第42話 美味しい裏話

「お、やっているな」

 大和先輩の声。

 他の皆さんが戻ってきたようだ。

 見ると色々と捕ってきている。

「魚はどうせ愛梨が山ほど捕ってくると思ったからな。それ以外を調達してきた」

 草系とか何かの実とか貝とか、色々だ。


「先生はパンとかサラダ用の野菜を買い出しに行っている。昼食も買ってくるそうだ。そして夜は予定通り天ぷらと刺身のパーティ。

 こっちで捕ってきたのは天ぷら用の現地山菜と刺身・天ぷら両用の貝だ。取り敢えず魚が一番手間がかかるから全員でやるぞ」

 そんな訳で魚捌き大会になる。

 俺としては『出来るけれど決して得意では無い』レベルなので大助かり。

 なお愛梨はあのサンマっぽい細長いのを早くも半分以上開いて海水に浸けている。


「そのカマスは干物予定か?」

「そうだよ。カマスっていうんだ、その魚」

「厳密にはホソカマスだな。確かに水分多めだから刺身より干物が美味しいだろう。出来れば天ぷら用に数匹海水漬けにした奴が欲しいけれど大丈夫か」

「大丈夫だよ。干物用が1人2匹としても8匹以上は余るから」

「なら頼む。人数分だから7匹」

 こうやって見ていると貧乳、もとい大和先輩も結構料理はやるようだ。

 飛んできた包丁を受け止めつつそんな事を思う。

 なお飛んできた包丁はなかなかいい感じの小出刃包丁。

 今俺が使っている安物万能包丁より使いやすそうだ。


「ちょうど良さそうなんでこのまま借りておきます」

「後で返せよ」

 早速例の鯛もどきを3枚にするのに使用。

 うん、ちょい刃厚めで先が鋭くていい感じに身に刃が入る。

 骨を切る時も楽だ。

 安物万能包丁と随分使い勝手が違う。

 これがあれば魚をさばくのもワンランク上手くなった気になるな。

「いいですねこの包丁」

「刃物の街関市にある岐阜県刃物会館で買ってきた逸品だ。ただ錆びやすいから注意してくれよ」

 なるほど手入れがちょい面倒な訳か。

 それでもちょっと欲しいかなと思いかけて気づく。

 合宿でしか使わないのに必要無いよなと。


 なお見てみると愛梨もマイ包丁。

 此処の備品である黒い柄の安物と違い、柄まで金属製で一体感のある包丁だ。

「愛梨も包丁を持込んだんだ」

「うん。自分用が使いやすいからね。小出刃と刺身用、ペティナイフの3本持ってきたよ」

 なるほど。

「何気にこだわっている訳か」

「こだわりとは違うかな。いいのを使うと使いやすくて安いのに戻れなくなるんだよね。だからつい色々揃えちゃって。今日持ってきているのはどれもステンレスだからあまり手もかからないしね」


「包丁も三千円位出せばそこそこいいのがあるしな。今正利が使っている小出刃も二千円程度の奴だぞ」

 思ったより安いなと思う。

「その割には随分使い勝手がいいですね」

「魚、それもアジくらいの魚をさばくの用に出来ているからな。それは私の好みで手入れが少々面倒な奴だけれど、ステンレス刃なら手入れも簡単だ。

 ただ鋼の包丁を砥石使って研ぐのも時にはなかなかいいものだぞ」

 うーむ。

 その値段だと買えるな。

 『欲しいな』とも『でも必要無いよな』とも思いつつ。


「香織は私よりもっと拘っているぞ。カードと刃物には投資を惜しまないと言っているしな」

「今回は出先で使うからステンレス、ZDP-189」

 何だそりゃ。

「刃物用ステンレス鋼としては最高級の金属だ。お値段もその分お高い。確か今使っているのが4万円前後って前に聞いたな」

 何だその法外な値段は。

 一見普通の、いや木の柄部分を含めてちょっといい包丁にしか見えないのだが。

「普段はもっと使いやすい青紙系のを使っている。手間はかかるがこれより研ぎやすいし使いやすい」

「青紙というのは。まあ鋼系統の最高級品だと思ってくれ」

 理解した。

 上には上があるというか、突き詰めるととんでもない事になるという事が。

「ちなみに有明さんは」

「見られたく無い人がいなければアルネセイザーを小型化してる」

 やっぱり。


「でも包丁とか装備の服とか、結構先輩達もお金持ちなんですね」

「実はちょっとだけ割のいいアルバイトがあってな。今度もお盆明けくらいにあるから誘おうと思っていたんだ。2回あわせて1人5万は固いぞ」


 微妙に嫌な予感がする。

 ひょっとしてその高収入は、若い女性しか出来ない高給料な奴では無いだろうか。

 俺の脳裏に『バー●ラ、●ニラ高収入♪』なんて曲が流れてしまう。

 確かに先輩達2人とも一応美人の範疇だし。

 でも一部の趣味の方に重宝されそうな香織先輩と違い、大和先輩は綺麗ではあるけれど色気無いよな。

 そう思ったらまた刃物が飛んできた。

 今度は長い刺身包丁だ。

「流石にこれを投げるのは危なくないですか」

「今、また胸が無いと思っただろう」

「綺麗だけれど色気が無いと思っただけですよ」

 あ、つい本音を言ってしまった。

 代償として安物三徳包丁が2本飛んでくる。

 まあ何とか受け止めたけれど、包丁を持ったままあと2本包丁を受け取るのは結構難しい。

 周りに人がいるので少しは自重して欲しい。


「残念ながらエロな正利が想像したようなバイトじゃない。神社や寺社、墓地なんかで魔物掃除のアルバイトだ。討伐3級を取ったから一番簡単な下級怪異掃除は出来るしな。あれはだいたい1人1日3万円が相場だ」

 そうか、そんなアルバイトがある訳か。

 でも待てよ。


「うちの学校はアルバイト禁止じゃありませんでしたっけ」

「本来そうなんだがお盆明けとか彼岸時期とかは人手が必要でな。何せ実際に怪異を討伐出来る資格持ちなんてのは絶対数で見るとごくごく少ない訳だ。住職とか神主とかが常駐する場所はまだいい。公園墓地なんかだと専任の能力者すらいない場合もある。

 だから特定の期間、具体的に言うとお盆時期、春秋の彼岸の時期、正月4日以降の初詣明けの時期は先生もバイトを大目に見てくれる。大目に見るどころか斡旋までしてくれる状態だ。だからまあ、その気になれば装備を揃える位なんて事は無い」

 なんと。


「それだけあれば牛肉の塊も……じゅるり」

 こら有明透子。

 そこで食欲に引きずられない!


「でもそれだけあれば先輩達みたいに格好を揃えられるね」

「そうですね。先輩達のあの黒い服、格好いいですものね」

「あれは防水透湿素材を難燃素材でコートして更に所々ケプラーで補強、更に防護のお札が入る討伐用特別製だからな。ナイフも剣も刀も装着できるし火の玉くらいなら弾き返しても熱くもない。強化板入れて耐刃装備にもなるしな」

 うーむ。

 厨二病的になかなか優れモノのようだ。

 日常生活には必要ないけれどな。

 でもこの研究会的には必要かもしれない。

 うーん。

 どんどんとドツボにはまっていくような気がする。

 俺は高校に勉強するために入ったのに。

 そんな事を思いながら手先はひたすら魚をさばく。

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