第13話 合宿の課題

 3歩歩いたら景色が一変した。

 俺達3人は普通に見えるのに周りの景色が認識しにくい場所。

 短絡路に無事入れたようだ。

「成功だね、流石桜ちゃん」

「いえ、皆さん見えていましたようですから」

「それでこの後どうするんだっけ?」

 確か前に聞いたな。

「行きたい場所をしっかり思い浮かべて歩く。そんな事を大和先輩が言っていたな」

「なら水がある場所、と念じればいいのかな」

 ある風景が先に見えてくる。

 つい先程までいた砂浜だ。


「だめだそれじゃ。飲むことが出来る水と思わないと海が出てきてしまう」

「飲むことが出来る美味しい水、そして安全な場所。こんな感じですか」

「そうだな。飲むことが出来る美味しい水があって、安全な場所」

「飲むことが出来る美味しい水があって、安全な場所」

 呪文のように皆でほぼ同じ台詞を繰り返す。

 お、また風景が見えてきたな。

 でも見える場所がちょい遠い。

 さっきの場所が歩いて10歩くらいだったのだが、こっちは結構歩きそうだ。

「見えた。遠いけれど」

「全員同じ場所が見えているかどうか、指を指してみようか」

 俺を含め3人とも同じ方向を指さした。

 どうやら同じ目的地が見えたようだ。


「なら行くか。皆同じ場所が見えているようだし」

「そうだね。さっさと行って帰って海で遊ぼう!」

 俺達は歩き出す。

「ところで桜さんは短絡路、知っている処なら歩けるって聞いたけれど、誰にその辺を教えて貰ったの?」

「安浦先輩ですね。獣人会に連れて行ってもらったり、美味しいものを食べに行ったりする時に使いました。まだ私は力が安定していないからって道の見つけ方等は教えて貰えませんでしたけれど」


「先輩とはどうやって出会ったのかな?」

「私がこの力に目覚めて暴走している処を安浦先輩に見つかって。保護して貰ったという感じです。以来、力の制御のしかたを教えて貰ったり、同じような体質の獣人の皆さんに紹介して貰ったりして。ただ大学で遠くに行ってしまったので最近会えないのが寂しいです」

