第47話 貧しき者よ

「透子さん。私のダーリンなんだからちょっと譲って欲しいな」

 おい譲る譲らないとは何だ。

 俺はモノじゃ無いぞ。

 2人に挟まれた位置でそう思う。

 しかし手が出ないし逃げるのも困難だ。

 何せ川口先輩の呪いはまだ有効。

 後退出来ない状況だから。


「真鍋君は愛梨ちゃんのダーリン、だけど真鍋ちゃんの方ならいいじゃない。それに背中を流したりちょっとスキンシップするくらいだし、スキンシップしたからって別に減るわけじゃないし」

 某先輩のところから飛んできた石鹸を受け止めつつ有明透子はそんな台詞を吐く。

 アレが飛んできたという事は減るという処で胸をイメージしたな。

 そう思った途端俺の方へも石鹸が飛んできた。

 ちょっと腕の力加減が異なるがなんとか受け止めることに成功する。


「それじゃ背中洗って流すのは愛梨ちゃんに譲るから、代わりに前を洗わせて貰おっかな」

「だが断る」

 余計ヤバい。

「えーいいじゃない。嫌よ嫌よも好きのうち……」

 透子が俺の前の方へと寄ってくる。

 おい待て、洒落にならない。

 後退できないし石鹸ついているから湯船にも避難できない。

 亀の子状態で取り敢えず防御。


「いやね。冗談冗談」

 有明透子、そう言ってにいっと笑った。

 悪い冗談はやめてくれまったく。

 お前に関しては冗談に聞こえない。

「背中も自分で洗うから気にしないでくれ」

「うん、わかった」

 愛梨もそう言ってくれて一安心……でもないか。

 何せ全裸の愛梨と有明透子がすぐ横、気配を思い切り感じる場所にいるのだ。

 無心だ無心。

 そう思いつつ身体を洗って、思った以上に違う感触に苦悩したり。

 まあ色々精神的ダメージを受けつつ身体を流して浴槽へ。


 広い風呂そのものは気持ちいい。

 真っ直ぐなら足を伸ばしても大丈夫な位だ。

 何せこのビニールプール、広い。

 この支え1箇所当たり1メートルとすると、縦が3メートル、横が2メートル。

 水色の樹脂製で白く『INT●X』とメーカー名か商標名が書かれている。

 しかし、だ。

 身体を伸ばしきれるのも浴槽内の人数が少ないうちだけ。

 先生含めて7人が入るとこれでも……

 危険なので俺はさっさと端っこへ。

 正座状態で身を縮める。


「ちょっとぬるくなったかな、これ」

「ぬるい方が長湯できる」

「確かにそうですね」

 俺は長湯する気は無いのだけれど、そう思ってふと気づく。

 一度浴槽に入ったら、もう外へ出ても大丈夫だろうか。

 ちょっとだけ浴槽内を動いてみる。

 どうやら動きに制限は無さそうだ。

 呪いの期限は浴槽に入るまでだったらしい。

 よし逃げよう。

 そう思って立ち上がりかけた時だ。


「まだいいじゃない」

 有明透子に腕をひっぱられる。

 危険人物めいつの間にこんな近くに。

「折角だからのんびりしましょ」

 肩を押されてそのまままたしゃがむ姿勢へ。

「それにしても真鍋ちゃん、綺麗だよね。髪も綺麗だし肌も」

 両肩を撫でられてぞぞぞっとする。

 やばい、犯される!

 知りたくもなかった気持ちを実感。

 更に両肩から下へ移動した有明透子の両手が胸に近づく。

 ヤバい。

 俺はただ身を縮める事しか出来ない。

 有明透子の手が両腕付近からゆっくりと脇の下を通って……


 ふっと有明透子の両手が離れる。

 何だ。

 とっさに振り向くと有明透子が黄色い洗面器を受け止めていた。

 この隙にささっと移動して有明透子の魔手から逃れる。

「ちょっとやり過ぎだ」

 大和先輩だ。

 どうやら洗面器を飛ばして助けてくれたらしい。


「いや、冗談のつもりだったんだけれど、つい本気になって……」

「愛梨に意識混濁魔法コンフューズかけてか。どうみても計画的犯行だろう」

「そうそう。そういうお戯れは皆さんが寝静まってからですよ」

 こら先生、注意のポイントが違う!

 そう思ってふと魔法をかけられた愛梨の方が気になる。

 愛梨は大丈夫か。

 とっさにそっちの方を確認。

 愛梨は一応大丈夫。

 ぼーっとした表情だがお湯を吸い込む事もなく姿勢は保っている。

 とりあえず息が出来なくなる心配は無いようだ。

 でも俺は見てしまった。

 愛梨の奴、結構着痩せするタイプだったと。

 そして有明透子もやはり着痩せするタイプ。

 川口先輩はやっぱりボリューム大。

 そして桜さんと大和先輩、先生は見たままと……

 

 パコーン! うっ!

 俺の頭に黄色い洗面器がぶつかって床に落ち、派手な音を立てた。

 見てしまったショックの余り避けられなかった。

 幸いいつものボールペンと違って遅めの速度だったのだが痛いことは痛い。

正利まさとしも助けてやったのに無礼な奴だ」

「すみません」

 ここは素直に謝っておく。

 事実は事実だが確かに助けて貰ったからな。

 しかし謝ったのにまた洗面器が飛んできた。

 今度はちゃんと受け止める。


「何で謝ったのにまた飛んできたんですか」

「謝りつつ余分な事を考えただろう」

 確かに考えなかったといえば嘘になる。

 しかし先輩、本当に気にしているんだな。

 ちょっと反論してみよう。


「でも何も大きいことがいいこととは限らないでしょう。先輩はそのままで綺麗だと思いますし。それに巨乳にも色々問題があるとも聞いています。肩が凝るらしいですし汗疹が出来たりするらしいですし。

 それに人の好みは色々です。『貧乳はステータスだ! 希少価値だ!』という台詞は一時流行りましたし貧乳ひんぬー教徒という存在もいます。パリコレのモデルだって大体貧乳じゃ無いですか」

「持てる者には持たざる者の気持ちはわからないのだよ。聖書にもこんな言葉がある『持てる者はさらに与えられ、持たざる者はさらに奪われるであろう』」

「それって違う意味ですよね絶対」

「だいたい貧乳って言葉も悪い。貧しいなんて言われても仕方無いじゃ無いか。『求めよ、さらば与えられん』の『られん』は否定なのか」


「マタイ伝ばかりですね」

 この台詞は先生だ。

「使いやすい台詞が多いですからね。それはいいとして」

「ラテン語の格言にもありますよ。『quod nimium est, fugito; parvo gaudere memento.』。あまりに大きい事を避けなさい。小さい事に喜ぶ事を忘れるな。そんな意味です」

 何故か先生が貧乳談義に参加開始する。

「それは『大きいことはいいことだ』という意識が一般的という前提があるからこと成り立つのではないでしょうか」

「大きな葛籠より小さな葛籠に幸せは入っているものですよ」

「同じです。それに結局最後には大きな葛籠を選んでいるじゃ無いですか」

「あれは欲張ると失敗するという例で出ているんです」

「つまり欲は大きい方へ向かうのが自然だという事ですよね」

 何か先生と大和先輩の怪しい談義がはじまってしまった。


 よし、この隙にさっさと逃げる事にしよう。

 ここにいたら色々気力が持たない。

 ただ貧乳関係の話は出来れば今後やらないようにしよう。

 俺はまたもや飛んできた洗面器を受け止めつつ決意する。

 どうも先生もかなり気にしているようだからな。

 そうでなければあれだけ弁護の台詞がすらすら出てくる訳は無い。

 

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