。
「まずはテーマを決めたい。逆に言うとテーマさえ決まればあとはどうにでもなる。ネットから切り貼りするなり百科事典から引用するなりでっちあげの方法はいくらでもあるからな」
何とも酷い事を言っているが所詮はアリバイ工作。
俺も勉強時間をこんな事に奪われるのは嫌なので異議は唱えない。
「黒魔術で魔女裁判なら次は拷問の歴史だよね、順当に行って」
「それだと多分昨年と内容が大分被るぞ。何せ魔女裁判なんてのは拷問そのものだからな」
なるほど。
それにしてもダークな展示が続いているよな。
「何か明るい展示はどうでしょうか。おとぎ話の世界とか」
「本当は怖いグリム童話なんて昔流行ったらしいよね」
桜さんの前向きな意見を有明透子がダークに捻じ曲げる。
「あまり範囲が広いとテーマとして不適切だ。どうせそんなにパネルを作らないから、テーマの範囲は絞った方が面白いし楽だな」
大和先輩がまともな事を言っている。
「まあ今日言ってすぐに思いつくとは思っていない。だが期限を伸ばしても製作日数が減るだけだからな。明日の放課後までに何か適当にテーマを考えてこい」
そんな何とも大雑把な台詞で話し合いは終了する。
あとで暇なときに考えればいいな。
俺はそう判断して英語の予習に戻った。
◇◇◇
学校の行きかえり等で愛梨とも相談したが面白い案が浮かばなかった。
そしてそのまま放課後を迎える。
「どうだ、何かいい案が思いついたか?」
「残念ながら」
「使えないなあ」
「そういう先輩は?」
「全くだ」
「他人の事を言えないじゃないですか」
「まあな」
不毛な会話だ。
「西欧のどこかの国の妖怪でも調べますか?」
「あまり面白くなさそうだな。説明ボードだけじゃ」
「どうせアリバイ工作なんだからその辺気にしない方向で」
「都和先生のご機嫌も多少は伺わないとな。安浦先輩が拷問振り子を作ったのもその辺のプレッシャーがあったからじゃないかと私は思っている。何やかんやいってあれが無いと形にならなかっただろうしな」
なるほど。
「まあ今日の残りの時間でゆっくり考えようや。Two heads are better than one.それなり程度の案は思い浮かぶだろ」
「三人寄れば文殊の知恵ですか」
「6人いるからその倍は思い浮かぶはずだ」
「船頭多くして船山に登る、なんて言葉もありますよ」
「そうなったら
「本当に種も仕掛けも無いじゃないですか」
「わざとらしく見える動作も練習しないとな」
おいおい。
「ダーリン、撫子先輩とばかり喋ってる」
愛梨がむくれる。
「愛梨は何か案があるか。文化祭によさそうな奴」
「うーん、川口先輩のタロット占いの部屋、なんてどう?」
「却下」
「諸般の事情でやりたくないそうだ」
なるほど。
となるとだ。
「でも
考えるのが面倒になったし、ちょっと面白いかなと思ったので言ってみる。
「でも文化祭的ではないだろう」
「ショーは芸能、芸能も民俗のひとつです」
「確かにそうだけれどな」
「確かに面白そうですね。でもトランプとか小物を使うのは難しそうです」
桜さんものって来たぞ。
「脱出ものとか人体切断とかなら面白いんじゃないかしら。真鍋君に箱に入って貰った後、剣やナイフで箱をグサグサ刺してもらうとか」
おい待て有明透子。
「それってどういう仕掛けなんだよ!」
「正利は
俺を殺す気か大和先輩!
「安心しろ、冗談だ。箱に入った時点で何か小さいものに変身すればいい。そうしたら後は偽物じゃなくて
あとは舞台を暗くして、照明代わりにろうそくを何本も用意して指パッチンで点火するとか外連味を加えてもいいだろう。ショーそのものはちゃんと電気照明で照らしてやるとして」
「あと女子はバニー姿なんてのも美味しそう……じゅるっ」
こら有明透子!
「そこまでやったら先生に怒られるだろう」
「でも面白そう」
川口先輩までのってきた。
「正利が今変身できる一番小さい動物は何だ?」
まだ女子にしか変身したことが無いな。
ちょっと何が出来るか考えてみる。
おっと内なる古の声が答えを教えてくれたぞ。
「多分コウモリです。だいたい翼長30センチ、縮まれば10センチくらいまでにはなります。ただ実際に試していないので自信は無いです」
「やってみろ。今ここで」
はいはい。
まあ内なる古の声が『出来る』と言っているから大丈夫だろう。
ゆっくりと魔力を起こして回していく。
これで十分だなと感じたところで、コウモリに変身と意識してみる。
おっ! 視界が一気に変わった。
目の前の大きいこれは何だろう……机?
とすると俺が今いるのはさっき座っていた椅子の上か!
思い切り身体が縮んでしまったようだ。
しかも明らかに身体が違う。
試しに本能に従って両手だった部分を動かしてみる。
おっ、飛ぶぞ、飛べるぞ!
大机の上を飛んで窓際近くの薬品棚の上に着地成功だ。
「こうやって見るとなかなか非日常だな」
「ねえ、本当にダーリンなの?」
翼を振って愛梨にそうですよと合図する。
流石にこの姿では会話は出来ない模様だ。
「これなら脱出魔術も簡単に出来ますね」
「あとは演出よね。この姿の真鍋君も見られないような工夫を考えて」
さて、それじゃ人間の姿に戻るとするか。
そう思って俺は重大な事に気が付いた。
コウモリに変身した際、服は全て椅子の上に残したままだった。
つまりこのまま元に戻ると全裸になる。
それは流石に避けたい。
「キーキー、チチチチ」
駄目だやっぱり喋れない。
なおテレパシーなんて魔法も使用できない模様。
仕方ない、俺は一度元の椅子の処へ戻る
幸いまだ夏服なので比較的軽い。
だからしっかりつかんで持ち上げれば……無理だ飛べない重すぎる。
「あれダーリン、何をしようとしているの?」
頼む愛梨気付いてくれ。
服一式を隣の部屋に持って行ってくれ。
そう必死に思うのだがなかなか伝わらない……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます