第15話 悪夢の夜

 話題はそのまま昨年いた先輩達の話になる。

「卒業した安浦先輩と留学中の翠先輩、性別は違うけれど嗜好や志向が良く似ていてな。安浦先輩は狸で翠先輩はチェシャ猫なんだがどちらも主食は甘い物でさ。性格はどっちも捉えどころがなくて天才肌で自分の趣味のままに生きている。似すぎていて非常に仲が悪いんだがお互い有益だとわかっているんで情報交換だけはするんだよな。でもお互い話をすると喧嘩になるから最小限の単語程度でやりとりする。あれは何と言うか宇宙人同士の会話だったよな」


「安浦先輩は素敵な人ですよ。優しいし親切ですし」

 桜さんが異議を唱えた。

 大和先輩が軽く頷く。

「確かに2人とも基本的に他人ひとには親切だし態度もソフトだ。ただHorizontal Racismとでもいうのかな。あの組み合わせだけは徹底的に合わないらしい。こっちから見るとやっている事は同じように見えるんだけれどな」


「そろそろ出る」

 川口先輩の妙な台詞が耳に入った。

 何が出るのだろう。

 そう思ったらだ。


「同じでも似ている訳でもなく正反対なのですわ。180度違う場所は同じ水平線上、故に似て見えるというだけで」

 この場の誰でも無い女性の声が聞こえた。

 声の方を見る。

 暗くなったあたりの景色から更に闇が濃い部分が生まれる。

 その闇が人の形をとって実体化した。

 お姉様タイプの女子だ。


「初めまして。民俗学研究会部長の並木翠です。夏の終わりまで英国留学中ですのでたまにしか顔を出せませんがよろしくお願い致しますわ」

「翠先輩お疲れ様です。わざわざ地球の反対側近くから来ていただいて」

 つまり英国から直接ここまで来た訳か。

「本日は全世界的に日曜日ですから問題無いですわ。それにしても今年は3人も入部していただけたなんて嬉しい限りです。例年1人か2人ですから」

「まだまだ増える予定」

 川口先輩がそんな事を言う。

 本当なのだろうか。

 もしそうなら出来れば見目麗しい男子生徒であってほしい。

 愛梨の対象が俺から彼にうつる位に。


「香織が言うならその通りでしょう。ますます楽しみですわ。さて、お近づきの印にちょっとした差し入れを持って参りました。宜しくご査収の程願います」

 黄色い小さい箱2つと青い細長い箱を大和先輩に渡す。

「それでは失礼致します。また会える時を楽しみにしていますわ」

 再び姿が闇に溶けこんで、そして普通の風景が戻って来た。


「イギリスから直行だと大変でしょうね、あの道を使えても」

 大和先輩は首を横に振る。

「緑先輩の能力は距離無効だ。あの道を歩かなくても自由に移動出来る。移動に関しては最強のチートだよな」

 なるほど、そのままチェシャ猫な能力という訳か。


「さて、折角だから差し入れをいただくとするか。差し入れはOKですよね先生」

「ええ、差し入れくらいはいいでしょう」

 大和先輩は差し入れの箱を皆の前に公開。

「マクビティのジャファケーキとタノックスのティーケーキだね」

「翠先輩の主食も甘い物だからな」

 なるほど。

 でも夕食が豪華で腹一杯だぞと思ったらだ。


「美味しそうですね」

 おい桜さん、本気かよ。

「だね。ちょうど甘い物が欲しいかなと思ったんだ」

 愛梨お前まで。

「別腹」

 川口先輩左様ですか。

 そんな訳であっさり開封されてしまう。

 どれもチョコレートでコーティングされていて非常に甘そうだ。


「ちょうど人数分に分けられるね」

「翠先輩だからその辺は考慮済みって事だろう」

 そんな訳でチョコのお菓子3点が俺の前にも配られる。

「それじゃいただきまーす」

 俺以外の全員は躊躇なく口に運ぶ。

 仕方無く俺もまずは丸くて体積のある奴の銀紙を外して、そこそこ大きいチョコのかたまりを……でも思ったより軽いなと思いつつ口へ。


 な、何だこれは! ベタ甘い!

 一口かじって分析してみる。

 ビスケットの上にマシュマロをのせて、チョコでコーティングしてある訳か。

 それにしても甘すぎるだろ、これは!

 夕食のあとにこれは辛くないか。

 そう思ったのだけれど……


「やっぱり食後は甘い物だよね」

「そうだな。これは軽いから幾らでも食べられる」

「同意」

「こういった甘いクッキー類はやはりイギリスですよね」

「そうですね。翠さんらしい選択です」 

 みんな平気なのか。

 満腹中枢か舌がおかしくなっていないか!

