第16話 午前中の訓練

「あっさですよー!」

 耳元でそんな暴力的な声。

 あ、俺は眠っていたのか、そう気づく。

 いつの間にか眠ってしまったらしい、

 夜が明けかけた頃まで苦しんだ記憶はあるけれど。


 俺が寝袋から這い出たところで桜さんが一言。

「これから少し着替えるのでこちらを見ないで下さいね」

 いや頼むちょい待て。

「外に出ているよ」

「ダーリンなら見られてもいいよ」

「だが断る」

 テント外へ逃げるようにして出る。


 愛梨は全然何事もないような感じだったが、俺はびっしり汗をかいていた。

 だから昨夜の出来事はきっと夢じゃない。

 今夜は寝袋の向きを考えて設置しよう。

 そう固く思った俺だった。


 女子が着替えた後ささっと俺も着替える。

 その後は、

「飯炊きなんて慣れだ。多少焦げる匂いがしても気にせず水蒸気の質だけ注意すればなんとかなる」

とか、

「昨日作った小さい方の干物、軽く焼いて出すね」

とか皆で話しながら朝食を作る。

 夕食に比べれば簡単なメニューだ。

 名称不明な二枚貝と怪しい葉っぱ、パンの実のすまし汁。

 アジっぽい魚の漬け。

 イワシの干物を焼いたもの。

 でも。


「いただきます」

 食べるとどれもなかなか美味しい。

 意外だったのが昨日愛梨が作ったイワシの干物。

 焼いて食べると予想以上に美味しいのだ。

「これヒットだな。できればマヨネーズでもつけて食べたい感じだ」

 そう大和先輩も言っている。

「私はやっぱりこのお刺身かな。味がしみていてごはんに良く合う感じ」

「同意。でも野菜が欲しい」

「この島にはちょうどいい野草が少ないですからね」

「でもパンの実、お芋みたいで美味しいですわ」

 俺自身も美味しいとは感じるのだが、実はとにかく眠い。

 昨夜のせいで完全に睡眠不足だ。


「ダーリン、何か元気ないけれどどうしたの?」

 愛梨に気づかれた。

「いや、何でも無い」

 お前のせいだと言いたいが言えない。

 特に先生も含め全員揃っているこの場では。

「どうした。寝不足という顔をしているぞ。ひょっとして昨晩こっそり愛梨といちゃいちゃしたとか」

「してません」

 少なくとも俺は能動的には動いていない。

「それにダーリン、朝起こすまでぐっすり寝ていたよね」

 誰かさんのおかげで早朝まで眠れなかったからだ。


「それで今日はこの後、何か予定はあるんですか」

 話題を変える。

「まずは昨夜のおさらいだな。今度は短絡路を1人で通る練習だ。行く場所は水場だと遠いからこの島の中心部、元畑があった処がいいだろう。あそこはまだ愛梨は行った事が無いよな」

「はい」

「なら一度正利か桜に連れて行ってもらって場所を覚えた後、それぞれ1人で訓練だ。ただ往復するだけでは勿体ないから帰りはココナッツの実かパンの実を持って帰って来い。だいたい3回位往復すれば慣れるだろう。そうしたら午後は次の段階だ」

「次の段階とは何ですか?」

「それはお楽しみという奴だな」

 なるほど。

 それなりに色々訓練として考えてはあるらしい。

「あと、もう魚は捕らなくてもいいぞ。合宿終わり分まで充分あるからな」

 確かに超巨大クーラーに満載状態だったからな。

 そんな感じで話しながら朝食を終える。


 さて、午前中の訓練だ。

「愛梨がいるから1人での往復は2往復半でいいや。愛梨を連れて皆で向こうに行って、そこから1人でここまで2往復半な。つまり1回につきパンの実かココナッツの実を1個持ってきて、1人あたり3個持ってきたら終わりだ。あと出入口は出来るだけ毎回違う場所を使う事。その方が訓練になるからな」

 そんな訳で車の前にある入口から行きだけ3人で手を繋いで行く。

「本当だ。意識するとあの畑の跡って見えるんですね」

「私は見えないなあ」

「場所を知らないからだと思うな。きっと一度行けばわかるようになるだろ」

 水場と違って1分も歩かないで到着だ。


「これが畑の跡? 何も無いように見えるけれど」

 愛梨が周りを見回しながら言う。

「ここだけ他と植物が違うだろ。これは多分ヤマイモと同じような種類の芋の蔓だ。それに歩いてくるとわかるけれど、海からここまで歩ける場所が続いているんだ。船着き場みたいな岩もあったしさ」