「でもこうやって短絡路を使えるならもう会いに行けるよね」

「あっ、そうですね。でもちょっと会うのが怖いです」

「えっ、何で」

「もし向こうに恋人でもいたらと思うと」

「って安浦先輩、男なの?」

「そうです。素敵な人なんですよ」

 なんて話をしているうちに出口が近づいて来た。


「念の為また手を繋ごうよ」

「そうですね」

 という事でまたさっきと同じように手をつなぐ。

 順番はさっきと同じように桜さん、愛梨、俺の順。

 愛梨はどうしても俺と他の女子が手を繋ぐのを阻止したい模様。

 これを独占欲が強いと思うか可愛いと思うかは受け手次第。

 俺としてはまだそんな関係じゃ無いと声を大にしていいたいところだ。

 弁当で餌付けされているし可愛いという意見が思いつく時点でかなりやばいという自覚はあるのだけれど。


 そんな事を考えている間に風景が変わる。

 小さな滝と滝壺の前だ。

 大きさはそれほどでも無い。

 滝壺全体でもテニスコートより狭い程度。

 植物相からしてこれも何処か南の島で日本では無い。 

 でもいかにも涼しげでいい感じだ。

「無事に水場到着っと。あ、この場所覚えておこう。帰りはここから入れると」

 確かに見てみると微妙に風景がちらつく場所がある。

 俺の目で入口はこんな感じに見えるようだ。


「さて、水くみの前にと。この周り、人の気配とか猛獣の気配とかは特にないよね」

 一応念の為確認してみる。

「俺は感じないな」

「私もです。ただどれ位の範囲までわかるか自信はありませんけれど」

「今感じなければOK。せっかくこんな涼しそうな場所があるんだからさ。水くみ前にまず涼まないとね」

 そう言って愛梨はいきなりTシャツを脱ぎ出す。

「おい待て」

「水着を着ているから大丈夫だよ。べつにこの面子なら水着無しでもいいけれど」

「いやそれはまずいだろ」

「ダーリンになら見られても大丈夫だよ。ちょっと恥ずかしいけれど」

 おいおい。

 でも確かに涼しそうだ。


「では行きまーす」

 バッシャーン。

 愛梨は滝壺の深い部分に頭から飛び込む。

「んー、ちょうどいい温度。冷たいけれど冷たすぎない。ダーリンも桜さんもどう? ちょー気持ちいいよ」

「私もやってみます」

 桜さんもTシャツと短パンを脱ぎはじめた。

 下に水着を着ているとは言え女子が服を脱ぐ動きはエロいよな。

 そう思っていたら水が飛んでくる。

「ダーリン、私以外の女の子をそんなにじっくり見ない!」

 はいはい。

 まあ俺一人取り残されているのも何なのでディパックを置いて中へ入る。

 俺自身はTシャツを着たままだ。

 別に濡れてもここやむこうの気候ならすぐ乾くだろう。


 入ってみると確かに適温だ。

 見かけほど水は冷たくないが、入って遊ぶ分にはそれがいい。

「修行というとこういうイメージだよね」

 愛梨が滝の水に打たれながら手を合わせる。

「それ水と一緒に小石が落ちてくると脳天直撃だぞ」

「あわっ」

 あわてて逃げる愛梨。

 こうやって見ると案外肌が白いよな、っていかんいかん。

 取り敢えず余分な事を考えないよう、水くみをやってしまう事にした。

 まずはバケツから滝のところへ行って上から落ちてくる水を入れる。

 バケツ2個と水ポリ4個を満タンにするのにちょっとだけ時間がかかった。


「おーい、あまり遊んでいると飯を作る頃には暗くなるぞ」

「何なら私暗くても見えるから、暗くなったら私が全部用意してもいいよ」

「私も暗いのは平気ですわ」

 ちょい待て。

「そうだよな。邪視持ちに狼女に不死者ノスフェラトゥなら夜の方がむしろ活動時間だよな、普通」

「そうそう。だからここでゆっくり涼んでも大丈夫だって」

 確かにそうだ。

 でも問題は他にある。

 ここの滝壺はそれほど大きくない。

 だから泳いだりすると間違いなく2人にぶつかるか触れる。

 そうでなくとも自然近くにいるから目がそっちに向いてしまう。

 あまり近くで2人を見続けるのは俺に色々良くない。

 何せ夜も同じテントなのだ……いかんいかん意識しては。


 よし決めた。

 逃げよう。

「それじゃ先に水を持って帰っているぞ。あと海の方ももう少し獲物が無いか探してみたいし」

「あ、そう言えばダーリンはずっと探索していたよね。なら帰ろうか」

「いいよ。ここでもう少し涼んでいても」

 一人がいいとは流石に言えない。

「でも私もそろそろ涼しくなってきましたし、頃合いかもしれません」

「なら帰ろう、皆で」

 結局全員で帰る事になった。

 濡れた水着の上にTシャツを着ると下の水着が透けてなかなかエロい。

 下が水着だとわかってもだ。

 この合宿、亜人としての力よりも俺の煩悩の方を鍛えていないだろうか?

 そんな事を口にしたら木田余あたりにうらやましがられるだろうけれど。

 でも俺としてはたまったものじゃない。


 行きと同じようにお手々繋いで帰ってくる。

「よう、水場への行き方もわかったみたいだな」

 向こうへ着くなり大和先輩に声をかけられた。

「ええ、島中探した結果、この島に水は無いという結論に達しまして」

「正解だ。この島に水場は無い。だから短絡路を使えなければ水を得られない訳だ。まあ水を代用するものも見つけているようだから3日位は持っただろうけれどな。

 そんな訳で今回の課題はクリアだ。あとは遊ぶ方へと移行するぞ」

 ん?


「サバイバルの方はいいんですか」

「ああ。今回の課題その1は自分達で水場への道を探して行って帰ってくる事だったんだ。それが出来れば第1段階クリア。それに折角この島に来たならここならではの美味しい物も食べて貰いたいじゃないか。そんな訳で色々な道具、解禁だ」

 見ると車の横に今まで無かった道具が並んでいる。

 リール付きの釣り竿とか仕掛けのセットとか、銛とか水中眼鏡とか。

 浮き輪まである。


「釣り餌は貝の中身とかその辺を走り回っている小さな蟹とかを使ってくれ。体力に自信があるなら銛を使ってもいい。香織によれば本日サメに襲われる予知は無いから大丈夫だそうだ」

 ならば俺は銛と水中眼鏡を手に取る。

「取り敢えずこれを試してみます」

「行くならこれも持って行け」

 ただの浮き輪かと思ったら輪っか部分に網のような物がついている。

「浮き兼獲物入れだ。この紐を自分につけておけば何処にいるかの目印になる。それに魚をここに入れることも出来る訳だ」

 なるほど便利だ。


「ところで先生や川口先輩はどうしているんですか?」

「日差しが熱いからテントで昼寝中。ここは風さえあれば日陰はそこそこ涼しいからな。夕食を楽しみにしているとの伝言だ」

 おい待てそういう事はだ。


「最初からその予定でしたか」

「香織がそう予知したからな。あとそのパンの実やココナッツ、ご飯を炊くのは任せてくれ。そっちの昼食の惨劇は繰り返させないから安心しろ」

 正直ほっとしたのも事実だ。

 ご飯を上手く炊く自信は無いし、怪しげな実も調理方法は知らなかったからな。

「パンの実って焼くとパンみたいな味がするんですか?」

 愛梨の質問に先輩は首を横に振る。

「実際は甘みの無いサトイモって感じだな。だからお試し用に1個は丸焼きにして、もう1個は料理に使わせてもらう。ココナッツの方もお勧めの食べ方があるんだ。ただしこの食べ方をするには刺身に出来る魚を手に入れる必要があるけれどな」

 なるほど。

 夕食がようやく楽しみになってきたぞ。


「それじゃ日が暮れたら夕食をつくるから、それまでに獲物を獲ってくれ。頼むぞ。ただあまり沖には行くなよ。そこそこ海流が早いから帰れなくなる」

「わかった」

「わかりました」

 そんな訳で俺達は銛や水中眼鏡を手に海へ戦いを挑む事になった。

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