第17話 午後の講習

 昼食前まで2時間程度は眠れたらしい。

 正直まだまだ寝足りない。

 それでも少しだけましな状態になった。

 刺身と焼いた貝をおかずに昼食を食べ、そして午後の訓練だ。


「今度の訓練は短絡路における安全の確保と逃げ方だ。あの短絡路は魔女だの不死者ノスフェラトゥだの亜人だのの他、妖怪だとか化物、悪魔とか神に近い存在まで使用している。普通そういった存在に出会う可能性はごく低い。しかしもし運悪くそういった存在に出会いそうになった場合どうするか。それが午後の訓練だ」

「何か危険そうですね」

「だからこそ訓練するんだ。大丈夫、ここは日本ほどそんな存在がうろうろしていないからさ。ああいう存在の数は人口に比例するからな。無人島だとあまり出てきたりはしない」

 そういえば国内のそう言う場所は危険な場所が多いとか言っていたな。

 ここで合宿する理由として。


「この訓練は万一の為全員である。それじゃまずは同じ短絡路に入る。手を繋いで行くぞ」

 大和先輩、川口先輩、桜さん、愛梨、俺という順番で手を繋ぎ、やや横向きに歩く形で短絡路の入口へ入る。

「さて、ここがいつもの短絡路だ。さっきは目的地だけを考えて歩いたと思うが、今度は入ったらまず危険がないか周りを確認してみる。危険は無いか、そう思いながら実際に周りを見てみろ」

 言われた通り危険は無いかと思いながら周りを見回す。


「正利、どうだ?」

「何も無いように見えます」

 大和先輩は頷く。

「ああ、今はそれで正常だ。実際何も無いからな。

 ただ危険な相手が外からこの空間に入ってくる場合もある。だからこれからは目的地を見るのと同じくらい周りに危険が無いか注意しながら歩く事を心がけてくれ。

 そしてもし危険と思われる対象が見えたならだ。

 仮に右斜め前方に見えたとしよう。その場合はまず反対方向を向く。間違っても目を合わせない。目を合わせたら間違いなく相手に気づかれるからな。反対方向を見ながら安全で人のいない出口を探す訳だ。例えばこっち、左後方を見ながら安全で人のいない場所を探して見ろ」

 言われた通り見てみる。


「愛梨、どんな場所が見えた。方向を指して説明してくれ」

「こっちの方向、海に近い岩場です」

「よし、そこなら大丈夫だ」

 なるほど、そうやって逃げ場を探す訳か。


「基本的には出口を出た後、出来るだけ早くその場所を離れた方がいい。万が一同じ出口から相手が出てくるとまずいからな。まあ100メートルも離れれば大体大丈夫だ。ただ出た場所からそれほど移動出来ない場合もある。その場合は取り敢えず出口から少しでもいいから別の方向へ移動する。極力出たままの場所と出た方向から外れる。そうすればまず相手から見える事はない。

 あと間違っても出た場所からそのまま出入口の方を見るのは止めてくれ。運が悪いと相手にこちらの視線を気づかれるからな。

 以上が危険な相手に出会いそうになった場合の方法論だ」

 なるほど。

 確かに万が一という時に役に立つかもな。

 そういう場合が来ないのが一番だけれども。


「さて、そんな訳で実践だ。実はもう少しするとこの近くの島の神的存在がこの付近を通る。香織のカードで確認したから間違いない。

 感知したら直ちに逃げろ。各自バラバラでだ。以降は実戦訓練、相手に声が聞こえたらまずいからこれから逃げ切るまでは喋るなよ」

 えっ、いきなりかよ。

 文句を言いたいが聞こえたらまずいので話せない。

 すっと先輩2人の姿が消える。

 もう逃げたのか。

 危険感知、危険は無いか……んん!

