第28話 訓練迷宮探索中

 20メートル程度歩いた処で、

「ストップ」

と愛梨が小さいがはっきりした声で言う。

「どうしましたか」

「この先更に20歩くらいのところ、右下のちょっと大きな岩の影に何かいそう。出来れば出た瞬間倒すけれど、一応注意お願い」

「確かこの迷宮ダンジョンに出るのは蛇の怪異と蝙蝠の怪異ですよね」

「うん、多分蛇の方だと思う……出た!」

 太い蛇というかツチノコみたいなのが跳ねた。

 桜さんがナイフを構えるがそこまでは届かない。

 だが敵は途中で落ちてそのまま動きを止める。


「うん、邪視が効くようだね。なら安心」

 うんうんと頷いている愛梨に対し、桜さんはちょっと苦い顔をしている。

「ナイフだと足元の敵に対してはしゃがまないと届きませんね。ちょっと装備を間違えたかもしれません」

「ナイフ2本で足元を防護する時は膝か腰を曲げないと。もし今の敵が続くなら真鍋君が先頭の方がいいかも。盾もあるし片手剣でリーチもそこそこあるし」

 有明透子がそんな余分な意見を言った。

 正直俺は先頭あまり先頭に行きたくは無い。

 でも断るのも何だよなという感じ。

 何せ俺の他は皆さん女子だし。

 全員普通の人間では無いけれど。


「なら今のところ通路も広いようだし、私とダーリンで前歩こう。何か来そうなら基本的に私の邪視で、それで駄目ならダーリンに頼ればいいから」

「それがいいですね。この距離ならすぐ入れ替えも出来るし」

 ああ、あまり嬉しくないパターンだ。

 片側とは言え先頭か。

 でも基本的に今のように愛梨が何とかしてくれれば安全だよな。

 それを信じて俺は左前側へ移動する。


「じゃあ行こ。とにかく30分くらい歩けばクリアだし」

 頼むから愛梨が処理できない怪異は出てくるなよ。

 そう思いつつ俺も歩き出す。

「面倒だから今と同じ奴は先に処理しておくね」

 歩きながら随分先まで、今と同じ太った短い蛇が飛び出ては倒れていった。


「便利だな、愛梨の邪視」

「これが便利と言われたのははじめてかな」

 愛梨、ちょっとご機嫌な様子。

「ダーリンと並んで一緒だしデートみたいなものだよね」

「デートにしては雰囲気悪いだろ、ここ」

 真っ暗な洞窟だし、蛇の怪異の死体が転がっているし。

 しかも蛇の怪異の死体は愛梨の邪視の仕業だ。

 まあ俺が剣で倒すよりは見栄えが少しはましだろうけれど。

「お二人さんとも御馳走様」

「私も安浦先輩がいてくれたら嬉しいんですけれど」

 おいおい2人とも誤解するな。


「だいたいこれはデートじゃないぞ。4人いるし武器使用の訓練だろ」

「前を向けば私とダーリンだけですし、気分だけでもデートでいいじゃないですか」

「だが断る」

「あれだけキスした仲なのに」

 えっ、おいちょっと待て。

「そんな憶えは無いぞ」

「もうキスだけで50回以上もしたじゃない。全部間接キスだけれど」

 全く気にしていないと思っていたのに数えていやがったのか。

「もう此処までくれば恋人どころか夫婦同然……ストップ!」

 何だ何だ。


「愛梨ちゃん、何?」

「今までと別の敵だよ。まもなく来る。飛んでる」

「下がって。桜ちゃんは愛梨ちゃんの護衛、私が前に出る。真鍋君は私の少し後で」

 キー、キー。

 そんな甲高い声と同時にバサバサと何か飛んできた。

 数が多い。

「邪視で減らせるだけ減らすからあとお願い」

「わかった」

「桜ちゃんは愛梨ちゃんから離れないで」

 バタバタ落ちているのは愛梨の邪視のせいだろうか。

 それでも数が多いのである程度は飛んでくる。

 仕方無い。

 俺の方に飛んできた奴を剣で叩くようか感じで倒し、更に横にいた奴をバックラーで殴る。


「出来れば後に逃さないで。位置はそのままで剣が邪魔にならないように」

 有明透子は俺より少し前に出て飛んでくる蝙蝠を細めの剣で斬っている。

 俺より剣筋が数段速い。

 流石途中で逃げたとは言え元勇者だ。

 俺達より遙かに慣れている。


「わかった」

 落ち着いてみれば俺の方までやってくる蝙蝠はそう多くない。

 1秒で1匹倒せば何とかなりそうだ。

 そんな訳で叩く、叩く、叩っ斬る。

 バックラーが案外便利だ。

 面で敵を叩けるから。

 あとこの剣は本来は突く攻撃がメインなのだろう。

 蝙蝠に対する斬れ味はいまいちでどうしても叩き付ける感じになる。

 それでも俺の腕力なら蝙蝠相手には問題ないけれど。


 実際はせいぜい20秒くらいだっただろうか。

 飛んでいるものがいなくなった。

 全部下に落ちて動かなくなっている。

 なお剣が血まみれになったりとかはしない。

 敵が作り物だからかな。


「やはり初級用ですね。割とあっさり倒せた感じ」

「でも結構疲れたかな」

「まあそうかも。これからは愛梨ちゃんの邪視は出来るだけ攻撃に使わないようにした方がいいかな。本当の迷宮ダンジョンなら2泊3日かかるから、色々便利な邪視は極力温存の方針で」

「そうですね。あとまだ私、全然攻撃していないんですけれど」

「この次この蝙蝠が出たら真鍋君と位置を変えればいいと思う。今は蛇対策があるから真鍋君前で」


 うーむ。

「流石有明さん、慣れているな」

「一応異世界で4ヶ月ほど勇者をやったし。あの場所は訓練用なんてなく即本番だから。うちは大丈夫だったけど勇者パーティでも早々に死者が出るなんてのは珍しく無いらしいし。だからその分この世界より色々享楽的になったりする面もあったり」

 享楽的って、まさかとは思うけれど……


「享楽的ってどういう意味ですか」

 桜さん、ストレートに聞きやがった!

「例えば冒険者のパーティは勇者パーティに限らずだいたい何組かはデキているのが普通。全員で愛し合う主義のパーティも珍しくない感じ」

 おいおい有明透子。

 桜さんが固まってしまったぞ。


「でもそれだと途中で子供とか出来たら大変だよね」

 愛梨さらに過激な質問をするんじゃない。

「そうね。でも普通はそこまで長期間探索だの冒険だのを続ける訳じゃ無いしあまり問題ないな。それに体力的な事からかあの世界のパーティは男性同士、女性同士というのが普通。だから、子供が出来るという事はあまり考えなくてもいい」

 何だその状況は。

 薔薇と百合の園かよ。


「まさか透子さんも……」

 こら桜さん固まりつつもそんな事聞くものじゃない。

 それに有明透子がそっちの世界の住人だって事、桜さん以外は周知の事実だぞ。

「郷に入っては郷に従え。大丈夫、元々は私もこの世界の日本の人間だから。日本では極力日本の常識を守るつもりだし」

 有明透子もそんなのあっさり答えるな。

 台詞を吟味してみると全く否定してないし。

 なまじ美人だけに洒落にならない。

 思わず絵面を想像しそうになるじゃないか。

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