第33話 一日目の終わり

 とりあえず40番まで来たところで。

「そろそろ今日は終わりにしない? 時間も20時過ぎたし」

 有明透子から提案があった。

 確かに言われてみると結構疲れたような気がする。

「前後はどう?」

「見える範囲では何もいないよ」

「ならここで今日は一服ですね」

「そうそう。無理したら明日以降がきつくなりますし」

 全員荷物を下ろす。


 なお壁には例によって、

『3級試験用迷宮 40番 進行方向は←です。

 この水は飲用可能です。次の水場は50番です』

という案内が壁に書かれている。

 これがあれば明日進む方向もわかるし楽だよな。

 もしこれが無かったらと思うと結構面倒だ。

 今回のような一本道なら後ろ方向に何か物を置く等目印をつければいい。

 でも枝分かれが多いタイプの迷宮ダンジョンなら他の方法が必要だ。

 入口から長い糸でも垂らしながら歩くしか無いだろうか。


「それじゃお札を1枚出して」

 有明透子がお札を封筒から出し封を切る。

 ふっと何かに包まれたような気配を感じた。

 おそらくこれがお札の効力という奴だろう。


「今が20時3分ですから明日の6時3分まで大丈夫」

「じゃあさっさとご飯つくって寝床もつくって休もうよ」

 ザックから装備を色々と取り出す。


「俺は先にテントの方やるから料理よろしく」

 以前米炊きに失敗してから料理は若干俺のトラウマになっている。

 特に今日は米炊きがあるし。

「じゃ私は夕食やっておくね」

「よろしく」

 俺は荷物の中からテント本体を取り出し広げる。


 テントは前に使ったものと違いドーム型で自立するテント。

  ① ゴムで繋がっているポールをはめ込んで2本の長いポールにして、

  ② テントの四隅にある穴にポールの端をひっかけ、

  ③ X字になるようポールを曲げて立て、

  ④ テント本体についているフックを引っかければテントは完成だ。

 今回は洞窟内だから雨除けのフライはあえて持ってきていない。

 中に入ってマットを敷いて、あとは各自寝袋を出して寝るだけ。

 うん、前に使った三角テントより遙かに簡単だ。

 ただテント内が微妙に狭い気がする。

 確か登山用4~5人用のテントを持ってきたはずなのだけれど。


 その間に女子3人は夕食準備中。

 愛梨が飯炊きで、桜さんがスープ用のお湯沸かし。

 有明透子が焼き豚を切っている。


「通路の真ん中にテントを張るのも何か変だよね」

「休息は私の経験だと小部屋とか行き止まりの部分。こんな便利なお札は無いから交代で見張りしながら仮眠という感じ。だからこうやって安心して全員で休めるのは有り難いな」

 でもそれだと……

「それじゃぐっすり眠れないよね」

 俺が思ったのと同じ事を愛梨が言ってくれる。

「だから回復魔法が重要なの。それもあって回復役だけはぐっすり眠らせる。寝ないと魔力が回復しないし」

 なるほど、ぐっすり眠れない分は魔法で回復させる訳か。

 なるほどゲームにはない本物ならではのノウハウが色々あるんだな。

 そんな事を思う。

 

 立てたテントに今必要無い荷物をテントの中に入れ、俺も炊事に合流。

 調理の方はお湯が沸騰したので桜さんが冷凍ほうれん草を投入した状態だ。

「鍋を洗うのが面倒だからスープの粉は各自の食器に入れよ」

「そうね。その方が楽ね。ところで皆さんは本当に夕食の鶏ハムは1個でいいの」

 多分有明透子は本気で言っているのだろう。

 しかしだ。


「お昼も食べたし大丈夫だよ」

「私もです」

「俺も焼き豚があるから1枚でいいな」

 皆が有明透子ほど燃費が悪いわけでは無い。

 何せ焼き豚だけでも何枚という甘い量では無いのだ。

 つまり基本は塊。

 食べやすいように切ってはいるけれど。


「でもその鶏ハム、お昼にはちょうどいいよね。簡単に食べられるし冷たくても美味しいし。そう言えば明日のお昼ご飯、メインはあれ1枚でいいかな。今日もいつ敵が来るかと思うと昼食のんびりと調理する気分にならなかったし。足りなければあとはチーズとソーセージで」