 右前方10メートルも無い場所にふっと影が見えた気がした。


 咄嗟に反対方向を向く。

 安全で人のいない場所……見えた。

 そこそこ遠い。

 でも走って気配をまき散らすのもまずいだろう。

 早足で祈るように歩く。

 出口が見える。

 あの元畑のようだ。

 何とか出てすぐ左横にそれて歩く。

 目をあわせないよう後は見ない。


 妙な気配は特に無い。

 ここは思い切り走って逃げよう。

 そう思ったところでふと視界の隅に何か見えた気がした。

 何だ。

 目を背けようか考えたが今の何かに見覚えあるような気がした。

 なのであえてそっちを見て確認する。

 愛梨だった。

 出口から出て横に逃げたところで俺と目が合う。


「逃げるぞ」

 愛梨の体力は基本的に常人並み。

 なら俺が抱えた方が早い。

 なので咄嗟に愛梨に駆け寄り問答無用で抱える。

「非常事態だからな」

 こんな洒落にならない実践訓練しないでくれ。

 そう思いつつ愛梨を抱え、元畑跡から岩場を通って海辺へ逃げる。


 海辺の岩場、あの船着き場状のところから更に走って砂浜に出たところで。

「もう大丈夫じゃないかな」

 愛梨にそう言われて気がついた。

 確か100メートルも離れれば大丈夫なんだっけか。

「そうだな」

 愛梨を下ろす。


「ダーリンありがとう! 怖かった!」

 そう言って抱きつこうとする愛梨をさっと躱す。

「何で。折角またお姫様抱っこまでしてくれたのに」

「非常事態だからやむなくそうしただけだ」

 前回の反省通りお米様抱っこにするべきだっただろうか。

 でもあれだと走りにくいよな。


「取り敢えずテントの方に戻ろう。桜さんとかも気になるし」

「そうだね。でもどっちに行けばいいんだろ」

「こっちだ」

 俺は前に来たから場所がわかる。

 愛梨にあわせて歩いたらテントまで結構時間がかかるだろう。

 でもまあ仕方無い。

 さっきのが出た後なので短絡路を使う訳にもいかない。

 

「よ、遅かったな」

 30分位でなんとかテントの場所まで辿り着いた。

 大和先輩がこっちを見てにやにやしながら言う。

「何処まで逃げたんだ。まさか2人でいちゃいちゃしていた訳でもあるまい」

「方向が悪くてあの畑の跡まで逃げました。まったく無茶な訓練しないでくださいよ。寿命が縮まりそうじゃないですか」

 なお桜さんも川口先輩も既にテントの処にいる。

 無事脱出に成功したようだ。

 そう思ったら、だ。


「安心しろ。さっきの存在は実は先生の式神だ。どうせなら本気でやらないと訓練にならないからな。先生にそれらしい式神を操って貰った」

「でも最近の生徒は優秀でなかなか捕まりませんね、外形もかなり拘ったのに誰も見てくれないですし」

「まあ見て目が合ったらまずいから対応としては正しいんだけどな」

 おい待て。

「それじゃあの神様ってのは」

 愛梨の台詞に大和先輩は頷く。

「ああ。本当にそんな危ない対象相手に訓練する訳が無いだろ」

 ……はあ。


 ただ微妙に予感がする。

 なのであえて聞いてみる。

「参考までにあれに掴まったらどうなる予定だったんですか」

 先生は頷いてから口を開く。

「勿論生命に別状あるような事はしません。ただそれなりの恐怖感を持って貰わないと。逃げる際に掴まってはこまりますからね。それに見せかけですと危険な存在と判断して貰えませんから。

 具体的には捕まった場合、身長3メートル四面八臂の存在に抱えられ、次の瞬間飲み込まれます。全身が麻痺して動けなくなる後、バキバキという咀嚼音と振動の元、痛みとともに両手両足の感覚が徐々に薄れていくという感じで効果がかかる予定です。あとは捉えられた個人の恐怖感情を直接刺激させる程度ですね。

 勿論実際に噛み砕くわけでは無く単にそんな悪夢を見せるだけですけれど」


 おい待て。

 そんなの下手すればショック死もの、下手しなくてもトラウマものだろう!

 ただ俺はそんな真っ当な意見もあえて口には出さない。

『先生には逆らうな』

 その忠告を覚えていたからだ。


「まあ結局ダーリンにまたお姫様抱っこしてもらったからいいか」

 良くない。

 俺としては全く良くない。

「今度こそは走りにくくてもお米様だな」

 でも本気で危険と思った場合はそうも行かないんだろうけれどな。

 とりあえずどっと疲れた。

 寝不足でもあるしテントに籠もって昼寝でもしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る