「そう言われると確かにあの痛そうな木じゃないね」

「それでは実を取って戻りましょう」

 パンの木やココナッツが生えている場所へ。 


「うーん、これ高いよね。2人ともどうやって採っているの」

 確かにどっちも普通にジャンプした程度ではとてもとても手が届かない場所だ。

「俺はジャンプして、桜さんは勢いをつけて駆け上って」

「私には参考にならないね」

 確かに不死者ノスフェラトゥや狼女の体力任せの手段だからな。

 愛梨の体力は基本的に常人の筈だし。


 愛梨は少し考えて、そして小さく頷く。

「それじゃ私はココナッツ専門で持って行くから、ダーリンと桜ちゃんは半々くらいで持って行ってもらっていいかな。パンの実は4個くらいあれば足りると思うし」

「ココナッツを採る方法を思いつきましたでしょうか」

「多分大丈夫だと思う。あと一応離れていて、念の為」

 どうやるのだろう。

 俺も桜さんも離れる。

 愛梨自身もココナッツの木から少し離れ、そして実がなっている辺りを凝視する。


 ドン、ドン、ドン。

 ココナッツの実が落ちてきた。

 愛梨は近づいて実を確かめる。

「良かった、割れていなかった」

 今のは何なんだろう。

 ただ見ていただけのように見えたけれど。

「邪視を使って木と実のくっついている部分近くを弱めてみたの。パンの実でやると落ちたとき割れちゃいそうだったから」

 なるほど。

 邪視はそんな応用も出来る訳か。


「さて、帰るか。確かあの車のところの出口とは違う場所から帰るんだよな」

「撫子先輩はそう言っていたね」

「それもきっと訓練なのでしょう」

「多分そうなんだろうな」

 最初はいきなり合宿で南の島なんて何なんだと思ったが、結構色々考えられているみたいだ。

 少なくともこの短絡路が使えるようになったのはありがたい。

 これで無駄な移動時間を少しでも減らして勉強時間に充てられる。

 そう思えばこの2泊3日も無駄にならない訳だ。

 でもそろそろ来週の予習や今週の再復習の方に手をつけたい。

 テントに戻ったらせめて持ってきた英単語の参考書でも進めておこう。

 でもその前に昼寝だな。

 何せ眠い。


「さて、それじゃ俺もパンの実を採って帰るとしようか」

 軽く勢いを付けてジャンプ。

 余裕でパンの実1個を手に入れる。

「それじゃダーリン、後でね」

 愛梨が消えた。

 どうも近くに入口があったようだ。

 なら俺も来た時と違う入口を使ってみるかな。

 周りを注視したら近くに例のチラチラが見えた。

 ここだな。

 おれはパンの実を持って中へ入る。


 あっさりと例の道に入った。

 あれ?

 愛梨が遠くをちらっと横切ったような。

 この道を他の人が通っているのを見るとこんな感じなのだろうか。

 そう思いながら帰り道を探す。

 最初に見えた出口は毎度お馴染みの車の場所だからパス。

 次に見えた砂浜の方向へと歩く。

 30秒もしないうちに外に出た。

 テントから真っ直ぐ海方向へ出た場所だ。

「あ、ダーリン、そんな処に出たんだ」

 さっき道の遠くに見えた愛梨がテント側にいる。


「愛梨はそっちに出たのか」

「うん、テントの真横。このテントを探したらちょうどこの場所に出た」

「思った以上にあちこちに出入口があるんだな」

「そんな感じですね」

 桜さんも違う場所に出たようだ。

 見ると先輩達のテントに近い方にいた。

「ここは魔女の初心者講習をやっている場所だからな。おかげであちこちに出入口が開きまくっている訳だ。そんな訳でちゃっちゃとあと2往復な。そうしたら後は昼食まで自由時間だ」

 自由時間になったら寝るぞ。

 そんな事を思いながら俺はテントへパンの実を持って行き、そして近場の入口からまたあの道に入る。

 さっさと終わらせて昼寝しよう。

 早く寝たい。

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