「それだけなら小休止の際ぱっと食べられますしね」

 皆さん肉食化してきたな。

 でも俺もそれでいいかなと思う。

 いつ怪異が襲ってくるかと思いつつお湯を沸かすのは結構気分的にきつかったし。


「ならご飯、ちょっと多いかもしれない」

「大丈夫だよ。今日ずっと歩いて疲れたしお腹もすいたし。それに明日の朝食分もあるんだしね」

「そうですね。それでも余った分は持って行けばいいでしょうから」

 そんな事を言っている間にお湯が再沸騰したのでスープの粉入りの各自の食器へ。

 ほうれん草部分も含めきっちり分ければ事実上のおかず調理は終わりだ。

「ご飯ももうすぐだね。あとは5分も蒸らせば大丈夫」

 俺にはわからないが鍋の様子から中のご飯が炊けたかわかるらしい。


 カットした焼き豚とそのままの鶏ハムを中央に置いて、各自の食器を前に置く。

 愛梨がご飯鍋の蓋を開けると、米が立っていて蟹穴も開いていて完璧な炊き具合。

 愛梨の飯炊き技術は既に完成の域に達している模様。

 とりあえず最初の分だけご飯を盛り付けて。

「いただきます」

 食事開始。


「あ、焼き豚美味しい。ちょっとタレが甘めなんだ」

「今日はご飯用だから角煮に近い和風の味付け」

「美味しいですよね。ご飯がすすみます」

 確かに。

 さっぱりとした塩味の鶏ハムも悪くないのだが、ご飯のお供だとちょい味強めの焼き豚が美味しい。

「これ焼き豚のタレ部分美味しいよね。もっとあったらご飯にかけて食べたい」

「ごめんね。もし漏れたらと思うともって来れなかった」

「ううん、ここだとそれが正解だと思う。でもやっぱりこの甘辛汁ご飯にあう」

 悔しいことに俺も同意だ。


「この温かいスープもいいですね。この中は涼しいですから暖かい物があると気分も休まります」

 確かにそうだな。

「でも今思うともう少し工夫が出来たかなと思ってる。例えばピザ用のチーズを買ってきてお湯を注ぐ前に入れるとか」

 あ、言われてみると確かにそうかも。

 結局各自2杯くらいおかわりして、1人あたり肉だけで500グラム以上、有明透子は1キロ近く食べて夕食は終了。

「じゃ早く寝ようか。明日は一日中迷宮ダンジョンだし」

 ささっと食器や鍋類を片付けて、ザックから寝袋と寝袋カバー、枕代わりの着替え等を出してテント内へ。

 俺はすかさず一番奥、端っこをキープ。

 だが……。


「結構このテント、きつきつですね」

 横に並ぶと目一杯。

 寝袋越しに肩が当たるか当たらないかという状態だ。

「登山用のテントって人数分ぎりぎりくらいの大きさなんだって。この前見たWebにそう書いてあったよ。だから普通は寝る向きを頭側足側と交互にして寝るんだって。今回のテント5人ぎりぎりサイズだし、4人中女の子3人だから同じ方向に頭を向けて寝ても大丈夫だと思うけれど」

 愛梨それは装備準備の段階で言ってくれ。

 わかっていたらもう少し大きいテントを持ってきたのに。

 そう思ってももう遅い。


 幸い今回の寝袋は以前のものと違って横が開くタイプでは無い。

 しかも寝袋カバーをつけているから前回みたいに襲われることも無い筈。

 それでも……


「おやすみなさーい」

 本当に真横で愛梨の声が聞こえる。

 俺がテントの壁に密着するように寝ているにもかかわらずだ。

 ちょっとでも動くと物理的に中身入り愛梨の寝袋に触れるし。

 耐えろ俺。

 前の合宿1日目よりはマシな筈だ。

 そう、きっと……

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