「あれダーリン、食べないの?」

 愛梨に気づかれた。

「いや食後だからさ。ちょっと満腹で」


「なら頂戴!」

 断る間も無かった。

 俺が手にしていた食べかけのベタ甘が愛梨の手に移る。

「うん美味しい。こういうのって案外日本に無いよね」

 おい愛梨それ俺が食べかけた奴だぞ。

 いいのか本当に。

 関節キス上級編くらいの代物だぞ。

 そう俺は思っているのだが気づかない模様。


「さて、正利が食べないのなら残りはジャンケンだな」

「だめ、ダーリンのものは私のもの!」

 何だそのジャイアニズム!

「愛梨は今食べただろう」

「これはこれ、それはそれ」

「文句を言うとジャンケン参加資格を削除するぞ」

「うーん仕方無い、ここは先輩を立てるか」

「いい判断だ。それじゃいくぞ、最初はグー……」

 お礼買い全員がジャンケンに参加した。

 別腹って本当に存在するのかお前らには。

 そう思う俺が間違っているのだろうか。


 ◇◇◇


 何やかんや言って昼に色々活動したから夜は眠くなる。

 そんな訳で夕食後は就寝体制だ。

 俺達も自分達で立てたテントへと戻る。

 なお新型ドームテントは先生用、もう一つの旧型テントは先輩達用だそうだ。

「この島は蚊がいないから古いテントの方が快適なんだ。風が通るからな」

 そう言っていたが入ってみると確かにその通り。

 そこら中にある隙間からいい感じに換気されている。


 テントの中は普通の人なら困る程度には暗い。

 でも全員夜目がきくので懐中電灯も何もなしで就寝準備。

 就寝準備と言ってもマットを敷き、封筒型の寝袋を3つ並べるだけだけれど。

「着替え入りの袋を頭に置くと枕代わりになってちょうどいいかな」

 なんて愛梨が言って袋を出している。

 あの袋の中に愛梨の下着とかも入っているのか。

 そう思うと何なのだがもういちいち反応しても仕方ない。

 さっさと寝る事にする。

 ちなみに愛梨が真ん中、俺と桜さんが両端だ。

 端っこであるだけ気分が楽だな。


「それじゃおやすみなさい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 女の子と一緒のテントといってもこの隙間なら野外と同じ。

 そう思ってとにかく寝る事に集中する。

 でも寝る事に集中しようと思うと眠れないのはまあ世の常だ。

 羊を数えようかと思った頃、早くも寝息が聞こえる。

 真横、間違いなく愛梨だ。

 こいつめと思っても仕方無い。

 頑張って寝ようか。

 そうやって無駄な努力を重ねていた時だ。


「うーん」

 真横すぐ左から声が聞こえた。

 勿論愛梨だ。

 でも近い、近すぎる。

 目を開けるな。

 これは孔明の罠だ!

 そう思ってもつい目を開け、頭を上げ音をたてないようそっちを向いてしまう。


 愛梨の顔のどアップがあった。

 何でこうなった。

 いや理由は想像つく。

 何せ南の島、気温が高いので寝袋もジッパー全開状態だ。

 この封筒型寝袋の場合、左右のうち片側と足下側が全開になる。

 つまり愛梨の寝袋は俺の側が全開になっていた訳だ。

 そこで暑さのあまり寝袋から無意識に出て横方向、俺の方へ。


 ちょい待て。

 何も考えないでセットしていたから俺の寝袋も開いているのは愛梨側だ。

 そして愛梨、流石に寝袋無しは寒かったのか俺の寝袋に侵入。

 ちょちょ、俺、動けない!

 寝袋のジッパーの向きを確認しておくべきだった。

 そう思ってももう遅い。

 しかも愛梨、無意識で寝袋の一部を掴みやがった。

 寝袋の構造的には頭方向か足下方向にに脱出するしかない。

 でもテントの壁がその行動を邪魔する。


 流石にこれは寝苦しい。

 寝苦しいだけで無く色々問題がある。

 俺では無い香りすら感じるのは気のせいか。


「うーん」

 暑くて寝苦しいのか、愛梨が半分ほど寝返りをうつ。

 向こうを向いたのはいいが、寝袋の上を握ったまま寝返りをうちやがった。

 当然その分おれが愛梨側に寄せられる。

 ゆっくり横を向き愛梨と反対側に向くようにしたがそれが限界だ。

 あ、また愛梨が寝袋ひっぱりやがった。

 もう背中がくっつきそうだ。

 余裕は全く無い。


 誰か助けてくれ。

 そう思って訂正。

 いやこんな状況見られたら停学ものだ。

 俺自身にその気は無いし愛梨もその気でやった訳では無いだろう。

 でもどう見てもこれは同衾だ。

 間違いない。

 でもやっぱり誰か助けて欲しい。

 いいかげん暑い。

 しかも色々とやばい。


 俺は救われないまま耐え続ける……

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